前回までのあらすじ

超マイペース且つ大雑把なB型男子である僕の彼女は、あろうことか超几帳面なA型女子だった――。このエッセイは独身B型作家・山田隆道が気ままに綴る、A型彼女・チーとの愛と喧嘩のウェディングロードです。

僕は休日に出かけるとき、なるべく鞄を持ちたくないと思っている。財布や携帯など最低限の持ち物を洋服のポケットに入れて出歩くようにしているのだが、コートやジャケットなどを羽織る冬と違って、薄着の夏は少し困る。例えば上がTシャツだとすると、使えるポケットがズボンしかないため、収納に限界があるからだ。

「だったら、あたしのバッグに財布を入れてあげるよ」

ある日の休日、僕にそんな救いの手を差し伸べてくれたのはチーだった。チーと二人で出かけようと家を出る直前、財布の収納に困っている僕を見かねて、チーが自らのバッグを差し出してくれた。

「ありがとう、助かるわ!」僕は満面の笑顔でしたがった。素直にありがたいと感謝しながら、チーのバッグに僕の財布を収納する。これで一気に身軽になった。思わず頬が緩む。手ブラになったほうが、休日の実感が湧いてくるというものだ。

かくしてそれ以来、チーと一緒に出かけるときの休日は、彼女のバッグに財布を入れてもらうことが当たり前になった。一見些細なことかもしれないが、僕にとってはそれが無性に嬉しかった。単純に「助かる」という利点だけではなく、なんとなく二人の距離がより近くなった気がする。ほら、こういうのってあれじゃないですか。夫婦みたいじゃーん。33歳独身男の青くさい憧れだ。

ところが先日、そんなチーに異変が生じた。互いに休日のとき、猛暑の街を二人で歩いていたのだが、突然チーがなんの前触れもなくこう言ったのだ。

「なんであんたの財布を持たなきゃなんないの?」

「へ?」僕は一瞬目を丸くした。チーの表情は誰が見ても明らかなぐらい不快感に満ちており、下唇が大袈裟に剥き出しになっていた。

「財布ぐらい自分で持ってよね。あたしはあんたの荷物持ちじゃないから」

そう言って、チーはバッグから僕の財布を取り出し、怒り気味に差し出した。僕は戸惑いながら財布を受け取ったものの、どこか釈然としなかったか。

「な、なんで今になって?」もちろん、恐る恐る訊いてみた。「だって今までは大丈夫だったじゃん。っていうか、持ってくれるって言い出したのはチーだし……」

しかし、チーは納得できる理由を教えてくれなかった。どれだけ問いただしても「自分の財布ぐらい自分で持つのが普通でしょ」の一点張り。僕はますます困惑した。話の論点がずれている。僕が知りたいのは財布を持つのが嫌な理由ではなく、「なぜ今になって気が変わったのか」という部分である。自分の財布は自分で持つ。それはごもっともだけど、「持ってあげる」と言い出したのはチー様じゃないですか。

そういえば似たようなことが他にもあった。かねてから僕はノートパソコンを持ち歩く仕事柄、ある程度の大きさがあって尚且つそれなりにファッショナブルな仕事用の鞄を探していたのだが、そんなある日、チーのほうから「あたしの鞄貸してあげるから自由に使っていいよ」と勧めてきたことがあった。実際、勧められたチー鞄は本当に使い勝手が良く、デザイン的にも洗練されたものだった。「ありがとう、助かるわ!」果たして僕は一発で気に入り、それ以来喜んでチー鞄を使用した。

ところがある日、チー鞄を肩から提げる僕を見て、チーが豪快に下唇を剥いた。

「なんであたしの鞄を好きに使ってんのよ!?」

「へ?」僕は目が点になった。その後は財布のエピソードと同じ展開が続いた。理由はまったくわからないが、とにかく急に嫌になったらしいのだ。

というわけで、僕はそういったチーの「突発性嫌々症候群」にちょっとした恐怖を感じるようになった。下唇が震え始めたら黄信号、完全に剥れ上がったらもはや手遅れだ。そうなる理由を正しく分析して、からくりを完全に理解しないことには、今後も同じことを繰り返すだろう。突発性嫌々症候群の再発をなんとか回避したい。

すると先日、僕が家の近所の馴染みの居酒屋で飲んでいたとき、常連客仲間のF女史(29歳ナース)がこんなことを教えてくれた。

「山田さん、それはたぶん回避できないですよ。だって、女はそういうこと普通にあるもん。理由なんかないんですよ。女は理屈で考えないっていうか……急に嫌になることがあるんですよ」

マジかよ――。僕は思わず天を仰いだ。それってつまり、気分次第ってことじゃないか。女って本当にそんなに気分屋なのか。チーだけが特別じゃないのか。

「女は多かれ少なかれそういうところ思いますよ」とF女子。

その瞬間、僕は心の中で白旗を上げた。おそるべし、突発性嫌々症候群である。

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