
2023年、デビュー曲「Your Face」がSNSを通じてバイラルヒット。ウィスプ(Wisp)ことナタリー・ルーは、シューゲイザーの轟音とドリーミーな歌声を現代的な感覚で結びつけ、一躍、新世代のオルタナティブ・ロックを象徴する存在へと駆け上がった。2024年にデビューEP『Pandora』、翌年には初のフルアルバム『If Not Winter』を発表。日記から着想を得た極めてパーソナルなソングライティングと、ファンタジーへの憧れを投影した幻想的なビジュアル世界を築き上げ、活動のスケールを急速に広げてきた。
その勢いは日本にも届いている。今年1月に渋谷WWW Xで行なわれた初来日公演は即日ソールドアウト。そして約7カ月が経った今、サマーソニックで早くも日本に帰ってくる。東京では8月14日、大阪では15日のSONIC STAGEに出演。初来日時よりもはるかに大きな舞台に立つ。
現在は『If Not Winter』に続く次作の制作も進行中。さらに10月からは、ティーンの頃から憧れてきたビーバドゥービーの北米ツアーにも参加予定だ。そんな彼女へのインタビューが、再来日直前に急遽実現。東京公演の記憶、名曲「Black Swan」に刻んだコンプレックスと葛藤、囁くような歌声へのこだわりとシューゲイザー観、次なる作品で目指す新しいウィスプ像、サマソニへの意気込みまで語ってもらった。
パーソナルなシューゲイザーが生まれるまで
―今年1月の東京公演は素晴らしかったです。あなたの音楽を待ち望んでいた観客の熱気とエネルギーにも圧倒されました。当日のライブ全編がYouTubeにアップされていますが、ご自身のキャリアにおいても特別な瞬間だったのではないかと思います。あの夜について、どんなことが印象に残っていますか
ウィスプ:東京は、いつかライブをしてみたいと思っていた都市のひとつでした。世界の反対側まで旅をして、そこで海外のファンのために演奏するというのは、本当に特別なことだと思います。音楽は世界共通の言語で、音の響きだけでも感情は伝わるんだと、あらためて実感しました。
特に東京公演が忘れられない夜になったのは、アジアで初めてソールドアウトしたライブだったからです。自分の音楽が、ずっと行ってみたかった夢の場所まで連れてきてくれたことが、今でも信じられません。街を探索したり、おいしいものをたくさん食べたりできるだけでもうれしいのに、そこで自分の音楽を演奏することまでできるんですから。
ライブでは東京酒吐座(Tokyo Shoegazer)がオープニングを務めてくれました。私は以前から彼らの音楽が大好きで、一晩とはいえ東京のシューゲイザー・シーンにどっぷり浸かれたのは、とても貴重な経験でした。人々がどうやってこの音楽に出会うのか、なぜ日本の人たちがこれほどシューゲイザーを愛しているのか、そしてこのシーンが彼らにとってどれほど温かく、愛情に満ちたコミュニティなのか。本当にたくさんのことを知ることができました。
今年1月、初来日公演の公式フルライブ映像
―個人的に、あの夜いちばん印象に残ったのは終盤に披露された「Black Swan」でした。重厚なギターと美しいボーカルが重なり合って、ライブ全体の感情的なピークのように感じました。この曲がどのように生まれたのか、テーマや背景も含めて教えてもらえますか?
