静岡県とJR東海がリニア中央新幹線工事に関する「自然環境保全協定」を結んだ。2013年に始まった「水問題」などで落としどころが見つかり、ようやく「南アルプストンネル」静岡工区に着工できる。ただし、すでに着工した長野工区(約8.4km)の工事が約4年遅れとなっており、静岡工区でこのペースを適用すると4年遅れる。もっと遅れているトンネルもあって、完成予測は難しい。トンネルは掘ってみないとわからない。

  • <!-- Original start --></picture></span>リニア中央新幹線は山梨県で42.8kmが完成済み。リニア実験線として走行試験が行われている<!-- Original end -->

    リニア中央新幹線は山梨県で42.8kmが完成済み。リニア実験線として走行試験が行われている

リニア中央新幹線は2027年開業をめざし、2014年に着工した。全区間を一斉に着工したわけではなく、難易度の高いトンネル区間を優先して工事契約を結んだ。とくに長大トンネルを優先しており、短めのトンネルは後回しに。たとえば、岐阜県内の「第一大井トンネル」(約1.6km)は2026年3月時点で「工事契約前」となっていた。

トンネルの中でとくに難工事と想定された区間が「南アルプストンネル」であり、山梨県、静岡県、長野県にまたがる。ここは南アルプスこと赤石山脈が南北に横たわる。この山脈を避けるか、貫くか。リニア中央新幹線には3つのルートが想定された。赤石山脈(南アルプス)を長野側へ迂回して木曽谷を経由する「Aルート」、赤石山脈(南アルプス)を長野側へ迂回して伊那谷を経由する「Bルート」、赤石山脈を長大トンネルで短絡する「Cルート」があった。

JR東海は2007年から、1年かけて「南アルプストンネル」の実現可能性を調査した。その結果、現在の土木技術で適切な施工方法を選択すれば路線建設は可能と結論づけた。そして、所要時間を最も短縮できる「Cルート」を主張した。2010年、交通政策審議会中央新幹線小委員会は費用対効果についても「Cルート」が適当とする中間とりまとめを作成。ここから、全長約25kmのトンネルで赤石山脈を貫く「南アルプストンネル」計画が始まった。

  • <!-- Original start --></picture></span>リニア中央新幹線の路線略図。太線はトンネル区間。オレンジ色は竣工部分(山梨実験線)。山梨県の甲府盆地付近は明かり区間が多い(JR東海の資料を参考に地理院地図を筆者加工)<!-- Original end -->

    リニア中央新幹線の路線略図。太線はトンネル区間。オレンジ色は竣工部分(山梨実験線)。山梨県の甲府盆地付近は明かり区間が多い(JR東海の資料を参考に地理院地図を筆者加工)

JR東海としては、最大の難工事となる「南アルプストンネル」を先に着手したかっただろう。しかし、2013年にJR東海が作成した資料から「大井川の水問題」が浮上。静岡県とJR東海の協定締結まで、13年にわたる協議が続くことになった。

「リニアの遅れは静岡県のせい」という風評があったとき、当時の静岡県知事は「静岡県以外も未着工の場所がある」と、神奈川県の車両基地を挙げた。これは工期の短い施設が後回しになったためで、全体の工期を左右する区間は山岳トンネル区間だった。

JR東海の公式サイト「リニア中央新幹線ルート・工事マップ」で、主要設備の工事進捗状況が公開されている。ほとんどのトンネル、橋りょう、非常口、変電所が「工事契約済」とされ、写真入りで進捗を示している。一方で、「工事契約前」という施設もいくつかある。これらは着工時期の調整などにより、まだ「工事契約前」になっていると思われる。

なにしろ国内のおもなゼネコン、土木、建設企業が、リニア中央新幹線のトンネルや橋りょうの工事に駆り出されている。いずれかが終わらないと、他に人手も重機も渡せないだろう。もっとも、トンネルと比べて短期間で施工できるから、現在の「工事契約前」の部分は心配無用ではないかと予想する。問題はやはり静岡工区その他のトンネル群だった。

