
テスタロッサ・スパイダーと聞いて、私のように”ちょっとした紛い(まがい)モノくささ”を感じる人もいらっしゃるのではないか。
【画像】話題のフェラーリ849テスタロッサ・スパイダーにカナリア諸島で試乗!(写真20点)
”初代テスタロッサ”と言うべき4気筒FRの500TRや、”2代目”V12FRの250TRにはスパイダーボディしかなかったから、あえてそうは呼ばなかった。
そして私のようなアラカン世代にとってテスタロッサといえば”3代目”、84年デビューの180度V12リアミドのテスタロッサで、サイドフィンが特徴的なあのモデルなわけだから、クーペのみの設定で、スパイダーというとアメリカ市場などのコンバージョンばかり。なんだか紛いモノくさい。
が、史実は異なる。実は3代目テスタロッサにも正真正銘のマラネッロ産スパイダーが存在した。今年のヴィラデステにも展示されたシルバーのテスタロッサ”アニエッリ”スパイダーがそれで、ジャンニ・アニエッリ(フィアット創業家当主)のフィアット会長就任20周年を記念し、マラネッロが1986年に製作したワンオフモデルである。彼の姓名イニシャルがAGで、元祖記号のシルバーと同じであることから、銀色の車を好んでドライブしたという。ナンバーはTO00000G。特別に希望ナンバーが認められた。
40年後の今日”テスタロッサ”の名が華々しく復活した。オーバー1000psを誇るV8プラグインハイブリッドのリアミドスーパーカーであり、その名に恥じずマラネッロのシリーズ生産ポートフォリオにおいて頂点を極める存在だ。8気筒で気筒あたり499ccであることから849テスタロッサと名付けられている。
昨年9月にクーペとスパイダーが同時にデビュー。クーペの方はひと足お先に昨年の12月にテスト済み、日本国内でもすでに試乗を経験しているが、人気のスパイダーには生産の都合で未だ試せていなかったのだ。そんな849テスタロッサ・スパイダー(長い名前だと彼らにも思っていて、社内ではテスタロッサ・スパイダーと呼ぶらしい)をようやくドライブできると言うことで、日本から飛行機を乗り継いで向かうことほぼ24時間、スペイン領といっても完全に西サハラの沖合、テネリフェ島(カナリア諸島)にやってきた。
会場となったゴルフコースの駐車場にはずらりとテスタロッサ・スパイダーが並んでいた。全てボディカラーはシルバーである。担当者に聞いてみればやはり、アニエッリスパイダーを意識したらしい。もっともアニエッリの内装は濃いブルーだった。本当は青にしたかったけれど、そうするとあまりにツウ好み過ぎて、目立たない。だから赤にしたらしい。惜しいなぁ。ついでにブルーのラインも欲しかった。849テスタロッサ・スパイダーをオーダーする方は、アニエッリ好みを真似てみてはいかが?
849テスタロッサ・スパイダーはSF90スパイダーの後継モデルにあたり、フロント2+リア1の電気モーターをV8ツインターボエンジンに組み合わせて総合出力1050cvを誇る、プラグインハイブリッドスーパーカーである。ベース価格もついに7000万円を超えたが、それでも日本市場が世界で最も安いレベルのようだ。
SF90のスタイルが、どちらかというと以前のV8ミドシップ系によく似ていたのに対して、849テスタロッサは最新フラッグシップのドーディチ・チリンドリと最新スーパーカーのF80を足して2で割ったようなデザインで、完全に新しくなった。
リトラクタブルハードトップのシステムと開閉作法そのものは、SF90スパイダーと同じ。ウィンドウシールドなどはキャリーオーバーだが、クーペとはわずかに異なるデザインとし、オープン時でもクーペと同等の空力性能を確保した。
マラネッロが特許を持つアルミ一体成型技術によって抜かれたドアを開けた。見事な流線型の縁に惚れ惚れする。ドアの縁に見惚れるなんて、それこそ先代のテスタロッサ以来ではないか。ドアを閉め、低いシートに落ち着けば、いつものようにコクピットを見渡しつつハンドルを撫でてみる。この頃ようやく使い勝手の良くなったステアリングホイールに、マニュアルギアボックス時代のシフトゲートを模して宙に浮かせたギアスイッチベース、その周りのユニークなブリッジ形状のアーキテクチャーを見ると、最近ようやくマラネッロは”欲しくなるインテリア”デザインをものにしたと感心する。
スタートボタンを2度、押した。少しお茶目な電子音が鳴ると、スタート準備が整ったという合図だ。バッテリー残量が十分であれば、もちろんV8エンジンは目を覚まさない。
前輪駆動のBEVでゴルフ場を静かに出発する。音の出ないフェラーリも悪くない。だったらルーチェもありかも、などと考えつつ、早朝の港町を静かに走り抜けた。
上りのオープンロードが見えてきた。二つのドライブモードをレースに変える。V8エンジンが瞬時に眼を覚まし、モーターとスムースに連携して駆動力を車輪へと配分する。嬉しいサウンドが背後から聞こえてきた。思わずリアの垂直ウィンドウを下げる。いわゆるカリフォルニアモードだ。この状態で車体の剛性感はまるでクーペと変わらない印象で、解放されたリアの窓から猛々しいサウンドが程よいボリュームで室内に流れ込んできた。個人的にはこれが最も好みの状態である。
とはいえオープンを試さずにはいられない。速度を45km/hまで落とし、リトラクタブルハードトップを畳んだ。青空が手に入るまで14秒。周りの空気がむうっと暖かくなった。クーペより僅かに肩の力も抜けて、元から良かった乗り心地もさらに上質になったように感じる。
速度を上げていく。低速域ではシートがどこかに擦れて少し軋んでいたが、次第に気にならなくなった。風の巻き込みも頭頂を除き、さほどではない。特に乱流が少ない。トノカバーブリッジの計算された形状と、シート裏に設けられた特許構造ウィンドウキャッチャーが効いているのだ。
加速パフォーマンスはハイパーカー級だ。SF90でも未だ世界最速レベルなのだから、849スパイダーの加速を不満に思うはずがない。それよりも加速そのものの動的クォリティが進化したことに注目しておきたい。SF90ではどこか車体が浮ついて加速するワープ感があって、それがスリリングであり、少し不安に感じたモノだが、849は4輪の路面への接地フィールも申し分なく、安心して踏んでいける。それでいてフロントモーターの存在を殊更に感じさせない。コーナリングでもフロントの動きはとてもクリアで正確だった。もちろんRWDほどではないけれど、それに近い動きだ。
制動フィールにも大いに感心させられた。回生ブレーキを含め、さまざまな制御が入っているはずなのに、ダイレクトで潔く、コントローラブルだ。減速もまた楽しめるあたり、さすがは最新モデルであろう。
クーペ+600万円。走りはクーペと同等で、いつでも大空を見渡せるとなれば、+10%も悪くない投資だ。さらに+700万円のアセットフィオラノ仕様を選べば、おそらくサーキット走行も大いに楽しめるはず。見事なまでにオールマイティなハイパースパイダーの誕生である。
文:西川 淳 写真:フェラーリ
Words: Jun NISHIKAWA Photography: Ferrari