人材を採用すると、企業がまず行うのは研修。研修内容は企業により様々だが、いわゆるOJTの名目で、現場に丸投げするなど、企業にとって大きく差がありそうだ。
もちろん、企業理念や経営戦略を人材の育成に反映している会社も数多くある。今回は、東京の交通動脈・首都高速道路を支える技術者が活躍する会社を紹介する。
現場でのマンツーマン教育と勉強会を重視
総延長は320kmを超え、1日平均100万台が利用する首都高速道路。人々の安全で、快適な生活を支える都心の大動脈である首都高の点検・調査・診断などを手がけている首都高技術。
「飛躍2030」という長期ビジョンを掲げており、人財育成の推進などをはかっているという。同社の構造物点検技術訓練室長の竹鼻淳志さんに話をお聞きした。
竹鼻さん「当社は親会社である首都高の民営化に伴い、2008年に設立しました。首都高速道路だけでなく、その他の構造物点検・調査事業にも参画していますが、更に企業として成長を続けるため、官公庁などの外販領域を今まで以上に拡大していかなければなりません。
そのため『2030年日本一の技術会社』を目指して、若手を中心とした管理技術者の早期育成に取り組んでいます」。
構造物の点検だけでなく、構造物の健全度の調査・診断までトータルに提案できる技術力の強化をはかっている同社。技術者は、数多く経験を積むことが重要なため、現場での教育に力を入れているようだ。
竹鼻さん「技術者教育を強化するため、主に2つのことを行っています。1つ目は、OJT研修。必ず1人教育担当をつけ、1人前に育つまで面倒をみます。点検業務はチームで行うので、教育担当が不在の日には、チームで若手をフォロー。
配属されるチームはコンクリートや鉄などに担当領域が分かれていて、その領域に特化して、深く知識や技術を習得することができます。
もう1つが、現場での勉強会。点検業務を担当する構造管理部では、月1回ペースでテーマを決めて行っています。基本的には若手向けのプログラムになっていて、例えば『どうして亀裂が起こるのか』や『なぜ漏水するのか』など、日々向き合っている損傷について、全員で話し合って原因を究明し、適切な点検方法などを考えます。
ときには、本社から豊富な知見を持った技術者も参加しアドバイスすることもあります。ここで大切にしているのは、技術者として損傷のメカニズムを理解して、考える力を身につけること。なので、若手技術者たちで討論し合う時間を設けています」。
なお、事業部横断で行う新人研修やマネジメント系の研修は企画部が運営し、OJT研修や現場での勉強会などは各事業部主導で行われているそうだ。
その他にも、若手技術者が年に数回、経験豊富で専門知識を有するOB技術者からさまざまな事例や課題について学べる場があり、これまで蓄積されてきた知見もしっかり伝承されている。
実際のモノが触れる屋外訓練施設
点検業務には、高速道路の日常点検と定期点検と大きくわけて二つあり、定期点検は5年に1回実施することが法律で義務づけられている。
点検では、技術者は道路などに損傷や異常がないか、一つひとつ決められたやり方で確認をし、それが終われば必ずマークをつけ、写真を撮る。こうした地道な一連の作業を繰り返し行っていく。
少しでも作業を怠ってしまうと、事故につながるリスクが高まる。そのため、技術者は技術力を向上するだけでなく、仕事に臨む姿勢や意識も重要になってくる。どのように教育しているのだろうか?
竹鼻さん「もちろんOJTで作業の手順も含め、先輩や上司から教わりますが、ルーチン業務のため、意識が薄れてしまいかねません。そこでOFF-JTの階層別研修などを通じて、会社運営に適した人材育成とともに、動機づけ・意識づけなどを行っています。
また若手向けには、日常業務の手順を復習するために、屋外訓練施設で実構造物を用いた研修や、屋内施設で点検機器の使い方などを学ぶ機会があります」。
官公庁の外販プロジェクトの入札(プロポーザル)において、こうした実構造物を触って訓練を受けられる自社所有の研修施設は大きなアドバンテージになっているという。
首都高グループや社内での横断的な知見の共有
さらに、同社では首都高グループや社内組織の横断的な活動や知見の共有などが頻繁に行われている。
竹鼻さん「親会社の首都高も含め、グループ全体で交流が盛んです。『ワーキング』と呼ばれる、特定のテーマを決めて、グループ全体で集まって議論したり、技術者がさまざまな部署を兼務し、連携しながら、新たな技術開発を進めたりしています」。
2016年にはレーザースキャンで得られた点群データと地理情報を活用して、道路や構造物の効率的な点検・維持管理をサポートするシステム『インフラドクター』が開発された。この新サービスも、首都高グループの連携によって生まれたものだ。
時間や場所の制約を受けない教育にも注力
竹鼻さん「首都高速道路は、きめ細やかな維持管理が必要な高架橋やトンネルなどの構造物の占める割合が約95%と高く、他の道路と比べて著しく高くなっています。さらに、それだけを点検・診断している企業も珍しい。それゆえ、ここで培われてきた技術やノウハウはオンリーワンだと思います」。
希少性の高い技術があるものの、限られた社員で通常業務と事業拡大を並行して行うには、効率的な作業が求められる。そこで、先ほど紹介したインフラドクターやドローンなどの最新技術を用いた点検も進められており、その操作法のトレーニングも行われている。今後は、研修にも最先端の技術が導入されるそうだ。
竹鼻さん「屋外施設に行けば実際の構造物に触れながらトレーニングが受けられますが、それでは場所や時間などに制約があり、多くの経験を積むことができません。
できる限り、そういった課題を払拭して、若いうちに経験が積めるような研修を積極的に行っていきたい。そのためにもVRなどの最新技術を活かした教育にも力を入れていき、『飛躍2030』を実現したいですね」。
OJTと聞くと、「上司・先輩→新人」という一方通行のイメージがあるかもしれない。しかし、学びには自主的に行うものもある。
首都高技術の場合、OJTと現場の勉強会をセットにし、自ら考える力をトレーニングする機会を作っている。そうすることで、若手社員の自立と知見の継承を行っているようだ。若手社員の教育に課題を感じる現場担当者には、参考となるだろう。