「感動創造企業」を理念に掲げるヤマハ発動機が、社員一人ひとりの自主的な活動に焦点を当てる取り組み「Next Kando Actions」に力を入れている。

なぜ今、社員の「体験」や「自発性」に注目するのか。そこから生まれる「感動」は、会社をどのように変えていくのか。このプロジェクトの責任者であるブランド統括部の北條雅也統括部長に、取り組みの背景や目指す未来について話を聞いた。

  • ブランド統括部・北條雅也統括部長

    ブランド統括部・北條雅也統括部長

「感動創造」を“自分事化”するプロジェクト

――まずは「Next Kando Actions」という取り組みの経緯や背景について、教えていただけますか。

背景にはいくつかの課題がありました。一つは、ここ数年でキャリア採用の社員が非常に増えていること。もう一つは、日本国内において、モーターサイクルやマリン製品といった当社製品が、以前より身近な存在ではなくなってきているという現実です。

その結果、社員の会社に対するエンゲージメントが低下したり、当社が掲げる「感動創造企業」の「感動」とは一体何なのかという意識が薄れてきたりしていることが、社員意識調査からも見えてきました。

「これは何とかして高めていかなければいけない」ということで、2024年4月頃からこのプロジェクトが始まった、という流れになります。

――具体的には、どのような活動をされているのでしょうか。

大きく分けて4つの柱があります。「ブランド体験」「製品体験」、それらの体験の告知や感動エピソードの共有などを行う「社内コミュニケーション」、そしてヤマハらしい感動を届ける社員の想いを「社外に向けても発信」することです。ただ、やはり一番の核は“体験”の部分ですね。

  • ラグビーチーム・静岡ブルーレヴズの試合観戦

ブランド体験では、当社が力を入れているサッカーやラグビーといったスポーツチームの試合に足を運び、試合観戦や選手との交流などを行います。そこで、ヤマハというブランドが何を表現しようとしているのかを肌で感じてもらいます。製品体験では、モーターサイクルやマリン製品、電動アシスト自転車などに実際に触れ、楽しんでもらう機会を提供しています。

――「感動」という言葉は非常に幅が広いですが、ヤマハ発動機として定義している「感動」とは、どのようなものなのでしょうか。

おっしゃる通り、感動の捉え方は人それぞれです。映画を観て感動することもあると思いますが、私たちが提供したいのは「身体性を伴う感動」なんです。人と乗り物が合わさって生まれる「感動」です。言葉で説明するのはなかなか難しいのですが、だからこそ体験してもらうことを重視しています。

最近よく使っている言葉に「鍛錬の娯楽化」というものがあります。当社の製品は、誰でもすぐに乗りこなせるものばかりではありません。例えば、モーターサイクルなどがそうですね。しかし、練習して乗る回数が増えていくと、楽しみがどんどん広がっていく。小さな挑戦から始めて、それを乗り越えたときに得られる感動こそが、ヤマハ発動機らしい感動なのではないかと考えています。

「感動の体験」で社員一人ひとりを“アンバサダー”に

――具体的な体験イベントとしては、どのようなものが人気なのですか。

一番人気があるのはグライダーですね。天竜川の河川敷にある飛行場で実施しているのですが、募集を開始した瞬間に枠が埋まってしまうほどの人気です。

  • 人気のグライダー体験

    人気のグライダー体験

モーターサイクルの体験も人気です。現在は二輪免許を持っていない社員も多いのですが、私有地で免許がなくても乗れるバイクを用意し、まずは体験してもらうところから始めています。特に女性社員の参加率が高く、「教習所に行くのはハードルが高いけれど、まずは自分に合うかどうか試してみたい」という、ゼロから一歩を踏み出す部分をサポートしています。

  • 免許がなくても参加できるモーターサイクルの試乗体験

ほかには、電動アシスト自転車で森町の神社周辺を巡るツーリングなどもあります。ツーリングでは20人ほどが連なって走るのですが、これはチームビルディングにもつながっているようです。最近では、4輪バギー(ATV)の体験施設とも提携しました。

――自社製品でも、乗ったことがない社員の方は意外と多いんですね。

そうなんです。私自身、入社して21年になりますが、20年間ずっとモーターサイクルの担当だったため、正直ほかの製品については詳しく知りませんでした。ATVに国内で乗れることも知りませんでしたし、マリン製品も新入社員のときに乗ったきりでした(笑)。

でも、現在の部署に来て自分でイベントに参加してみると、やはり「自分の会社、いいな」と、会社を好きになるんですよね。

――ちなみに、これらの活動は福利厚生というわけではないんですよね?