ウィスプ:「Black Swan」は、アルバムを完成させるギリギリのタイミングで生まれた曲でした。『If Not Winter』の締め切りが迫るなか、それまでにできていた曲を繰り返し聴いていたら、直感的に「何かが足りない」と感じたんです。そこで、EP『Pandora』で密に一緒に制作して、タイトル曲「Pandora」のプロデュースも手がけてくれたクラウス(William Michael Kraus)とスタジオに入りました。彼の音楽的なセンスが私は大好きで、心から信頼しています。だから彼とスタジオに入るといつも自信を持てるし、Wispの音楽に彼のクリエイティビティを注いでもらえることを、とても光栄に思っています。
「Black Swan」自体はほんの数時間で作ったんですが、正直、最初から気に入っていたわけではありませんでした。インストゥルメンタルに合う、自分が納得できるテーマやボーカル・メロディを見つけるまでには、そこから数週間かかりました。アンビエンスとギターが分厚く何層にも重なっているので、その上をボーカルがふわっと漂うようにしたかったんです。柔らかく穏やかでありながら、感情的な強さはしっかり残るような歌にしたいと思っていました。
「Black Swan」は、人目にさらされる場所から自分を切り離したいという気持ちについて書いた曲です。普通の人よりもずっと多くの人から見られていると感じると、まるで皮膚を裏返されて、自分のすべてをさらけ出しているような感覚になるんです。私は昔から、自分の見た目にコンプレックスがありました。どこにいても自分は「黒い白鳥」や「みにくいアヒルの子」のような存在だと感じながら育ってきたので、その経験の積み重ねから、ときどき「自分には愛される価値がない」と思ってしまうんだと思います。〈私は何を守るために戦っているんだろう?〉(What am I fighting to protect?)という一節も、「自分には何もない」と思っているのなら、そもそも何を守るものがあるんだろう、という気持ちを表しています。
―ボーカルの話が出ましたが、「歌」に関して大切にしていることは何ですか? あなたの歌声は、柔らかく囁くようなトーンでありながら、重厚なギターの壁に埋もれず、しっかりと存在感があるところが大好きです。とても印象的で、一度聴いたら忘れられない声だと思います。
ウィスプ:歌うときにすごく大切にしているのは、どこで声を強く出して、どこで柔らかく歌うのか、そのバランスを見極めることです。歌詞の言葉を、本当にそう思っているんだと伝わるように歌いたいんです。そのために、少しビブラートをかけたり、普段よりも強く歌ったりすることもあります。特に、落ち着いた囁くような歌い方をするときは、声に質感を持たせることを意識しています。そうすることで、ともすれば控えめに聞こえる自分の声にも、もっと表情や感情を与えられると思っています。
―あなたの音楽は広義のシューゲイザーに分類されていますが、聴いていて何より驚かされるのは、その独自性です。たとえば最近、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインやデフトーンズも日本でライブを行なっていますが、あなたの音楽には彼らと通じる音の系譜がありながら、よりパーソナルなものに感じられます。ウィスプとして表現しようとしているサウンドを、自分ではどのように捉えていますか?
ウィスプ:ウィスプの音楽は、どこか告白のように感じられるものにしたいと思っています。とても個人的で、細部まで自分自身をさらけ出した曲を世に出すときの、あの居心地の悪さまで伝わるような音楽にしたいんです。『If Not Winter』を作っていた頃は、歌詞の面でも、実際に歌うという意味でも、まだ自分の声に慣れていく途中だったと思います。今振り返ると、「もっと違う形で感情を伝えられたかもしれない」と思う曲もあります。
でも、これからのウィスプについてはすごくワクワクしているし、ソングライターとしての自分の表現にも希望を感じています。最近作っている未発表曲では、これまでできなかったような形で、自分の感情を表現できるようになってきました。痛くて、美しくて、居心地が悪くて、それでも本当の感情です。
シューゲイザーの名曲を聴いていると、ボーカルは中心に置かれるというより、ひとつの楽器として機能していることが多いと思います。ドリーミーで、少し濁っていて、幻想的な音として処理されることが多いですよね。でもウィスプでは、自分の声をもう少し前に出したいんです。次の作品では、これまで以上に歌詞と自分の声そのものを際立たせたいと思っています。
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―あなたに影響を受けて、ギターを手にする日本の若い世代もいると思います。これから始める人に何かアドバイスはありますか? また、ギターにまつわる印象的な思い出や、機材や楽器についてのこだわりがあれば、ぜひ教えてください。
ウィスプ:いちばんのアドバイスは、とにかく自分の好きな曲を弾くことです。ロックスターになった気分になれる曲でも、妖精みたいな気分になれる曲でも、自分がなりたいと思うイメージやエネルギーを感じられる曲なら何でもいいと思います。私がギターを始めた頃は、母から譲ってもらったクラシックギターで、ひたすら好きな曲ばかり弾いていました。私が「隔離期間の定番曲(quarantine classics)」って呼んでいるような曲ですね。クレイロ、ビーバドゥービー、マック・デマルコみたいな、いわゆるベッドルーム・ポップを代表するアーティストたちです。私自身も、まさにそういう音楽を作りたいと思っていました。
高校ではモダン・バンドの授業を取っていて、ピンク・フロイド、プリンス、ブラック・サバス、オアシスみたいなアーティストの定番曲も練習していました。ただ正直、その頃は、そういう曲を弾けないと「ギターを弾いている」とは言えないんだと思い込んでいたんです。パンデミックの間に自分で曲を書き始めてからは、だんだんインディーのシンガーソングライター的な方向に惹かれていきました。今振り返れば、決して上手なものではなかったと思います。でも、自分ではすごく楽しかったし、何より毎日ギターを弾きたいと思えた。それが一番大事だったと思います。
だから、始めるときは本当に何でもいいんです。高価な機材やギターは必要ありません。でも、私自身のお気に入りを挙げるなら、ジョニー・マー・シグネチャーのJaguar、テイラーのアコースティックギター、それからKeeleyのLoomerペダルですね。
ビーバドゥービーへの憧れ、ウィスプの次章、サマソニ再来日
―10月からはビーバドゥービーの最新作『Pylon』のツアーに参加しますね。もともと彼女の大ファンで、同じアジア系のルーツを持っていることも含めて、大きなインスピレーションを受けてきたそうですが、彼女の音楽や人柄の、具体的にどんなところに惹かれたのでしょうか? もし彼女の曲からお気に入りを1曲選ぶとしたら?
