Chapterhouseはなぜ偉大なのか? 「踊れるシューゲイザー」を生んだ『Whirlpool』が今も古びない理由

90年代イギリスのシューゲイザーを代表するバンド、チャプターハウス(Chapterhouse)が今年再結成を果たした。1994年頃に1度解散している彼らは2008年に最初の再結成を果たしており(2010年に日本も含むツアーを実施しているが、このときは短い期間で終わった)、今回は16年ぶりの再結成である。来年2月には日本でのツアーも決定している。「WHIRLPOOL 35TH ANNIVERSARY JAPAN TOUR 2027」と題されたそのツアーでは、今年リリースから35周年を迎えた歴史的1stアルバム『Whirlpool』が全曲披露される予定だ。

Photo by Drew Reynolds

『Whirlpool』の渦はなぜ今も古びないのか?

1991年にリリースされたチャプターハウスの1stアルバム『Whirlpool』は、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの『Loveless』やライドの『Nowhere』、スロウダイヴの『Souvlaki』と並び、シューゲイザーのディスクガイドやUKロックの名盤選を作るとしたら外すことのできない名作だ。その影響力は計り知れない。例えば、今年素晴らしい新作『Ricochet』をリリースしたスネイル・メイルのリンジー・ジョーダンは、本サイトのインタビューにおいて、『Ricochet』と『Whirlpool』のジャケットの類似を指摘されて喜びを露わにしている。あるいは、日本のオルタナティブロックの歴史に消えない足跡を残したバンド、きのこ帝国の1stアルバム『渦になる』の1曲目が「WHIRLPOOL」であったことを思い出そう(ちなみに「Whirlpool」とは「渦巻き」という意味だ)。他にも羊文学やニューダッドなど、現在進行形で活躍するバンドたちがチャプターハウスからの影響を公言している。

1987年の結成から1994年の最初の解散までの7年間でチャプターハウスが残したオリジナルアルバムは、1stアルバム『Whirlpool』と2ndアルバム『Blood Music』の2作のみ。現時点では再結成時にも新作は発表していないので、この2作がチャプターハウスの純然たるオリジナルアルバムということになる。たったの2作。しかし、チャプターハウスには、他の短命に終わったバンドたちが纏う刹那的な佇まいのようなものを、私はあまり感じない。もちろん、同じくアルバム2作で終わったザ・ストーン・ローゼスのようにリアルタイムで時代を席巻するムーブメントを巻き起こしたバンドではないから、というのはひとつの理由としてあるだろう。しかし、もっと違う理由もありそうだ、と思いながら、この原稿を書くために私は改めてチャプターハウスが残した作品を聴いていた。

その時、1st EP『Freefall』の1曲目に収録され、後に『Whirlpool』にも収録されることになる名曲「Falling Down」を聴きながら、ある不思議な感覚に襲われた──「この、上昇と下降が同時に押し寄せてくる感覚はなんだろう?」。そして改めて歌詞を見てみれば、そこにはやはり〈Falling down〉と〈Higher now〉という、一見矛盾するフレーズが1曲の中にともに書かれていたのだった。

「Falling Down」を聴きながら、私はひとつの詩を思い出した。『若きウェルテルの悩み』や『ファウスト』などで知られるドイツの文豪、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテが、スイスで滝を見た感動を歌ったと言われる「水の上の霊の歌」という詩である。その詩の冒頭をここに引用する。

 人の心は

 水にも似たるかな。

 天より来たりて

 天に登り、

 また下りては

 地にかえり、

 永劫つきぬめぐりかな。(『ゲーテ詩集』高橋健二訳、新潮文庫)

上っていくことと、下っていくこと。どちらか一方ではなく、その循環、その繰り返しが人の心であり、人生なのだと、この詩は、そしてチャプターハウスの「Falling Down」は伝えているようだと感じた。とても普遍的で、雄大なメッセージだ。だから私は、チャプターハウスに刹那的なイメージを抱かないのかもしれない。短期間でひとまずの終わりを迎えたバンドとは言え、彼らはまるで閃光のようにゴールまで突っ走っていくような生の在り方を表現していなかったのではないか。むしろ彼らは、上昇と下降を繰り返しながらまさに「渦巻き」のような状態を作り出していく、そんな生の在り方を表現していたのではないか。そんなことを考えながら、私は大学生の頃に初めてこのアルバムを聴いて以来約20年ぶりに、チャプターハウスの渦に飲み込まれていった。

「踊れるシューゲイザー」はいかに生まれたか

ここからは改めてチャプターハウスの歴史と作品の魅力を振り返ろう。1987年にイングランドのレディングで結成されたチャプターハウス。1990年にスペースメン3やスピリチュアライズドを擁するレーベル〈Dedicated〉と契約し、同年に『Freefall』と『Sunburst』という2作のEPを発表。翌1991年に、件の1stフルアルバム『Whirlpool』を発表する。『Whirlpool』発表時のメンバーは、アンドリュー・シェリフ(Vo, Gt)、スティーヴン・パットマン(Vo, Gt)、サイモン・ロウ(Gt)、アシュレイ・ベイツ(Dr)、ラッセル・バレット(Ba)の5人。1991年と言えば、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの『Loveless』や、プライマル・スクリームの『Screamadelica』、マッシヴ・アタックの『Blue Lines』、海を越えたアメリカからもニルヴァーナの『Nevermind』やガンズ・アンド・ローゼズの『Use Your Illusion I & Ⅱ』、ア・トライブ・コールド・クエストの『The Low End Theory』など、今なお語り継がれる名作アルバムが大量に発表された年である。そんな名作群の中にあっても、『Whirlpool』は決して埋もれることのない眩い輝きを放ち続けている。

