前回の続きである。携帯電話がなかった高校時代、僕は家の居間にあった電話(コードレスではない)で彼女と愛の語らいをするしかなかったわけだが、マイ母ちゃんの盗聴癖には再三苦労させられた。

ちなみに母ちゃんは電話の盗聴職人以外にも「エロ本探検隊の隊長」という肩書きも背負っている。中学のとき、僕が隠しておいた珠玉のエロ本たちを何度発見されたことか。ある日、学校から帰ってくると、押入れに隠しておいたはずのエロ本が僕の机の上に平積みされており、そこに母ちゃんの字で「発見したよ」と書かれたメモが添えられていたのだ。

途端に恥ずかしくなった僕は、その後、エロ本をベッドの骨組みとマットの間に隠すことにした。しかし、それでも数日後、またもやエロ本は机の上に平積みされている。今度は机の引き出しの中にベニヤ板を敷いて二段式に改造する僕。ベニヤ板の下にエロ本を隠したわけだが、それも母ちゃんは発見。挙句、僕は机の引き出しに南京錠をつけた。しかし、それも破壊され、またもエロ本は発掘されてしまった。

ちなみに母ちゃんはエロ本について何らかの注意をするわけではなかった。ただメモに「発見したよ」と書きおくだけ。つまり、単純に息子の恥部を晒すという、至ってサディスティックなエクスタシーを楽しんでいただけなのだ。

なお、僕が母ちゃんを「エロ本探検隊の隊長」と呼ぶには理由がある。なぜなら、当時小学生だったマイ妹が隊員だったからだ。母ちゃんは妹と協力し、思春期の潤いに満ちた僕の部屋を毎日探検していたのだろう。いつだったか、妹に「兄ちゃんの隠してる本に書いてあった騎乗位ってなに?」って聞かれたものである。

しかるに話を戻すと、そんな母ちゃんに盗聴されないよう彼女と電話するのは至難の業だったのだ。しかも、居間にはドアがなかったため、廊下の物陰に身を隠すことで簡単に盗聴できた。実際、僕が彼女にちょっと甘い言葉でも囁こうものなら、廊下の物陰から確実に「ぷっ」という母ちゃんの吹き出す声が聞こえたものだ。

カチンときた僕は電話を置き、廊下の方にゆっくり歩を進める。すると、そこには片膝をつきながら手を耳に添え、明らかに「しまった!」という目をする母ちゃんの姿。その刹那、母ちゃんは疾風のように二階に駆け上がっていく……というのが毎度お決まりのパターンだった。

従って、僕は彼女と電話中、忍び寄る足音に敏感に反応するようになった。母ちゃんのスリッパの音が聞こえたら、即座に電話を切る。そうすることで何とか盗聴を回避していたのだが、そんなある日、どういうわけかまたもや盗聴された。

奴はスリッパを脱いで、足音を消してきたのだ。

さすがは知能水準の高い人間である。母ちゃんもどうやらスリッパの足音が原因で息子にばれていると推察したのだろう。だったら、脱ぐまでだ。そうすれば足音のボリュームを一気に落とせるし、再び息子の思春期を覗き見ることができる。

しかし、僕もそれぐらいのことで引き下がるわけにはいかなかった。足音を聞き取る聴覚作戦がダメなら、母ちゃんの姿を目撃する視覚作戦を実行するしかない。

僕は廊下と居間の出入り口にスタンドミラーを置いた。

こうすれば廊下を忍び歩く母ちゃんの姿をミラー越しにチェックできる。僕はいつも母ちゃんが片膝をついている廊下の物陰が特にはっきり映るようスタンドミラーの角度を微妙に調節し、今度こそはと安心して愛の語らいを楽しんだ。

ところが数日後、その作戦も突破された。母ちゃんはスタンドミラーに映らないわずかな隙間に身を隠し、廊下を這うようにして忍び寄ってきたのだ。

これにはさすがに呆れ果てた。一体なんなんだ、この執着心は。母親とはそこまでして息子の恥部を知りたいのか。どっと脱力する。

次いで、妹に「兄ちゃんって彼女と話すときの声はちょっと違うんやなぁ」と言われ、妹までいつのまにか盗聴職人に弟子入りしていたことが発覚。なんだか、もう笑うしかなかった。

携帯電話がなかった時代の恋愛はどこまでも牧歌的だ。家族が一つ屋根の下に暮らす便、不便を常に感じるだけでなく、家族の絆の不思議を痛感することができる。こんなに不都合な環境で育ちながら、僕は今でも家族を愛しているのだ。

そんな母ちゃんも今年で還暦を迎えた。

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