
この記事は、多気筒こそ正義!唯一無二のスーパーカー|チゼータ・モロダーV16T【前編】の続きです。
【画像】市販モデルとの細部の違いが、プロトタイプの数奇な運命を物語る(写真10点)
1990年北米でのデビュー
ジェイ・レノが司会を務めた晴れ舞台で、ついにデビュー。予想価格は25万ドル。1990年に新型ディアブロが掲げることになるプライスタグと比べても、ほんの少し高い程度にすぎなかった。けれども華やかなスポットライトの裏には常に秘密があるものだ。実はこのときチゼータ・モロダーの1号車はまだ完全には仕上がっていなかった。メディアテストに供された車両はなんと14気筒しか働いていなかったのである。
ザンポーリとモロダーの蜜月は、すでに終わりを迎えつつあった。資金は湯水のように消えていくのに、成果はなかなか見えてこない。モロダーはついに耐えきれず、プロジェクトから身を引く。そしてチゼータ・モロダーV16T唯一のプロトタイプ、完全な17桁のVINを持たないシャシー番号001を自ら引き取り、以後の市販車については自身の名を使うことも認めなかった。夢の共同名義は、ここであっけなく解消されたのである。
ひとり残されたザンポーリは車名からモロダーの名を外し、新たに「チゼータ V16T」と名付けた。そして続く12カ月のあいだに7台の受注を得ることができたものの、成功と呼ぶにはほど遠い結果だった。そのうえ納車はことごとく遅れ、価格に至っては当時のフェラーリF40より50%も高い、1台60万ドルにまで膨れ上がってしまった。1994年、当然のことながらチゼータ社は破産を申請することになる。
白いプロトタイプ001
単にチゼータとなってからの「市販モデル」と、この白い001との違いは見比べればすぐにわかる。バッジの名が違うだけではない。インテリアデザイン、小ぶりになったエアインテーク、形状の異なるリアライトやバンパー、ドアミラーなど、細部の変更がこの車の数奇な運命を静かに物語っているかのようだ。
一方、001はなおもモロダーの手元にあったが、未だ完調とはいえないコンディションにあった。転機をもたらしたのが、かのブルース・カネパである。チゼータ史の研究家であり、2012年の著書『16: Pictorial History of Cizeta Automobili』の著者でもあるブライアン・ウィクレムはこう語る。「このチゼータ・モロダーのプロトタイプを、ついに16気筒すべてが調和して回る状態にまで持っていくために、カネパはじつに1200時間もの作業を費やしました」
ウィクレムはさらにこう続けた。「カネパはこの001を完璧な状態へとレストアし、メカニックたちはプロトタイプを苦しめていた重大な初期不良を解決しました。燃料タンクの断熱処理や、燃料噴射マネジメントの見直しといった的確なモディファイによって、001は2021年、公道を走る準備を整えたのです。スコッツバレーにあるカネパのショップ近くで、私が助手席に乗せてもらって走った距離は僅かに30マイル(48km)ほどでしたが、この車がひと息に走ったという意味では、おそらく数十年ぶりの長さだったことでしょう」
2022年1月、このチゼータ・モロダー001は、当時のオーナー、モロダー本人によって、アリゾナ州スコッツデールで行われたオークション、RMサザビーズに出品される。現在のオーナーであり、ワイオミング州のコレクターであるブレンダン・ギャラハーはこう振り返った。「私はチゼータを探していたわけではありませんでしたし、チゼータ・モロダーなどなおさらでした」
彼はプロトタイプやワンオフ、希少車を好む蒐集家で、友人でもある自動車ライターのウィンストン・グッドフェローに、コレクションへ加えるイソ・グリフォ7Lを探してほしいと頼んでいた。ところが電話の途中でグッドフェローは思いがけず、001のことを熱っぽく語り始めたらしい。曰く、今世界で最もクールな車だ、歴史に残る一台になると思う、などなど…。
さらにブレンダンはこの001にジョルジオ・モロダー自身が関わった専用の NFTが付随していることを知る。Iconoclast、デジタルアーティストのSoulajit、NFT Pro、そしてRMサザビーズとともに制作されたもので、その内容がまた実に現代的だった。モロダーがこの車のためだけに書き下ろした4曲入りのEP、Soulajitによるデジタルアート、車両の3Dスキャン、さらには来歴を裏づける資料一式を結びつけたブロックチェーン認証まで含まれていたという。
ブレンダンは言う。「結局、私はこの車を買うことにしました。その決断にはこのうえなく満足しています。素晴らしい車です。サウンドはまるで魔法のようだし、ペダルまわりこそ少々窮屈ですが、それを除けば驚くほど快適です。『ウェッジシェイプト・コンセプトカー&プロトタイプ』クラスで参加した2024年のペブルビーチ・ツール・デレガンスでは、心からドライブを楽しむことができました」
カリフォルニアのハイウェイ1号線で、そのツアー車両の通過を見守っていたときの記憶がまざまざと蘇る。回転が上がるにつれて膨らんでいく16気筒の咆哮は、ただ荒々しいだけではなかった。重なり合う倍音に、どこか官能的ですらある響きを宿していた。耳にした者は、誰もがその音に引き込まれずにはいられなかっただろう。その事実はおそらく、モロダー自身がことのほか誇りに思うに違いない、見事な”音楽作品”である。そして、その旋律を本当に聴いたことがあると胸を張って言える人間は、きっとほんのひと握りしかいない。
<訳者独白>
幸運なことに、私もその”ほんのひと握り”のひとりである。2020年、日本で生産4号車を走らせた。16気筒は驚くほど静かに目を覚まし、低速では拍子抜けするほど従順だった。けれども回転を重ねるにつれ、音は少しずつ重なり合って艶を帯び始める。やがてこの世の車の所産であるとは思えぬほど澄んだ響きへと収束していった。絶対的な速さよりも、その夢見心地の時間が忘れがたい。チゼータV16Tは、ハイパーカーの始まりではあるけれども、いまなお純粋な意味でのスーパーカーなのだった。
編集翻訳:西川淳 Transcreation:Jun NISHIKAWA
Words: Massimo Delbo Images: Courtesy of the Petersen Automotive Museum Photography: Ivan Illagan / MITOKINO