Nightmares On Waxはなぜ偉大なのか? ブリープからダウンテンポへ、レイヴ以降の「チル」を開拓した歩み

30年以上にわたり、エレクトロニック/ソウル・ミュージックの最前線を走り続けながら、唯一無二の温度感を持つ音楽を生み出してきたナイトメアズ・オン・ワックス(Nightmares On Wax)。2026年には名盤『In A Space Outta Sound』の20周年にあわせ、エイドリアン・シャーウッドが全編をダブミックスした『In A Space Outta Dub』をリリース。9月に東京・大阪で開催される「ADRIAN SHERWOOD presents DUB SESSIONS 2026」では、両者が同じステージに立つ。待望の来日を前に、ele-king編集長の野田努がNoWの歩みと革新性を紐解く。

シェフィールドの音楽文化が生んだ「ブリープ&ベース」

ナイトメアズ・オン・ワックスがレイヴ・カルチャーの狂騒につきあったのは、いま思えばほんの一瞬だったかもしれない。いや、その前に、21世紀のいま〈Warp〉が好きだというリスナーに、じつはこのレーベルの最初期はイングランド北部におけるハードコア・レイヴの拠点のひとつだったという話をしても、にわかに信じてもらえないだろう。地元シェフィールドのクラブと密接に関係していたレコード店にはじまったこのレーベルは、いまでは、洗練された趣味の良いエレクトロニック・ミュージックのレーベルとして認知されているからだ。

だいぶ前からロンドンに会社を移した〈Warp〉だが、もとはイングランドの北の工業都市、シェフィールドだった。この地には歴史があった。キャバレー・ヴォルテールやヒューマン・リーグといったポスト・パンク時代の電子ノイズと荒廃したメタリックなサウンドという遺産、70年代から80年代には、週末の夜は朝までぶっ飛んで踊るという北部ノーザン・ソウル、すなわちプロト・レイヴ文化の遺産。そしてさらにもうひとつ、イングランド北部のレゲエ・サウンドシステム文化がもたらしたもの、この三点である。

かつてレーベルの創始者のひとり、スティーヴ・ベケットが語っている。「リーズのアイタル・ロッカーズ(Ital Rockers)のような人たちはあまり知られていないけれど、素晴らしいレコードを出していた。彼らは20曲か30曲だけアセテート盤に録音して、ホテルの地下でサウンドシステム・パーティを開いていた。照明もなく、200人くらいで、レゲエ、ヒップホップ、そしてピコピコとベースの曲をかけて、その上で乾杯するんだ」

信じがたい話かもしれないが、超初期の〈Warp〉は、ジャマイカのレコード・ビジネスと同じように、現場主義的な商業と独自の文化の融合によって生まれている。そこでウける音があり、それを作る人、まわす人(DJ)、売る人、そして踊る人たちがいた。それが1980年代末、イングランド北部の文化環境のなかで生まれつつあった独自のハウス・スタイル──”ブリープ&ベース”に発展した。省略して ”ブリープ ”と呼ばれたそれは、完璧に、シカゴのアシッド・ハウスとイングランド北部におけるノーザン・ソウル、サウンドシステム文化(ダブのベース)の融合にほかならない。当時のシェフィールドにおけるウェアハウス・パーティの様子をベケットはこう回想している。「倉庫には1000人くらいがいた。壁の脇には金属製の通路があって、そこから人がぶら下がっている。完全に騒乱状態だ。パーティというよりお祭りみたいだった。照明は少なく、真っ暗闇のなかで踊っているような感じだった」

時代と場所を思えば、シェフィールドと同じ北部ヨークシャー地方の街で、電車で40分ほど北に離れたリーズを拠点とするDJ、ジョージ・エヴリン(とケヴィン・ハーパー)によるデュオ、ナイトメアズ・オン・ワックスが始動し、〈Warp〉のオールタイム・クラシック「Aftermath」をレコーディングするのも必然だった。この曲は、1990年秋のUKチャートで38位を記録するヒット作になったが、問題はその次だった。

ヒップホップとレイヴの狭間で誕生した「チルアウト」

1991年のファースト・アルバム『A Word of Science』では、まだ片足をレイヴ・カルチャーに突っ込んでいたナイトメアズ・オン・ワックスだが、1995年のセカンド・アルバム『Smokers Delight』へのシフトは、ふたつの点において賛否があり、ひとつの点において賞賛があった。まずは、ダンスフロアの集団的狂騒からベッドルーム/リビングルームという私的空間への移動(撤退?)における賛否。それから、トリップ・ホップ論争における賛否だ。この二点は相互関係にあるので、ここでは当時の「トリップ・ホップ論争」を紹介したい。