ウィスプ:パンデミックが始まったとき、私は15歳か16歳くらいでした。だから、本来ならいろいろな経験をしながら成長していく時期の多くを、自分の部屋の中で過ごすことになったんです。10代のなかでも特に大切だったはずの時間が、そのまま失われてしまったような感覚がありました。一度逃してしまったものを、あとから戻ってやり直すことはできないですから。まあ、パンデミックがなかったとしても、16歳を思いきり満喫していたかどうかはわからないけど(笑)。当時できることといえば、絵を描いたり、テレビを観たり、曲を書いたりするくらいでした。
ちょうどベッドルーム・ポップが大きく盛り上がっていた頃で、私はそういった音楽にすっかり夢中になっていました。周りに同じような音楽を聴いている人がほとんどいなかったので、それを聴いている自分が少し特別で、ちょっとクールな存在になれたような気がしていたんです。自分の中にある、それまで気づいていなかった個性が表に出てきたような感覚でした。
パンデミックが始まる前からクレイロやビーバドゥービーを聴いていたんですが、実際にあの状況になってからは、恋愛や片思い、成長していくことについて歌った歌詞の一つひとつが、以前よりずっとリアルに響くようになりました。ビーの音楽で特に惹かれたのは、そのシンプルさです。『Loveworm』を何度も繰り返し聴きながら、「私もこんな音楽を作れたらいいな」と思っていたのを覚えています。すごくいい音楽なのに、決して手の届かないものには感じなかった。誰かのベッドルームから、こんなに素晴らしい音楽が生まれるんだと知れたことが、本当に刺激になりました。お気に入りを選ぶなら、「Disappear」か「Pictures of Us」ですね。
―次のアルバムを制作しているそうですね。今どのくらいまで進んでいるのか、どんな方向性の作品になりそうなのか、そしてツアーでの経験が新しい楽曲にどのように反映されているのか教えてもらえますか?
ウィスプ:次のアルバムは、もっと明るくて、甘い雰囲気の作品になっています。グランジっぽさは残っているけど、全体的にはハッピーですね。愛についてのアルバムです。混乱や悲しみも含めて、愛によって自分の中に生まれるいろいろな感情について書いています。
制作を始めてから5カ月くらいになりますが、かなり形になってきたと思います。年末までには、自分が思い描いているところまで仕上げられたらいいですね。今は、私の人生にとても大きな影響を与えている人についてたくさん書いているので、そうやって自分の感情を曲にして外へ出すこと自体が、すごくセラピーになっています。愛や幸せって、ときには自分の中であまりにも大きくなりすぎて、どうしたらいいのかわからなくなることもあるじゃないですか。だから、今こういう曲を書けていることが本当にうれしいですし、この音楽が新しいファンにも届いてくれたらいいなと思っています。

Photo by Elinor Kry
―もうすぐサマーソニックのために再び日本へ戻ってきますね。今年初めに出演したWWW Xの10倍近い規模のステージに立つわけですが、どんなパフォーマンスを届けたいですか?
ウィスプ:もっとエネルギーを放ちたいです! フェスのステージに立つと、普段以上に自信を持ってパフォーマンスしなきゃ、という気持ちになるんです。というのも、私はヘッドライン公演よりもフェスのほうがずっと緊張するので。今回は、私の音楽を初めて聴く人もたくさんいると思います。だからこそ、できるだけ楽しく、観客を巻き込めるようなパフォーマンスをして、忘れられない時間を届けたいです。
―最後に、日本のファンへメッセージをお願いします。
ウィスプ:たくさんの愛と応援を、本当にありがとうございます。遠く離れた場所にいるみなさんのもとへ私の音楽が届いて、心に響いていると知れることは、私にとって本当に大きな意味があります。これからもっとたくさんの音楽を届けるのが楽しみです。日本に行ってサマーソニックでライブをするのも、おいしいものを食べるのも、ショッピングをするのも待ちきれません。日本のファッション・シーンが大好きなので、新しいライブ衣装を見つけるのもすごく楽しみです!
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SUMMER SONIC 2026
2026年8月14日(金)・15日(土)・16日(日)
東京会場:ZOZOマリンスタジアム & 幕張メッセ
大阪会場:万博記念公園
※ウィスプは8月14日(金)東京会場、15日(土)大阪会場に出演