カロッツェリアの失われた夢を日本で紡ぐ。Ken Okuyama Carsが放つ最新フラッグシップ、Kode89

世界のラグジュアリー・スポーツカー・マーケットを見渡すと、私たちは今、ある種の閉塞感に直面していると言わざるを得ない。過度な電子制御、肥大化するハイブリッドシステム、あるいはデジタル的アプローチで塗りつぶされたBEV。スペックシート上の数値こそ天文学的に跳ね上がったが、五感に訴えかけるエモーションや、自らの腕でねじ伏せるプリミティブな操る歓びは、どこか置き去りにされているのではないか。

【画像】Ken Okuyama Cars の最新フラッグシップモデル、Kode89の一部が公開(写真3点)

そんな現代の自動車社会に対する痛烈なカウンターであり、情熱の結晶とも言えるプロダクツを生み出し続けているKen Okuyama Cars。母体であるKen Okuayama Designを奥山清行氏が、設立して20周年を迎える今、彼らはKode57に続く最新フラッグシップの完成を発表するとともにティザー写真と動画が公開された。そして、本年8月16日のペブルビーチ・コンクール・デレガンスにて、ワールドプレミアが行われるという。

1989年、トリノの夢の続き

この少量生産スーパーカーの誕生は、単なるニューモデルの追加という枠に収まらず、カーデザイン史における壮大な”IF(もしも)”の物語への回答とも言える大きな意義を持つ。

このプロジェクトの根底にあるのは、1989年というカーデザインが最も純粋で、かつ頂点に達していた時代へのオマージュである、と奥山氏は語る。1989年というのは、エポックメイキングな国産スポーツカーが多数、誕生したのみならず、イタリアのピニンファリーナが発表した伝説的なコンセプトカー、フェラーリ・ミトスが東京モーターショーでワールドプレミアを飾った年である。そのミトスに魅了されたことが、奥山氏のピニンファリーナ入りの大きなモチベーションであったのは本人も語るところだ。

”もしも”あの流麗なミトスが、追って発表されたスペチアーレF50になったとしたら?

つまり、時代の制約を待たずに、そのまま純粋な形でロードゴーイング・スーパーカーとして路上に解き放たれていたら、それに続くスーパーカー・デザインの世界観はきっと違っていたに違いない。Kode89のスタイリングのテーマはミトスのようなシャープでシンプルなものであることが、ティザー写真からも伺える。

本家イタリアからほぼ消滅してしまった往年のカロッツェリア文化を、今あえて日本という新天地で再興すべし、というミッションに突き動かされた奥山氏が描いたものがKode89に他ならない。Kode89のシルエットを解剖すれば、そんな深謀遠慮なプロットが浮かび上がってくるに違いない。

フェラーリも造らなかった「アルミ×ミッドマウント×V12」の聖域

そのエンジニアリングは、既存の量産メーカーへの大いなる挑戦状でもある。驚くべきことに、Ken Okuyama Carsは自社開発のオリジナルシャーシを構築したと言う。それも、本家フェラーリでさえ量産ロードカーの歴史においてあえて踏み込まなかった”アルミスペースフレームのミッドマウント縦置き12気筒”という、極めて純粋で贅沢なアーキテクチャーである。フェラーリ458イタリアのスタイリング開発にピニンファリーナのデザイン・ディレクターとして関わった奥山は、当時、まさに同様なV12ミッドマウントのフラッグシップ企画を提案したという。結果的にそのプロポーサルは陽の目を見なかったワケだが、それがまさに蘇えることになる。

今でこそ、カーボン全盛の時代にあえてアルミフレームを採用する意味がある。カーボンモノコックのような遮音された硬質感とは異なる、アルミ特有のしなやかで路面と対話できる剛性感。さらにこの自社製シャーシの懐が深いのは、特定のユニットに依存せず、オーナーの望むさまざまな12気筒エンジンを縦置きにレイアウトするという奥深さを持っている点だ。尤も、主力となるのはフェラーリ製であろうが・・・

このパッケージングを成立させたのは、イタリアの感性と、日本の誇る世界最高のハイテクなアルチザンの融合に他ならない。日本の最先端素材技術、3Dプリンターによるミリ秒単位の構造最適化、そして超精密な5軸切削加工技術。これらが超高次元でシンクロして初めて、この複雑なボディ構造と強靭な骨格が現実のものとなった。最先端のデジタル技術を、かつての職人の叩き出しと同じ道具として使いこなす、日本の匠こそが得意とする現代のカロッツェリア手法である。

電子制御の時代に、己の腕を磨く歓び

過給機を持たない大排気量自然吸気の12気筒エンジンに組み合わされるのは、自らの意思でクラッチワークとシフトタイミングを操るマニュアル・トランスミッションだ。常人のコントロール能力を超えた超ハイパワーハイブリッドエンジンや電気モーターとは一線を画し、回転数の上昇とともに音色が音楽的な倍音へと昇華し、右足の踏み込みに対してリニアにパワーが追従する。コンピューターに運転を肩代わりされるのではなく、乗り手が主役となり、リスクをコントロールしながら自らのドライビングテクノロジーを磨き上げていく。これこそが、私たちがいつの間にか諦めかけていた、スポーツカー本来の聖域ではないか。

Kode89は、Ken Okuyama Carsのフラッグシップであり、きわめて少量が製造される予定だ。かつてのフォーリセリエがそうであったように、限定された生産ボリュームの中で、路上でも、そしてサーキットのクローズドコースでも、一級品のパフォーマンスを五感で楽しむために仕立てられた極上のビスポークだ。

過剰なデザイン演出、デジタル化の波に食傷気味の現代において、あえてアナログなエモーションと最先端の素材技術を交差させたKen Okuyama Cars。未来の道を照らす確かな一つの道として、Kode89はハイハイパーカーの既成概念を書き換える、紛れもない純血のMade in Japanカロッツェリア製スーパーカーなのである。

これから8月16日のワールドプレミアまでの間に、Kode89のフィロソフィーを奥山氏が語るディザー動画もオフィシャルサイトやSNSにアップされるというから、楽しみではないか。

文・越湖信一 写真:Ken Okuyama Cars

Words: Shinichi EKKO Photography: Ken Okuyama Cars