ナイトメアズ・オン・ワックスの音楽的頭脳、ジョージ・エヴリンは、当然のことながらこの呼称を断固否定したひとりだった。サンプリング美学者である彼は、間違いなくザ・45キングやマーリー・マールのようなオールドスクールのプロデューサーたちから影響を受けている。エヴリンのサンプリング・ソースのほとんどが70年代のアメリカのソウル・ミュージック(もしくはジャズ・フュージョン)であり、じつをいえば、ファースト・アルバムから3枚目の『Carboot Soul』(1999年)まで、それぞれの作品の冒頭には、クインシー・ジョーンズの「Summer in the City」(1973年)がそれぞれ異なった形でサンプリングされている。よほど好きなのだろう。この曲は、ヒップホップ・ファンには1992年のファーサイドのヒット曲「Passin' Me By」のネタとして知られている(とくにイギリスで大ヒットした)。エヴリンのセンスは、いかにも英国人らしい黒人音楽趣味があり、また、そこには明らかにUSラップ文化との回路がある。

『Carboot Soul』収録の「Les Nuits」、クインシー・ジョーンズ「Summer in the City」をサンプリング

ぼくが好きなネタ使いをひとつ挙げると、『Smokers Delight』の「Dreddoverboard」という曲におけるミリー・ジャクソンの1977年の曲「Angel in Your Arms」のサンプリングだ。この曲の途中では、間奏として、ドクター・ロニー・スミスの1967年のデビュー作から「Minor Chant」がサンプリングされている。ジョージ・ベンソンやブルー・ミッチェルが参加し、ハモンドB3オルガンのグルーヴが光る名演として知られているファンキーなソウル・ジャズだ。ある意味これはラップがないだけで、真っ当なヒップホップ・トラックと言える。

にもかかわらず、ではトリップ・ホップの何が問題だったのか、その起源と言われているマッシヴ・アタックの『Blue Lines』に遡ってみるとわかりやすいかもしれない。この時代のアメリカにあったのは、1990年にはパブリック・エネミーの『Fear of a Black Planet』があり、1991年にはN.W.A.『Niggaz4Life』、アイス・キューブ『Death Certificate』、ああそれから『2Pacalypse Now』もあった。もちろん、ア・トライブ・コールド・クエストの『The Low End Theory』もその年だったけれど、もはや話題になるラップの多くはゲットー中心主義的な、アメリカにおける黒人の政治状況と直結する音楽になっていた。その威圧感、その騒々しさとくらべたら、『Blue Lines』は、ムーディーで、メロウで、スローだし、総じてメランコリックだった。トリップ・ホップとはつまり、USラップにおけるアフリカ系アメリカ人のハードな政治的経験、その怒りを差し引いた、イギリスの白人向けにアレンジされたヤワな音楽だというのが否定派の言い分だった。

その否定はじつは肯定でもあった。というのは、そもそもヒップホップは、すべてが最初からそのような過激な政治性をもった音楽ではなかったからだ。90年代のトリップ・ホップは、80年代のステインスキーや45キングのサウンド・コラージュ、マントロニクスのサンプリング術、 あるいはエリックB&ラキム『Follow the Leader』のようなシネマティックなラップ作品などと繋がっているのだ。『Smokers Delight』のレコードの内袋には、次のようなメッセージが記されている。

「”トリップ・ホップ”と呼ばれるこの新しいムーヴメントについて”世間ではいろいろと言われている”けれど、俺がそれを聴いて思い出すのは、ザ・B・ボーイズの”Two, Three, Break” や、(レッド・アラートの)”Hip-Hop on Wax Vol. 1, 2, 3”、ウエスト・ストリート・モブの”Breakdance Electric Boogie”といった、かつてのトラックのことだ。当時それは単に”ヒップホップ”と呼ばれていた。10年が経ち、メディアは”トリップ・ホップ”なんていうトレンディな名前で若きBボーイ&Bガールたちを担ぎ出そうとしているけれど、結局のところ”ヒップホップ”はどこまでいっても”ヒップホップ”だ!」

作者がそう言ったところで、ラップ原理主義者たちがトリップ・ホップを気にくわない理由は、それが否応なく(アメリカでは白人文化として分離された)レイヴ・カルチャーと繋がっていたからでもある。まあ要するに、ラップの側からは、トリップ・ホップはヒップホップの高級化であり、レイヴの狂騒から見れば、それは汗臭い現場からの回避のように見えたのだ。たいへんな板挟みである(話は逸れるが、なぜあれほどまで、イギリスにおいてトリッキーが重要だったのか、察していただけただろう。この件に関しては、いつかしっかりその詳細を書いておきたい)。