そうですね。福利厚生ではありません。私はよく、「社員をアンバサダー化する活動」だと説明しています。

自分たちの製品や活動を体験して自社を好きになれば、人は自然と誰かに話したくなりますよね。日本国内だけでも1万人の社員がいて、彼らには家族や友人がいます。レースを見て感動した社員が、家に帰って家族にその熱量を伝えたり、SNSで発信したりする。それが最も効率的で、かつ純度の高いブランディングになるのではないかと考えています。

――活動を始めて約2年半、現状の手応えはいかがでしょうか。

毎年行っている意識調査の指標は、着実に上がっています。特に印象的だったのは、今年、新入社員を含む社員530人を鈴鹿8時間耐久ロードレースに連れて行ったときのことです。バス16台という大移動でした。当日はあいにくの雨でみんなびしょ濡れ、という過酷な環境だったのですが、事後の満足度は9割を超えました。

  • 鈴鹿8時間耐久ロードレース観戦の様子(写真は2025年開催時のもの)

    鈴鹿8時間耐久ロードレース観戦の様子(写真は2025年開催時のもの)

私が驚いたのは、現場で初めてレースを見た女性社員が、1周目を見た瞬間に涙を流したことです。「自分の会社が、時速200キロ、300キロという想像を超えるスピードで走るものを作っている。その音や迫力を身体で感じて、勝手に涙が出てきた」と話していました。テレビで見るのと現場で体験するのとでは、それほどまでに違うのだなと、私自身も改めて気付かされました。

  • 鈴鹿8時間耐久ロードレース観戦の様子(写真は2025年開催時のもの)

    鈴鹿8時間耐久ロードレース観戦の様子(写真は2025年開催時のもの)

――それこそが、まさに「感動」の原体験ですね。

自分が感動を味わった社員は、今度は「感動を与える側」としての自覚も変わるのではないかと思いますね。

世界5万人の“アンバサダー”が、会社の未来を作る

――ここまでの展開は、想定通りでしたか?

正直、想像以上のスピードで広がっています。当初は、私たちブランド統括部がお膳立てをしていましたが、今年からは各部署に「Next Kando Actions」の担当者を置き、自主的なイベント運営を促しました。

当初は部署ごとに温度差もありましたが、今ではどの部署も「自分たちもやろう」と自律的に動いています。現在では、私たちが企画するイベントの数よりも、各部門が独自に行うイベントの数のほうが上回っていますからね。

――その原動力は、どこからくるのでしょうか。

実は、50代、60代の「仕事か遊びか分からないくらい趣味に没頭しているおじさんたち」の存在が大きいと思っています(笑)。彼らは自分が楽しんでいることを人に伝えるのが大好きなので、例えば開催地を決める際も、「こんな面白い場所があるぞ」と先頭に立って動いてくれるんですよね。社長の設楽もこのプロジェクトにはとことん力を入れています。というより、社長自身が先頭を切って引っ張っている感じですね。

――今後の展望についてお聞かせください。

今後は、より一層グローバル展開を進めたいと思っています。当社の売上の94%は海外で、全世界に5万人以上の社員がいます。

現在は、海外主要16拠点の担当者を日本に呼び、体験を通じて視野を広げてもらう活動を始めています。例えば、ASEANやインドではモーターサイクル事業が中心ですが、そこで働く社員が「ヤマハはマリン製品や電動アシスト自転車も手がけている。こんなに幅広く感動を作っている会社なんだ」と知ることで、愛着はさらに深まるはずです。

「Next Kando Actions」をさらに強化し、世界中にヤマハ発動機のファンを増やしていくことが、中長期的な目標ですね。