大正ロマンを象徴する画家・竹久夢二と聞くと、“憂いを帯びた細身の女性”の姿を思い浮かべる人は多いのではないでしょうか。でも、それは夢二の手がけた作品のほんの一部。実は彼は絵画にとどまらず、詩人、デザイナー、イラストレーター、さらにはジャーナリストとしての顔を持つ、今でいう「マルチクリエイター」ともいうべき多彩な表現者でした。

  • 竹久夢二の肖像写真。画家、詩人、デザイナーなど、多彩な顔を持つ表現者だった

    竹久夢二の肖像写真。画家、詩人、デザイナーなど、多彩な顔を持つ表現者だった

東京・竹橋の東京国立近代美術館で、「竹久夢二 時代を創る表現者」が10月23日から開催されます。最高傑作と名高い《黒船屋》が約40年ぶりに東京で公開され、全国の夢二のコレクションから作品や資料が大集結。その数実に500点超という、過去最大規模の夢二展となっています。

  • 最高傑作《黒船屋》が約40年ぶりに東京へ、過去最大規模の夢二展が東京国立近代美術館で開催

    「竹久夢二 時代を創る表現者」入り口。《黒船屋》を大きくあしらったパネルが迎える

夢二の作品を所蔵していない美術館で、過去最大規模の夢二展

まず意外なのが、東京国立近代美術館と竹久夢二の関係性。担当研究員の横山由季子氏によると、同館では1950~60年代から、明治や大正の美術を紹介する展覧会に夢二の作品を出品。ただ、夢二作品の収蔵に結びつくことはなく、近年、ライブラリに夢二がデザインを手がけた『セノオ楽譜』『新少女』『婦人グラフ』などが収蔵されているものの、美術作品の所蔵には至っていないそう。

  • 夢二が表紙を手がけた『婦人グラフ』。装いや髪形、しぐさにも、それぞれの女性の個性が表れる

    夢二が表紙を手がけた『婦人グラフ』。装いや髪形、しぐさにも、それぞれの女性の個性が表れる

つまり同展は、美術作品としては夢二作品を1点も所蔵していない美術館で開催される夢二展。日本画から本、雑誌、日用品、スクラップブックまで、夢二の多岐にわたる活動を伝える作品・資料を集め、夢二を既存の美術史の枠に位置づけるだけでなく、その枠を超えて活動した表現者として捉えるものとなっています。

夢二が描く女性像に夢中になる女性が続出! 「夢二式」の人気

展覧会の入り口となるのは、「夢二式」と呼ばれた女性像。細身の体つきに、黒目やまつげを強調した大きな目。どこか物思いに沈むような表情を浮かべる女性たちの姿は、当時の若者の心をつかみ、夢二の絵は、雑誌や詩画集、絵葉書など、身近な印刷物を通じて広まっていきます。

  • 細身の体つきや大きな目が特徴的な女性像は、当時の若者たちの支持を集めた

    細身の体つきや大きな目が特徴的な女性像は、当時の若者たちの支持を集めた

その影響は絵の世界だけにとどまらず、現実の女性たちの表情や装い、身のこなしにまで及んだそう。夢二が描く女性像は、憧れのファッションアイコンになっていたのです。

《黒船屋》が約40年ぶりに東京へ。黒猫に込められた思いとは

本展の大きな見どころが、約40年ぶりに東京で公開される《黒船屋》。夢二の最高傑作と名高い作品です。34歳の夢二が、表具師・飯島勝次郎の依頼で制作。黄八丈の着物をまとった女性が黒猫を抱き、「黒船屋」と書かれた木箱に腰かける姿が描かれています。

  • 約40年ぶりに東京で公開される《黒船屋》/1919年、竹久夢二伊香保記念館蔵(通期展示)

    約40年ぶりに東京で公開される《黒船屋》/1919年、竹久夢二伊香保記念館蔵(通期展示)

目を引くのは、黄色の着物と黒猫の鮮やかな対比。さらに襟のオレンジや帯の緑、袖や裾からのぞくピンクや紫……と、さまざまな色が響き合い、江戸情緒のある装いに、モダンな色彩感覚が重なっています。

  • 同じモチーフでも、着物や背景の色によって印象が変わる

    同じモチーフでも、着物や背景の色によって印象が変わる

  • 雑誌や切手、本の装丁、映画のパッケージにも登場する《黒船屋》。後世への広がりを紹介する

    雑誌や切手、本の装丁、映画のパッケージにも登場する《黒船屋》。後世への広がりを紹介する

江戸時代には、黒猫を飼うと結核が治るという俗信があり、制作当時、結核で入院中だった恋人の彦乃を想って描いた作品と考えられているそう。

装丁から浴衣まで。「デザイナー夢二」の仕事が楽しい

夢二のもう一つの大きな魅力が、暮らしを彩るデザインです。本の装丁や雑誌・楽譜の表紙に加え、千代紙、絵封筒、手拭い、浴衣、半襟まで、日常のさまざまな場面に夢二のデザインがありました。