で、そう、しかしながらそれは”回避”ではない。ある意味、レイヴ・カルチャーが泥沼化するなかでの混沌からの積極的な”避難”であって、レイヴ・カルチャーにおける”癒し”のような効果として、このイギリス製インストゥルメンタル・ヒップホップは機能した。そのもっとも偉大な成果のひとつが、ナイトメアズ・オン・ワックスの『Smokers Delight』だったのだ。これは意図して、チルアウトのためのインストゥルメンタル・ヒップホップとして制作されたアルバムだった。そして、この陶酔的なミニマリズムを手放しで喜んだのは、もちろんアムステルダムで品種改良に勤しむような連中だった。

『Smokers Delight』の1曲目「night's introlude」

ダウンテンポの先へ、NoWの現在地

『Smokers Delight』は大ヒットし、そしてよくある話だが、そのフォロワーたちの登場をうながした。レイ&クリスチャン、DJカム、フィラ・ブラジリア……これら洗練された後続隊が大挙する他方で、〈Ninja Tune〉やアシッド・ジャズもこの流れに合流した。ナイトメアズ・オン・ワックスがその次のアルバムのリリースまで4年も空いてしまったのは、どこに向かうべきか考えたからだと思う。

じっさい、1999年にリリースされた『Carboot Soul』は、エヴリンひとりになってからの最初のレコードで、それ以降に発展するNoWサウンドの再出発点だった。全体に通底する70年代ソウルの甘美なフィーリングを活かしたその音楽性からわかるのは、結局のところジョージ・エヴリンは、ノーザン・ソウルの伝統と80年代ヒップホップ、そしてポスト・レイヴのダウンテンポとのつなぎ目のなかでどれだけのことができるか、そこに賭けることにしたということである。

先日、エイドリアン・シャーウッドがリミックスしたアルバムが発売されたことで話題になった2006年の『In a Space Outta Sound』も、まったくその延長にある。つまり、トリップ・ホップの後続隊が心地よいフュージョンやカクテル・ラウンジ、架空のサウンドトラック、さもなければシュールなイージー・リスニングに手を出すなか、エヴリンは、削ぎ落とされたミニマリズムを根幹とし、ソウルの情感とファンクの躍動、ヒップホップ・ビートとの組み合わせの探求に向かっている。

『In a Space Outta Sound』収録の「You Wish」

さらに『In a Space Outta Sound』からは、彼の故郷、イングランド北部で盛んだったレゲエのサウンドシステム文化からの影響が、適度なダブ効果をともなって注がれている。2025年に〈Warp〉からリリースされた『Echo 45 Soundsystem』も、そのタイトルとアートワークにおいてはサウンドシステム文化に触れている。内容のいくつかは、70年代レゲエ風であり、それこそザ・45キング風ヒップホップの、彼なりの再解釈だった。このアルバムにヤシーン・ベイ(モス・デフ)が参加していることがわかりやすいが、現代のラップからは失われつつあるものを抽出しているようにも聴こえる。ダンス・ミュージックであり、レトロなレイヴ・カルチャーでもあるのだ。それはサウンドシステムもブロック・パーティもノーザン・ソウルも含まれる広義の”レイヴ”のことで、声の大きいメッセンジャーはいないが、ムード豊かなダウンテンポ・ファンクと微笑みがある。いまでも、いや、いまだからこそ、こういう音楽があってもいいんじゃないだろうか。

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『In a Space Outta Dub』フル試聴

DUB SESSIONS 2026

feat. ADRIAN SHERWOOD VS NIGHTMARES ON WAX

2026年9月9日(水)東京・Spotify O-EAST

2026年9月10日(木)大阪・Yogibo META VALLEY

OPEN / START 18:00

詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15671

出演:エイドリアン・シャーウッド、ナイトメアズ・オン・ワックス

SUPPORT ACT:SILENT POETS(DUB ENSEMBLE)

LIVE PAINTING:ピーター・ハリス

チケット:前売8,000円(税込/別途ドリンク代/オールスタンディング)

Nightmares on Wax VS Adrian Sherwood

『In A Space Outta Dub』

発売中

詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15624

ナイトメアズ・オン・ワックス来日記念

名盤2タイトル日本語帯付LPリイシュー

2026年8月28日リリース

『Smokers Delight』

詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15923

『In A Space Outta Sound』

詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15924

ミックステープ作品

『Echo45 Sound System』初CD化

(※2025年デジタルとLPでのみリリース)

2026年8月28日リリース

詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15939