三井住友海上は10月2日、日本交通安全教育普及協会の講師を招き、東京都台東区の岩倉高等学校で交通安全教室を開催した。生徒らは自転車シミュレーターやグループワークを交えながら、交通事故が起こる仕組みや学校周辺の交通リスクについて学んだ。

三井住友海上が交通安全教室を開催する理由とは?

自転車は、高校生にとってもっとも身近な移動手段のひとつだ。通学や買い物、友人との外出など、多くの場面で利用されている。だが、ひとたび事故が起きれば、自らが被害者になるだけでなく、加害者になる可能性もある。

近年は自転車に関する交通ルールの見直しも進み、2026年4月1日には、16歳以上の自転車運転者を対象に「交通反則通告制度(青切符制度)」が適用された。自転車の交通違反に対する取り締まりや手続きも変わっている。こうしたなか、三井住友海上は高校生を対象にした交通安全教室を開催した。テーマは単なるルールの解説ではなく、「交通安全を自分で考える」ことだ。

対象となったのは、東京都台東区にある岩倉高等学校(以下、岩倉高校)の鉄道研究部に所属する生徒たち。同校は普通科の他に、鉄道従業員を養成する運輸科があることで知られ、鉄道業界を志す生徒が全国から集っているのが特徴だ。

  • 東京都台東区にある岩倉高等学校

    東京都台東区にある岩倉高等学校

三井住友海上火災保険 東京自動車損害サポート部の篠田小奈江氏と中川明里氏は、「損害保険とは、事故や災害が発生した際に損害を補償する保険のことで、みなさんにも身近な自動車や自転車の保険も取り扱っております」と挨拶。「交通事故を防ぐために大切なことや、安全に行動するためのポイントをみなさんと一緒に考えていきたい」と趣旨を説明した。

  • 三井住友海上火災保険 東京自動車損害サポート部 中川明里氏(左)、篠田小奈江氏(右)

    三井住友海上火災保険 東京自動車損害サポート部 中川明里氏(左)、篠田小奈江氏(右)

道路交通の安全は人の注意力に依存している

交通安全の専門家として登壇した日本交通安全教育普及協会の井澤夕里氏が最初に話すのは、交通事故の原因だ。

  • 日本交通安全教育普及協会 井澤夕里氏

    日本交通安全教育普及協会 井澤夕里氏

道路交通における事故は、車両の故障や道路環境が要因となるケースよりも、人の認知ミスや判断ミス、操作ミスによって発生するケースが圧倒的に多いという。自動ブレーキなどの先進安全技術は普及しつつあるが、道路交通の安全は依然として人の注意力に大きく依存している。

  • 交通事故の原因の多くは人の認知ミス・判断ミス・操作ミスだ

    交通事故の原因の多くは人の認知ミス・判断ミス・操作ミスだ

さらに井澤氏は、鉄道業界でもよく知られる“ヒヤリハット”の考え方を紹介した。重大事故の背後には数多くの軽微な事故や、事故には至らなかった危険な体験が存在する。「事故にならなかったからよかった」ではなく、そういったさまざまな事例の中に事故を防ぐヒントが隠されているという考え方だ。

  • 重大事故の背後には数多くの“ヒヤリハット”が存在する

    重大事故の背後には数多くの“ヒヤリハット”が存在する

「事故は突然起きるのではなく、その前段階がある」という視点を生徒たちに伝えることから、交通安全教室はスタートした。

自転車の青切符制度で変わる高校生の責任

続いて、自転車を取り巻く法改正の説明が始まる。井澤氏がまず話したのは、道路交通法上、自転車は「軽車両」に分類されているということだ。

特に高校生に関係が深いのが、16歳以上を対象とした青切符制度。制度自体は交通ルールを大きく変更するものではないが、一時不停止や信号無視などの違反に対して反則金制度が適用されることになる。

  • 2026年4月1日から、16歳以上の自転車運転者の一定の交通違反に青切符制度が適用された

    2026年4月1日から、16歳以上の自転車運転者の一定の交通違反に青切符制度が適用された

「反則金が一番高いのは、“ながらスマホ”なんです。1万2,000円です。『これだけ取られるからやめよう』ではなく、『それだけ危ないから高い金額なんだよ』と捉えてもらえるといいのかな、と思います」(井澤氏)

そのうえで交通事故を起こしてしまったときの「4つの責任」として、刑事上の責任、民事上の責任、道義的な責任、行政上の責任を挙げ、「事故を起こすと、なにもいいことはない」と説いた。

  • 交通事故を起こしてしまったときの「4つの責任」を挙げる井澤氏

    交通事故を起こしてしまったときの「4つの責任」を挙げる井澤氏

では、事故がないようにするにはどうしたら良いのか。井澤氏はここで「自転車安全利用五則」を紹介。車道の左側端通行、交差点での信号・一時停止遵守、夜間のライト点灯、飲酒運転禁止、ヘルメット着用を復習した。