  • 「夢二式のデザイン」展示風景

    「夢二式のデザイン」展示風景

  • 港屋の開店を記念してデザインされた風呂敷。暮らしの道具にも夢二の意匠が息づく

    港屋の開店を記念してデザインされた風呂敷。暮らしの道具にも夢二の意匠が息づく

そんな夢二の仕事を伝えるのが、1914年、日本橋に開店した「港屋絵草紙店」。夢二が自らデザインした商品を販売するグッズショップで、当時としては画期的な試みでした。

店が存在したのはわずか2年ほどだったそうですが、ファンの若者が集まる人気の場所となり、恩地孝四郎や東郷青児といった若き芸術家たちも集ったそう。

  • 港屋絵草紙店を紹介するパネル。壁面に大きく配された店先の写真が、当時の雰囲気を伝える

    港屋絵草紙店を紹介するパネル。壁面に大きく配された店先の写真が、当時の雰囲気を伝える

会場では、図案やイラストはもちろん、本や楽譜のタイトルを彩る文字にもご注目を。絵と文字を組み合わせ、紙面全体を魅力的に見せるデザイナー・夢二の巧みな表現力には感嘆しきり。大正時代を席巻した夢二のレトロモダンな世界観は、現代の私たちも魅了します。

  • 手拭いにも、夢二のデザイン。限られた色数で印象的な図柄を生み出している

    手拭いにも、夢二のデザイン。限られた色数で印象的な図柄を生み出している

  • 作品とともに、夢二の色や模様に囲まれる展示空間を楽しめる

    作品とともに、夢二の色や模様に囲まれる展示空間を楽しめる

関東大震災を描いたジャーナリスト・夢二

華やかな女性像やオシャレなデザインとともに忘れてはならないのが、ジャーナリストとして、夢二が残した関東大震災の記録です。

1923年9月1日の震災後、夢二は被災した東京を歩き、目にした光景をスケッチや文章に残しました。会場には、震災の様子を伝えた新聞連載「東京災難画信」の記事や、写真が貼り込まれたスクラップブックも展示されていました。

  • 被災した東京の様子を絵と文章で伝えた「東京災難画信」

    被災した東京の様子を絵と文章で伝えた「東京災難画信」

ほかにも、色づいた葉と紫の着物、青い傘の取り合わせが美しい《秋のいこい》や、スキーを楽しむ女性も描かれた《四季の女》など、見逃せない作品がずらり。晩年の代表作《榛名山賦》と《立田姫》が、約14年ぶりにそろって展示されるのも注目です。

  • 晩年の代表作が約14年ぶりに共演。左:《榛名山賦》1931年、竹久夢二伊香保記念館蔵/右:《立田姫》1931年、夢二郷土美術館蔵(ともに通期展示)

    晩年の代表作が約14年ぶりに共演。左:《榛名山賦》1931年、竹久夢二伊香保記念館蔵/右:《立田姫》1931年、夢二郷土美術館蔵(ともに通期展示)

  • 第3章「レトロモダンの創出」展示風景

    第3章「レトロモダンの創出」展示風景

  • 色づいた葉と紫の着物、青い傘の取り合わせが美しい《秋のいこい》1920年、夢二郷土美術館蔵(通期展示)

    色づいた葉と紫の着物、青い傘の取り合わせが美しい《秋のいこい》1920年、夢二郷土美術館蔵(通期展示)

  • 着物姿の女性に加え、洋装でスキーを楽しむ女性も描かれている《四季の女》1929年、朝日町立ふるさと美術館蔵(通期展示)

    着物姿の女性に加え、洋装でスキーを楽しむ女性も描かれている《四季の女》1929年、朝日町立ふるさと美術館蔵(通期展示)

ちなみに入り口の大型パネル脇には、《黒船屋》に登場する木箱を模した箱と、黒猫のぬいぐるみを用意したフォトスポットも。作品のモチーフと一緒に、来場の記念写真を残せます。

  • 《黒船屋》フォトスポット

    《黒船屋》フォトスポット

絵画から暮らしを彩るデザイン、震災の記録まで、夢二の多彩な仕事に一度に触れられる貴重な機会。おなじみの作品とともに、まだ知らなかった夢二の仕事に出合えるはずです。

■information
「竹久夢二 時代を創る表現者」」
会場:東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー
期間:2026年10月23日~2027年1月11日(前期:10月23日~11月23日/後期:11月25日~2027年1月11日)
時間:10:00~17:00、金・土曜は20:00まで(入館は閉館30分前まで)
休館日:月曜(11月23日、1月11日は開館)、11月24日、12月28日~1月1日
※会期中、一部作品の展示替えあり。
入場料:一般2,100円、大学生1,200円、高校生700円