静岡工区以外も遅れている

「南アルプストンネル」は長野工区(8.4km)、静岡工区(8.9km)、山梨工区(7.7km)に分けて工事を行う。山梨工区と長野工区はいずれも2016年に着工し、山梨工区は2026年6月25日に貫通している。山梨工区・長野工区ともに予定通りなら2027年の開業に間に合う日程だったが、長野工区は工事完了予定が当初の2026年11月頃から4年遅れ、2030年になる見通しだという。想定より弱い地山に当たり、掘削と補強に手間がかかっているとのこと。この報告を受けて、JR東海は2027年の開業を断念し、改めて開業時期を設定する方針としている。

単純比較はできないものの、長野工区と同程度のペースで工事が進むと仮定し、これを静岡工区に当てはめると、約4年半の遅れとなる。静岡工区は約10年の工事日程だった。2026年に工事着手となれば、完成予定は2036年以降。ここに長野工区と同じ遅れを加味すれば、完成は2040年以降となる可能性がある。

トンネル工事の遅れは他にもある。長野県の木曽山脈を貫く「中央アルプストンネル」のうち萩の平工区(4.4km)で、掘削開始が5年遅れた。計画では2021年に掘削を開始する予定だった。しかし、残土を運ぶための村道を拡幅する工事に時間がかかり、2026年6月の掘削開始となった。完了予定は2031年末頃とされている。

「風越山トンネル」西側の黒田工区も弱い地山に当たり、発破による掘削から機械掘削に変更するなどで5年遅れ、工事完了は2031年秋頃を見込んでいる。東側の上郷工区は施工のためのヤード(作業場)を建設中で、トンネル工事の開始は2028年冬以降だという。

「中央アルプストンネル」で着手済みの広瀬工区(約3.3km)は5年遅れで2030年完了予定。尾越工区は3年遅れで2029年完了予定となっている。松川工区4.9kmも5年遅れで、完了は2031年を予定。弱い地山にあたり、トンネルの耐久力を上げるための工数が増えたとのこと。トンネル工事の遅れに関する報道を見ると、「固い岩盤に当たった」より「脆い地山に当たった」が目立つ。名だたる山脈も、じつは脆く繊細だったのだろうか。

ところで、静岡工区が松川工区と同程度の遅れで工事が進むと仮定した場合、工事の遅れは約9年となってしまう。工期19年、完了は2045年まで遅れることになる。静岡工区が最後の工事になることは想像に難くない。「空白の13年」が悔やまれる。しかし振り返れば、このくらい慎重であるべきだったとも言えるかもしれない。

利用(予定)者としては急いでほしいが…安全重視で応援したい

静岡工区の工事着手が遅れ、工事完了も遅れるだろう。これにともない、リニア中央新幹線の開業時期も遅れる。だからといって、静岡工区以外の建設現場が遅れても良いとはならない。建設現場の周辺は騒音があるし、重機を載せたトラックや残土を運ぶトラックも頻繁に入る。地域の人々は、工事が早く終わって平穏な日常に戻ることを望んでいる。

「リニア中央新幹線ルート・工事マップ」では、各現場の契約会社も表記されている。日本の大手ゼネコンや土木建設会社が各地で従事している。リニア中央新幹線は、まさに日本の国土を揺るがす大プロジェクトといえる。一方で、昨今の建設計画は人手不足などを理由に延期や建設見合わせになっているものもある。リニア工事が終わり、建設関係者が解放されると、全国各地の工事に着手できるだろう。

筆者も含め、完成したリニア中央新幹線の乗車を楽しみにしている人は多いはず。国や自治体も経済の活性化に期待していると考えられる。次の建設プロジェクトも、リニア工事の終了を待っているかもしれない。最近の酷暑を思えば、涼しいところから応援することすら後ろめたい。それでも現場の皆さんに尊敬と応援の念を贈りたい。どうかご安全に。