「超超高齢社会」が間近に迫る中、豊島区、NTT東日本、立教大学はAIを活用した介護支援ツールの開発を進めている。AI技術で写真をカラー化・動画化し記憶の回想を促すコンテンツ、事故報告書の自動生成ツールは、現場にどんな影響を与えているのだろうか。
超超高齢社会への対応を進める介護テクノロジー
日本の少子高齢化は年々深刻さを増しており、とりわけ人手不足の影響を強く受けているのが介護現場だ。
介護施設の利用者は増加が続く一方で、担い手となる介護職員は将来的に大幅な不足が見込まれている。2040年には現在より多くの人材が必要とされる見通しで、現場の負担はさらに高まると考えられる。
こうした状況を受け、経済産業省と厚生労働省は、AIやICT、センサーなどの先進技術を活用した「介護テクノロジー」の導入を推進。業務負担の軽減やサービスの質向上、自立支援の実現を目指している。
一方で、記録ソフトやタブレット、ベッドセンサーといった一部の領域を除き、現場全体での活用はまだ十分に進んでいるとは言い難いのが実情だ。
産官学5団体が進める豊島区の介護AIプロジェクト
東京都豊島区もまた、高齢化が進む自治体のひとつだ。同区は「65歳以上人口に占める単身世帯の割合が全国トップ」という課題を抱えており、介護現場の負担軽減や空床問題への対応が求められていた。
こうした背景のもと、2019年10月頃から同区とNTT東日本が連携し、テクノロジーを活用した「介護AIプロジェクト」がスタートした。
本プロジェクトには、豊島区、NTT東日本のほか、立教大学、社会福祉法人フロンティア(以下、フロンティア)、社会福祉法人豊島区社会福祉事業団(以下、豊島区社会福祉事業団)も参画し、産官学5団体による共同プロジェクトとして進められている。
NTT東日本 東京北支店 第二ビジネスイノベーション部 地域基盤ビジネスグループ 地域基盤ビジネス担当の山本翔大氏は、「豊島区さまから『デジタル技術を活用して介護福祉の課題解決を検討できないか』というお話をいただいて、プロジェクトが始まりました」と、その経緯について話す。
「課題は大きくふたつあります。ひとつ目は、高齢者人口の単身世帯の割合が全国一位となったことから、介護福祉の取り組みを強化したいという点。ふたつ目は、まだまだアナログの色が強い介護業界においてICTやAIの活用を進めることで、現場の業務改善、職員の稼働削減を目指したいという点です」(NTT東日本 山本氏)
その後、立教大学大学院 人工知能科学研究科の設立を契機に連携が進み、実証フィールドとして介護事業者も加わる形で、プロジェクトは本格的に始動した。
入居者マッチングからVR、AI、ロボット活用と進むこれまでの取り組み
こうして始まった産官学連携による「介護AIプロジェクト」。2021年度はまず、特別養護老人ホームの入居者や入居待機者の情報をデータリスト化し、スムーズな空床案内を行う空床問題への取り組みが進められた。
2022年度には、「スマイルプロジェクト」と題した入居者の継続した笑顔創造が試みられた。VRを活用した疑似外出体験や表情分析による効果測定を組み合わせたレクリエーションを実施した。
さらに2023年度には、対象者をデイケアサービス利用者に変更し、クイズやゲーム、占いを楽しめる会話ロボット「PALRO」、遠方にいる人との会話を助ける遠隔操作ロボット「OriHime」、VRを使った音声会話AIなど活用した取り組みが進められた。
レクリエーション後には発話量やポジティブ発言の割合、表情から推定される感情などをAIで分析し、従来のレクリエーションとの比較検証も行われた。
AIで写真をカラー化・動画化し、記憶の回想を促す
そして2024年度には、昭和期の豊島区の写真をAI技術で「カラー化」「動画化」し、入居者に体験してもらうという新たな取り組みがスタートした。この取り組みの目的は、懐かしい写真や動画で視覚と聴覚の両方に刺激を与え、記憶の回想を促す「回想法」の実践にある。
2025年度は前年のフィードバックを受け、回想法コンテンツの質的向上と精緻化が行われた。立教大学大学院 人工知能科学研究科の大谷茉由氏は、「2025年度は昭和期の生活に焦点を当て、戦後から1970年代にかけての時代の移り変わりを生活風景を通して感じ取れるように構成しました」とコンテンツのテーマについて説明する。
その手法は、Photoshopのニューラルフィルター機能を使用して白黒画像のカラー化を行い、LUMA AIで動画化、ElevenLabsで音声を生成して追加するというもので、上映時間は約15~20分。
同科の「コンテンツチーム」6名が制作を担当し、2025年9月7日にフロンティアの特別養護老人ホーム「池袋ほんちょうの郷」で、9月13日に豊島区社会福祉事業団の特別養護老人ホーム「風かおる里」において、上映会イベントとして公開した。
