クラシック・ランボルギーニの周年を祝う|ランボルギーニ・ヘリテージデイ

ランボルギーニのヘリテージ部門ポロストリコが主催する「ヘリテージデイ」がイタリアで開催された。ミウラを含むクラシック・ランボルギーニの生誕を祝う、またとない機会である。

【画像】ランボルギーニ・ミウラ、LM002、ハラマにイタリアで試乗(写真8点)

今年、アニバーサリーを迎えるランボルギーニ車は4モデルある。すでに様々なイベントが行われているように、まずはミウラの60周年。続いてLM002の40周年。さらにシルエットの50周年、そして400GTの60周年である。

というわけでランボルギーニ本社のヘリテージ部門であるポロストリコがその名も「ヘリテージデイ」というイベントを開催するというので、ナルドでマル秘のテストを終えたあとボローニャへと飛んだ。

実をいうとイベントまで数日あったのでボローニャ市内に滞在し、せっかくだからと友人ルカに頼んでランボルギーニ界隈の興味深いスポット(フェルッチョさんのお墓参りを含む)をいくつか訪ねてみたのだが、創業時の開発現場を知る元エンジニアとの面談が叶った。名前はジウリアーノ・ピッツィ。彼はジオット・ビッサリーニ率いるエンジン開発部隊の一員で、なんとランボルギーニ初のV12が完成した際に、初めて実際にエンジンを掛け、サウンドを聞いた張本人でもあった。コンピューターなどない時代にキャブレター付きV12の量産を目指すということ自体、ほとんど狂気の沙汰で、そのチューニングの様子を写真で見せてもらったが、なんと彼はヘッドフォンをつけ聴診器をエンジンに当てていた。内部の音を探って性能を判断したのだという。

彼と会った翌週にミウラを試すことを伝えると、ミウラの開発が最も大変だったと振り返った。エンジンそのものは350GTの発展版だったけれど、そのほかは何もかもが新しい取り組みで、戸惑うことも多かった。しかも開発が佳境に差し掛かった時に開発室でボヤがあり、それまでの記録や図面が全て焼けてしまったらしい。それでも発表に間に合わせた。トップのジャンパオロ・ダラーラ以下、若きタレントたちが集っていたからこそミウラはこの世に生を受けたということだろう。

ヘリテージデイはなんとヴァラーノ・デ・メレガリで開催された。ダラーラの故郷であり、レーシングカーコンストラクターとしての彼のビジネスが始まった場所でもある。現在も同じ場所にストラダーレの生産拠点があり、隣町には巨大なレーシングカー工場やミュージアム、アカデミーが立っている。 ミウラの60周年にちなんでのことだろう。イベントそのものはダラーラのファクトリーから川を隔てた対岸のミニサーキットで開催された。そこに前述した4台と、25周年を迎えるムルシエラゴ、そしてなぜかハラマも飾られていた。

実をいうとムルシエラゴ以外のすべてのモデルに乗ることができたのだが、それぞれにアニバーサリー記念日があって、エンバーゴが設定されていた。そのため、今回、皆さんにインプレッションをお届けできるのはミウラとLM002、そして、アニバーサリーを迎えたわけではないが、なぜかそこにあったハラマの3モデルのみである。悪しからず。

モデルごとにテストの舞台を変えるという凝りようだった。ミウラはミニサーキット、LM002は敷地内のオフロード、そのほかは風光明媚なパルマ郊外のカントリーロードを、それぞれ目一杯楽しむという趣向だ。ちなみになぜハラマがあったかというと、万が一、どれかの調子が悪くなった場合の代役で、実際、私がテストをし始めた最中にジャルパのブレーキが弱くなり、ハラマGTSにも乗ることができたというわけだ。

なので、先にハラマについて語っておくと、フェルッチョが最も気に入ったモデルであったという逸話はランボファンのよく知るところだけれど、なぜ彼がそう思ったのか、今回のテストで改めて理解できたと思う。よくできたGTであり、乗り味は豪華で、しかも望めばスポーティなハンドリングも楽しむことができる。フェルッチョはとりわけハンドリング性を好んだらしい。個人的にも実をいうとこの日のナンバー1だった。近年評価が上がっているFRランボだが、ハラマはまだ人気はイマイチ。狙い目だと思う。

LM002でのオフロードテストも、ありそうでできない経験だ。LM002には何度も試乗しているが、もちろんオフロードは初めて。ローギアを入れる経験なんて、そうそうできまい。

図体がでかいくせに足元には余裕がなく、ペダルはたいそう踏みづらい。それでもV12のビッグトルクのおかげでスタートは簡単だ。それよりも心配していたのはハンドリングで、オンロードではなかなか思うようにノーズの向きをコントロールできなかったからだった。ところがどうだ。オフロードではゴツいタイヤがかえって柔い路面をしっかりと踏んでグリップし、かなり俊敏に動かせる。大きめのコブを超える際には、そもそもの図体のデカさもあって空を見上げるように、ほとんど後転するんじゃないかという勢いで超えていく。なるほど先祖は軍用車であった。

そして、今年60周年を迎えたミウラだ。サーキットで試乗という、これまたありそうでない機会。しかも相手はポロストリコが今年の周年イベント用に仕上げたミュージアムのSVである。

乗り込み方から改めて教わる。両手はルーフに置いて潜り込むのが正解だ。キーをまずは一回転回す。燃料ポンプが動き出す。音が変わるのを待って、もう1段階回し、軽くスロットルを煽る。背後でV12が、まさに轟然と目覚める。もうこれだけで十分だが、もちろん走り出す。

クラッチは軽い。アクセルは重い。なかなか運転しづらいけれど、すべての操作を思い切って行うことが肝心だと日本の友人オーナーから聞いている。その通り実践してみれば、ミウラSVはとんでもなく楽しいスポーツカーであることがわかる。ミニサーキットで楽しむ領域では、実はドライバーにとても忠実だ。車体は驚くほど軽く発進し、フロントのグリップもしっかり感じられ、腕と前輪がきっちりリンクした。ブレーキがやや深く、奥で唐突に効くけれど、慣れれば問題ない。とにかく楽しいハンドリングマシンである。

けれどもミウラはたとえSVであっても、その上の領域では死ぬほど怖くなる。腕と度胸がなければ操ることなどできない。結局のところ、レーシングカーをロードカーに仕立てたという時点で、そういう二つの顔を持つことになった。このあたり、フェラーリF40ともよく似ているじゃないか。

ジャンパオロの故郷で、ジャンパオロの最初のロードカーを試す。今回は会うことができなかったけれど、私の脳裏にはずっと彼の笑顔が浮かんでいた。

文:西川 淳 写真:アウトモビリ・ランボルギーニ、西川 淳

Words:JunNISHIKAWA Photography:Automobili Lamborghini, Jun NISHIKAWA