  • 交通ルールを学ぶ岩倉高校の生徒たちの熱意は非常に高い

    交通ルールを学ぶ岩倉高校の生徒たちの熱意は非常に高い

さらに三井住友海上が作成した「知って防ぐ交通事故 自転車の事故未然防止ガイド」を参照し、一時不停止、逆走、傘差し運転、並進、安全運転に必要な音や声が聞こえない状態でのイヤホン使用、ながらスマホなどの“つい、違反してしまいそうな行為6選”に言及し、安全運転の重要性を諭した。

  • 三井住友海上の「知って防ぐ交通事故 自転車の事故未然防止ガイド」

    三井住友海上の「知って防ぐ交通事故 自転車の事故未然防止ガイド」

交通安全教育シミュレーターで「危険予測」を学ぶ

ここから特別授業は体験学習へと移る。各グループの代表3人が交通安全教育シミュレーターで交通事故リスクを体験するというものだ。参加した生徒たちはしっかりとヘルメットを被り、交差点や信号、路上駐車車両の回避といった場面を体験しながら、事故につながる可能性を考えていった。

  • 各グループの代表が交通安全教育シミュレーターを体験

    各グループの代表が交通安全教育シミュレーターを体験

  • 前後左右4枚のモニターに道路の交通状況が表示される

    前後左右4枚のモニターに道路の交通状況が表示される

例えば、一時停止の標識がある見通しの悪い交差点。単に停止線で止まるだけでは十分ではない。少しずつ前へ出ながら左右の安全を確認し、さらに後方にも注意を払う必要がある。

また、青信号だからといって無条件に進んで良いわけではない。信号無視の車や、自転車の進行方向を横切る左折車など、青信号でも危険要因は存在する。井澤氏は「安全だったら進むことができるのが青信号」と説明し、周囲の状況を確認する重要性を強調した。

  • シミュレーターの示す進行方向に従って自転車を運転する生徒

    シミュレーターの示す進行方向に従って自転車を運転する生徒

さらに路上駐車を避ける場面では、対向車や後方から接近する車両など、複数のリスクを同時に予測する必要があることも紹介された。

単にルールを覚えるのではなく、「この先で何が起きるか」を考える力を養うことがシミュレーターの狙いと言えるだろう。

  • 多くの自転車はミラーを搭載していないので、後方確認も重要

    多くの自転車はミラーを搭載していないので、後方確認も重要

学校周辺の事故を自分事として考えるグループワーク

交通安全教室の後半には、「学校周辺の交通リスクを話し合う」と題したグループワークが行われた。教材として使用されたのは、警察庁のデータをもとに三井住友海上が作成した岩倉高校周辺の事故マップだ。

  • 交通安全教室はグループワークへと移る

    交通安全教室はグループワークへと移る

2022年から2024年にかけて、学校周辺では1,000件以上の自転車事故が発生している。とくに10月は発生件数が多いという。

  • 岩倉高校周辺の4パターンの事故多発地点

    岩倉高校周辺の4パターンの事故多発地点

生徒たちはグループごとに事故多発地点を担当し、事故の原因や防止策について言葉を交わす。そして想定される事故とその原因、自転車側が取るべき予防行動、危険な行動を取ってしまう理由、個人でできる予防策を検討した。

  • 生徒同士で相談をしながらグループワークを進める

    生徒同士で相談をしながらグループワークを進める

生徒たちの発表を受け、井澤氏は「自分がどんな状況で危険な行動を取りやすいのかを理解することが事故防止につながる、それを忘れずにいてもらいたい」と語り、グループワークを締めくくった。

交通安全は「自分で考える」ことから始まる

特別授業のまとめとして、三井住友海上は実際の事故事例を紹介する。

一つ目は、自動車と並走していた自転車が接触して転倒し、自動車100%・自転車0%とされた事故だ。自転車側に過失がなかったケースだが、利用者は怪我を負った。

二つ目は、イヤホンを着用した自転車の運転者が、一時停止をせず交差点へ進入して自動車と接触し、重い怪我を負った事故。紹介された事例では、基本の過失割合は自動車60%:自転車40%。自転車側のイヤホン使用に関する事情が考慮され、自動車50%:自転車50%となったという。

