人材を採用すると、企業がまず行うのは研修。研修内容は企業により様々だが、いわゆるOJTの名目で、現場に丸投げするなど、企業によって大きく差がありそうだ。

今回は、関東の私鉄において463.3㎞という最長の営業距離を誇る鉄道会社、東武鉄道を紹介したい。

他職種の社員に触れ視野を広げる

東武鉄道の採用ページをみると、「ポテンシャル採用(総合職)」と「プロフェッショナル採用(鉄道専門職)」と2つの働き方がある。

  • 東武鉄道採用ページより

大学・大学院卒を対象とした「ポテンシャル採用」は技術系・事務系の垣根がなく、さまざまな仕事をジョブローテーションして経験を積む。

一方の高卒、短大・専門卒、大学・大学院卒を対象とする「プロフェッショナル採用」は、東武グループの鉄道事業に関わる3社いずれかで採用となり、鉄道専門職としてキャリアを重ねていく。

「プロフェッショナル採用」においては一定の経験を経た後、試験合格により東武鉄道へ転籍となり、現業部門の指導監督者層になるが、本社部門に配属されることもある。

東武鉄道では技術系社員であってもこの2つの働き方に分かれるようだが、ここではプロフェッショナル採用者に対する教育体制はどうなっているのかを中心に、人事部能力開発センター 主幹 兼 鉄道事業本部乗務員養成所 課長 佐川智明さんにお聞きした。

  • 人事部能力開発センター 主幹 兼 鉄道事業本部鉄道乗務員養成所 課長 佐川智明さん

佐川さん「現場で受けるOJTなどは部署や職種によって内容が異なりますが、キャリアに応じて階層別研修を計画的に実施しています」。

階層別研修は、「養成課程」といわれる新入社員研修から始まり、「基本課程」といわれる6カ月目、2年目、3年目の研修。その後は、3年ごとにベテランらと一緒に学ぶ「普通課程」を受講する。

さらにある一定以上の入社年次になると、管理職を目指す向上心のある社員対象に、高度の知識・技能の付与、向上を目的とした「専門課程」という研修も用意されているそうだ。

養成課程 新入社員教育など基礎的知識と技能の習得を図る。
基本課程 社員の成長の確認と、知識と技能の定着を図る。
普通課程 2.75年毎に鉄道関係社員の知識と技能のブラッシュアップを図る。
専門課程 鉄道関係社員のうち社内試験による選抜に合格した者を対象とし、高度の知識と技能の修得を図る。

佐川さん「採用職種を問わず、同じ仕事を続けていくと、考え方が偏ってしまうおそれがあります。そこで、約3年に1度実施する『普通課程』では、他職種の社員と学べる研修を導入し、視野を広げ、仕事が異なる社員が協力しあって鉄道の安全を守っているという意識づけを行っています」。

現場に近い環境でトレーニング

東武鉄道・東武グループの、全体研修を企画・運営しているのが、2016年4月から稼動した総合教育訓練センターである。

佐川さん「総合教育訓練センターには、人事部能力開発センターと鉄道乗務員養成所の2部署が併設しており、実践的な教育ができる施設。全長1.3kmの訓練線が敷地内にあるのは他社にはない特長です。

例えば、ポイントが動かなくなったとき、どう対処すればいいか。本番さながらの緊急時の対応訓練なども行っています。その他にも車両機器などの装置のある教室や、電車のシミュレータのある教室のほか一般的な教室もあり、座学による研修も多数行えます」。

技術系の教育では、保線などの線路保全担当部門が、キャリアの浅い「若葉部門」と、経験豊富な「青葉部門」に分かれて「テクニカルコンテスト」を行う。

また、電気部門では他職場の技術・技能を相互啓発する「エキスパート研修会」を行ったり、車両部門が「技能発表会」を開催したりする。

OJTも会社全体で一括管理

東武鉄道のもう1つ特筆すべき点は、「教育審議会」という会議体だ。

そこでは人事部能力開発センターが事務局となり、教育は人材に対する投資であるとの考えに基づき、社員一人ひとりの資質をどのように向上させているのか、OJT・研修を含めた各部署の年間教育計画を管理しているという。

しかも同社の社長が会長として、全執行役員、全部長が委員として参加し、年2回審議を行っている。東武鉄道がいかに教育・研修を通じた社員の資質向上に力を入れているかがわかる。

佐川さん「会社全体の教育時間は膨大なため、個々の中身まで精査できませんが、それぞれの部署からOJT教育について何らかの変更や相談のあった場合は吟味して、アドバイスをしています」。

階層別教育にはさまざまなカリキュラムが導入され、OJT教育でもマンツーマンの指導だけでなく、勉強会などが行われている。

それらの内容はすべて同社が掲げる教育目標「安全文化の創造」「ニーズを先取りして自ら考え、自ら行動する人材の育成」が基準になっている。

佐川さん「例えば、安全教育においては、事故防止のためにできることは何か、自ら考えるカリキュラムなども採り入れ、『旺盛な創造力、実行力』を鍛えるようにしています。教育目標をベースにすべての全体研修やOJT教育などのカリキュラムが作られているのです」。

先達の卓越した技術を継承

他にも、2009年4月から鉄道技術の継承や若手の教育を目的に「プロジェクト匠」という技術系社員向けの制度も導入している。

これは車両部門、工務部門、電気部門の3つの部門から技術・技能に卓越した社員を選別。

匠とよばれるベテランの技術系社員たちの協力を得て、それぞれの部門で伝えるべき知識や技術を、経験の浅い若手に教えていくプロジェクトである。

佐川さん「技能の明確化や匠の情報交換などにより、新たな取り組みの共有化を図っていきます。入社後何年目にはこれが必要不可欠という匠が考えた知識・技術を実際の教育プログラムに導入していくこともあります」。

安全教育をより強化

今後、総合教育訓練センターでは、事業を支える安全教育をいま一度強化するため、プロフェッショナル職を対象に異常時・緊急時の対応能力の向上に取り組もうと考えている。

佐川さん「プロフェッショナル職の普通課程で行っている、職種や部署を越えた合同の研修では、車両などの異常が起きたときに、お客さまをどのように誘導していくかを社員に考えてもらいます。

過去の教訓を風化させないためにも、今までよりも、意識して安全教育を行っていき、私たちの事業を支える根幹の部分を強化していきたいですね」。


「自立した人材」を教育目標とし、全社で社員教育を行う東武鉄道グループ。特に社長をリーダーとする教育審議会の存在は、教育を人材への投資と捉える強いこだわりを感じた。

経営戦略と人材戦略、どちらもリーダー自らが行うことで、社員への強いメッセージとなるだろう。