『Whirlpool』の革新性とは何だったのか。それについて説明するために真っ先に挙げるべきは、本作の2曲目に収録された「Pearl」だろう。この曲はチャプターハウス永遠の代表曲であるだけでなく、90年代シューゲイザーを代表する名曲のひとつと言っても過言ではない。この曲では、天井から降り注ぐオーロラのような眩いギターサウンドと、ザ・ストーン・ローゼスやハッピー・マンデーズらマッドチェスター系のバンドたちとも共振するような快楽的でダンサブルなビートが出会うことにより、独創的かつ恍惚とした世界を生み出すことに成功している。「踊れるシューゲイザー」という発明が、この曲では見事に体現されているのだ。また、この曲にはレッド・ツェッペリン「When the Levee Breaks」のドラムが大胆にサンプリングされているところも特筆すべきポイントだ。1991年と言えば、アメリカではア・トライブ・コールド・クエストやデ・ラ・ソウルなどがサンプリングを駆使してヒップホップを進化させていた時代である。この時期、チャプターハウスはノイズギターの海を泳ぎながら、そこにマッドチェスターの快楽性やヒップホップの新たな肉体性を合流させることで、鮮烈なギターロックを生み出していた。

「Pearl」にはスロウダイヴのレイチェル・ゴスウェルがバッキングボーカルで参加し、曲の神秘的な美しさをさらに際立たせている。『Whirlpool』に収められた楽曲たちは他も粒揃いだ。アルバムの幕開けを飾る「Breather」では極彩色のハーモニーと狂おしい疾走感が同居し、「Autosleeper」はまるで精神世界を漂うような不穏な空気と激しさが混ざり合う。前述した「Falling Down」も「Pearl」同様ダンサブルなビートとノイズギターの重なりが、この時期のチャプターハウスでしか味わうことのできない陶酔感を生み出す。「Guilt」には60年代のラヴや80年代のモノクローム・セットのようなサイケなポップ感があり、「If You Want Me」はまるで『The Velvet Underground & Nico』に入っていそうな耽美さと獰猛さがある。ちなみにチャプターハウスは、ニルヴァーナやライドも参加したヴェルヴェット・アンダーグラウンドのトリビュートアルバム『Heaven & Hell: A Tribute to the Velvet Underground』(1990年)に「Lady Godiva's Operation」で参加している。『Whirlpool』の前にリリースしたEP『Sunburst』ではザ・ビートルズの「Rain」をカバーしていることを見ても、60年代の音楽に対しての憧憬がチャプターハウスの中にはあったのだろう。

『Whirlpool』は、コクトー・ツインズのロビン・ガズリーがプロデュースを手掛けた「Something More」という幽玄なアンビエンスを漂わせる楽曲で締め括られる。アルバムバージョンはよりエレクトロニックな仕上がりになっていて、大袈裟な終わり方をしないところが個人的に大好きなのだが、この『Whirlpool』版「Something More」が未来を予見していたかのように、2年後の1993年に発表された2ndアルバム『Blood Music』でチャプターハウスはプログラミングを多用し、より鮮明な音作りによってダンスフィーリングを全面に押し出した方向性に突き進む。プログラミングの多用についてはアシュレイ・ベイツ(Dr)が制作途中で脱退したことも大きかったのだろう。『Blood Music』は『Whirlpool』に比べると地味な印象はあるが力作で、『Whirlpool』にはなかったダイナミックなユニティ感を持った「We Are The Beautiful」や、タイトルがドアーズの名曲を連想させる、儚く切ない詩情を感じさせる「Summers Gone」、ハウスビートの推進力がパワフルに響く「Shes A Vision」など名曲も多い。ちなみに私は『Whirlpool』と『Blood Music』の間、1991年にリリースされたEP『Mesmerise』がかなり好きで、4曲入りの小品だが、チャプターハウスを語るうえでは欠かすことのできない傑作だと思っている。全体的にアンビエントハウスに接近したような、ささやかでユーフォリックな空気感が絶品だ。ストリーミングでは4曲ともが『Whirlpool』のデラックス盤に入っているのが聴けるので、是非聴いてもらいたい。

まあ、何はともあれまずは『Whirlpool』である。来年の2月にはここ日本でその楽曲たちが響き渡る。きっと「Pearl」や「Falling Down」は今もリアルに響くだろう。重ねてきた生の循環の数が、きっとその演奏に更なる深みを与えているに違いない。

EP『Mesmerise』収録のタイトル曲、2nd『Blood Music』収録の「We Are The Beautiful」

X पर Creativeman:

CHAPTERHOUSE

「WHIRLPOOL 35TH ANNIVERSARY JAPAN TOUR 2027」

Performing their classic debut album in full

東京公演

2027年2月17日(水)東京・Spotify O-EAST

OPEN 18:00 / START 19:00

料金:スタンディング 11,000円(税込/ドリンク代別)

指定席 13,000円(税込/ドリンク代別)

大阪公演

2027年2月18日(木)大阪・246 LIVEHOUSE GABU

OPEN 18:00 / START 19:00

料金:オールスタンディング 11,000円(税込/ドリンク代別)

※未就学児(6歳未満)入場不可

主催:VINYL JUNKIE

協力:クリエイティブマン

公演ページ:https://www.creativeman.co.jp/event/chapterhouse27