  • 紹介された事例では、イヤホン使用に関する事情が過失割合に影響した

    紹介された事例では、イヤホン使用に関する事情が過失割合に影響した

三つ目は、歩道上で自転車が歩行者と正面衝突して歩行者が死亡してしまった事故。自転車側の過失100%で、賠償額は3,000万~4,000万円と説明された。

「自転車は、とても手軽な乗り物ですが、使い方を誤れば、重大な事故につながります」と三井住友海上はまとめる。

生徒からは「ルールは把握しているつもりだったが、それ以外にも細かい注意や気遣いが必要だと改めて考える機会になった」という感想が語られた。

  • 代表して感想を語った岩倉高校の生徒

    代表して感想を語った岩倉高校の生徒

保険会社ならではの視点から語られた事例は、多くの生徒に強い印象を残したようだ。

どのような交通手段でも、安全確認が大切

特別授業を終えた岩倉高校の鉄道研究部に所属する木村さんに、感想を聞いた。普段、鉄道について学んでいる生徒は、自転車の交通安全をどのように感じたのだろうか。

  • 岩倉高校 鉄道研究部の木村さん

    岩倉高校 鉄道研究部の木村さん

――鉄道について学ぶことと、自転車の交通ルールには、どんな違いがありましたか?

鉄道との違いは、自転車では利用者自身が右左折などの操作を行う必要がある点だと感じました。逆に、目や耳を使って周囲の確認を徹底するというのは共通していて、どのような交通手段であっても安全確認は本当に要だと思いました。

――シミュレーターを体験してどんな気づきを得ましたか?

交通ルールはある程度把握していましたが、交差点などでの前後左右の確認がおろそかになっているとわかりました。自転車にはさまざまなリスクがあるため、確認を習慣として身につける必要があると思いました。

――自転車に乗っていて、危険を感じた経験はありますか?

学校周辺で自転車に乗ることはないのですが、地元の埼玉には細い道や見通しの悪い道も多くて、人や車が突然出てきたこともありました。そのような場面では「いまのは危なかった」と感じました。

――今回の安全探究教室全体を通じた感想をお聞かせください。

一人ひとりが安全を意識することの重要性を感じました。自分の行動を見直すきっかけにもなったと思います。ありがとうございました。

事故そのものを一件でも減らしたい

三井住友海上と日本交通安全教育普及協会による授業に、岩倉高校の生徒たちは真剣に取り組んでいた。授業を終えた三井住友海上のみなさんに、今回の手応えを聞いた。

  • 三井住友海上のみなさん

    三井住友海上のみなさん

――今回の交通安全イベントを実施した背景を教えてください。

16歳以上の自転車運転者が青切符の対象となったことが契機です。自転車の利用者が安全に運転を続けるためには、交通ルールを正しく理解するだけではなく、その地域の特性や交通リスクを知り、生活圏で何が起こり得るかをあらかじめ把握しておくことが必要だと考えています。

――これまで、どのような交通安全への取り組みを行ってきたのでしょうか。

企業での講習や、自治体・警察と連携した安全イベントなどを実施しています。交通安全は、個人の努力だけで完結するものではありません。利用者、地域、行政、警察、企業などが、それぞれの立場からリスクを把握し、情報を共有していくことが重要です。

――今回、高校生を主な対象とした理由をお聞かせください。

高校生は自転車を通学や日常の移動に利用する機会が多く、交通ルールを理解し、行動に移せる年齢でもあります。だからこそ、制度や違反に関する知識を伝えるだけでなく、安全な運転を自ら選択するための判断力を養う機会が重要だと考えました。

――岩倉高校の鉄道研究部と連携したきっかけは?

東京都は青切符数が多く、事故が増加しているという課題を感じていました。日常的な自転車利用が多く、車、歩行者、自転車が近距離で行き交う都市部では、その環境に即した安全教育を行う必要がありますので、まずは都内での実施を検討していました。

その中で、岩倉高校の鉄道研究部は、鉄道だけを対象に活動しているのではなく、交通リスクや交通全般に関する知識も学んでいると伺いました。その活動と私たちのお伝えしたいことが一致しまして、今回の企画が実現しました。

――高校生の自転車事故の傾向についてお聞かせください。

事故対応をしていると、高校生の自転車事故も少なくないという実感があります。とくにイヤホンの使用で周囲の音が聞こえない状態だったり、スマホを見ながら運転していたりするケースが多い印象があり、重大な事故につながる行為だとぜひ知っていただきたいと思っています。

――取り組み全体を通じて、もっとも伝えたいことは何ですか?

我々は日々の対応に携わるなかで、「少し注意すれば防げたのに」という思いを抱きながら事故に向き合ってきました。怪我を負った方の対応をしていると心が痛みますし、ご家族の仕事や生活にも影響が及んでしまう場面も見てきています。事故そのものを一件でも減らしたいというのが我々の思いですね。


AIや先進運転支援技術が発達した現在でも、交通事故の多くは人の認知や判断に起因しているという。だからこそ、一人ひとりが危険を予測し、自らの行動を見直すことが重要になる。

三井住友海上の今回の取り組みは、交通ルールを学ぶ場であると同時に、高校生が地域のリスクを知り、自ら考える力を育む探究学習の場でもあった。日常の交通の中に潜む危険を見つめ直すことは、自分自身だけでなく、家族や友人を守ることにもつながりそうだ。