「最初のパートは『戦後混乱期』で、1946年の消失した池袋駅の写真や、駅周辺の闇市の写真です。続く1950年年代は『戦後復興と日常の回復』を主題とし、将棋を指す子どもたちや、晴れ着姿の母子を取り上げました。1960年代は『高度経済成長』です。学校給食やとしまえん遊園地、東京オリンピックなど、娯楽と生活が融合した時代の明るさを描きました。最後の映像では、大阪万博と渋谷駅前の今昔対比を行い、時代の変化を示しました」(立教大学 大谷氏)
上映後、入居者の6~8割から頷きや声かけの応答があり、そのうち1、2割の方からは自身の体験に関わる自発的な発話も伺えたという。「昔行ったことがある」「サンシャイン60の場所で買い物していた」などの具体的な思い出を語る場面も見られたそうで、大谷氏は「コンテンツを通じて、入居者さまの過去の記憶との対話ができたと評価しています」とその成果語った。
フロンティア 池袋ほんちょうの郷で施設長を務める山内雅代氏は、この「画像・動画生成AI技術を活用した回想法」について、「回を追うごとに利用者の反応が良くなり、意図しなくても自身の経験談を話される方が現れました」と、その効果について話す。
「利用者は状況を受け止める力があり、社会性を忘れておらず、自分たちの言葉で反応し感想を述べることで、人として生活していく上で必要なコンテンツを提供できたと感じています。また利用者とその家族との間で会話が深まり、ご家族も一緒に反応して楽しく過ごしていただけました」(フロンティア 山内氏)
豊島区社会福祉事業団で風かおる里の施設長を務め、現在は菊かおる園の施設長である高木俊介氏は、「とても好評でした。懐かしい写真が動いたことへの驚きから始まり、地域の方々が多く入居しているため池袋近辺の昔の写真を使うことが効果的だったと感じます」と語った。
「ご家族が面会に来た際の会話のツールとしても機能しており、同じものを見て懐かしさを共有する機会になっていたと感じます。今後もぜひ続けてもらい、利用者のみなさまが楽しい時間を過ごせる機会を増やせればと思います」(豊島区社会福祉事業団 高木氏)
「事故報告書」を自動生成し、介護現場の負担を減らす
同時に進められたのが、介護業界における文書作成の負担軽減だ。立教大学大学院 人工知能科学研究科 特任教授を務める大庭弘継氏は、「介護問題の解決を謳う企業や大学などは多いのですが、現実問題として、実際に介護現場に赴いて信頼関係を構築することを軽視している組織は多いと思います」と苦言を呈す。
「レクリエーションのような地道な活動は、現場の人たちからみれば『1回分、楽をさせてもらえれば』くらいの感覚だと思いますが、これだけでも信頼関係ができるんですよね。そうするとAIを使った業務改善のような、現場に時間を取らせてしまうようなプロジェクトも進めることができるんです」(立教大学 大庭氏)
この流れの中で、2025年度に取り組まれたのが、介護現場における文書作成の負担軽減だ。
介護職員は本来ケアが主業務である一方、実際には多くの報告書作成が求められており、現場の負担となっている。さらに、職員ごとのICTスキルの差もあり、複雑なツールはかえって業務の妨げになりかねない。
そこで立教大学大学院 人工知能科学研究科のチームは、手書きメモから事故報告書を自動生成するAIアプリの開発に着手。撮影した報告書や追加情報をもとに、記載内容を提示する仕組みで、確認・追記の工程を設けることで実用性と柔軟性を両立させている。
現場からの評価も高い。池袋ほんちょうの郷の山内雅代氏は、「手書きが多い業界の中で、記録業務の負担軽減につながるだけでなく、サービス改善や職員のスキル向上にもつながっている」と話す。
また、豊島区社会福祉事業団の高木氏も、「介護だけでなく付帯業務の負担も大きい。事故報告書の作成やシフト作成支援は、現場リーダーの負担軽減にもつながる」と評価した。
介護業界にツールを広め、地域課題解決の一助に
継続した取り組みによって、徐々に介護現場における成果が見えてきた「介護AIプロジェクト」。今後の展望について、豊島区 福祉部 高齢者福祉課 課長の今井有里氏は次のように語る。
「レクリエーションについては、区内の他施設への横展開を進めていくことで、どの施設でも体験できるようにしていきたいと考えています。また、今年度取り組んでいる事務の効率化についても、介護事業者にとって有益なものは、今後広く展開していけたらと思っています」(豊島区 今井氏)
また、NTT東日本の山本氏は、今後の拡大に向けて次のように述べる。
「現在は一部施設での提供にとどまっていますが、今後はさらに拡大していきたいと考えています。業務改善ツールについても、シフト表作成支援などを含めて展開し、新たな成果につなげていきたい。将来的には豊島区全体の事業者へ広げ、地域課題の解決に寄与できればと思っています」(NTT東日本 山本氏)
これを受け、立教大学の大庭氏は、プロジェクトの発展性について次のように語った。
「ツールの強みは“即効性”にあると考えています。今後は同様の機能を持つソフトウェアも増えていくと思いますが、だからこそ無償で提供し、できるだけ早く現場で活用していただきたい。簡単に使い始められるものなので、多くの方に使っていただき、広がっていくことを期待しています」(立教大学 大庭氏)







