
パーソナリティの山下達郎
◆シュガー・ベイブ時代の「WINDY LADY」
山下達郎:今日は50周年を記念いたしまして、リスナーの皆様からいただいたお祝い、思い出、メッセージをたくさんご紹介しつつ、私の曲をお届けしたいと思います。いつもの日曜午後2時からの「サンデー・ソングブック」同様、今日も最高の音質でお届けいたします。
<岩手県 青色さん>
「達郎さんの音楽は音色から情景が思い浮かぶところが好きです。都会的な雰囲気や海外のフリーウェイ、これはどの季節の風かな? 夕暮れの空の色は? どんな温度かな? と想像してしまいます」
山下達郎:あまり言葉に具体性を持たせないというか、色が見えてこないと音楽は面白くないので、スタジオが見える音楽じゃなくて、何と言いましょうか、ミクロコスモスと言いましょうか。その音のなかに風景とか景色とか情景が浮かんでくるのが好きです。そういう音楽が好きで聴いてきたので、自分もそういう音楽を作りたいなと思っています。
<神奈川県 seasideさん>
「長年にわたり聴いていますが、初めて便りを書きます。自分は1975年に卒業と同時に浪人生活という周りの目を気にする生活がスタートしました。勉強には身が入らず、やりたいこともなく、なんとなくダラダラした時間を過ごしていました。歌舞伎町の路地の奥のお店で達郎さんの曲を聴き、暗い自分にスッと染み込んでくるサウンドに感激して、初めて渋谷の『ジャンジャン』の扉を押しました。申し訳ないですが、少し埃っぽくて湿気を含んだような空気に初めは『えっ』と思ったことを思い出します。暗い1年であろうところを、達郎さんや大貫さんらの歌に触れ、毎月のライブが待ち遠しいと思える楽しい時期にしてもらえて、本当に嬉しかったです。今まで50年以上、達郎サウンドで楽しく人生を送ることができている。転機となった一年、音楽に会えて本当に感謝しています。75年にジャンジャンでのライブの終わり頃によく演奏されていたと記憶していますが『WINDY LADY』をリクエストします」
山下達郎:シュガー・ベイブがレコードデビューする前から聴いていらっしゃる方ですね。「WINDY LADY」は元々シュガー・ベイブで演奏していた曲なんですけど、シュガー・ベイブでレコーディングをする機会がなくて、ソロのアルバム「CIRCUS TOWN」に入れました。ですので、ニューヨークでレコーディングしたバージョンと、シュガー・ベイブの演奏バージョンが随分違うものなので、長らくステージでやっていなかったんですけど。今のメンバーになって、シュガー・ベイブのオリジナルアレンジを再現してずっと演奏しておりますので、だいぶ認知度が増してきました。
シュガー・ベイブというバンドは、初めは割とミドル・オブ・ザ・ロードのポップな感じでやっていたんですけど、当時の日本のフォークとロックは割と激しいものが主流で、あと乗れる音楽じゃなきゃダメだというような風潮がありましてですね。そういうものに対応していかなきゃいけないということで作ったのが「WINDY LADY」で、これが最初でした。そこからちょっとR&Bっぽい路線、ファンキーな路線に少しシフトしていく最初の作品です。
◆ドゥーワップやアカペラの素晴らしさ
<東京都 マサさん>
「高校1年の冬に購入した『ON THE STREET CORNER』でドゥーワップやアカペラの素晴らしさを知り、音楽の幅が広がりました。達郎さんのライブのアカペラコーナーをいつも楽しみにしています」
山下達郎:「ON THE STREET CORNER」という一人アカペラのシリーズを、80年、86年、99年と3枚出しまして。10代のときからコーラスが好きで、どんどん深みにはまってまいりますと、アカペラのコーラス、つまり無伴奏のコーラスだけの音楽というのに興味を持ちまして。
私はロックンロールの世代ですので、ドゥーワップという50年代を中心に、いわゆるストリートミュージックと言いましょうか。なんでアカペラなのかっていうと、楽器を買うお金がないんですよね。なので声だけで表現するという、そういう背景を持ちます。今のヒップホップとか、そういうところの先祖に当たります。
それがもう大好きだったんですけど、当時ドゥーワップとかアカペラとか言っても好きな友達がいないので、しょうがないので一人で多重録音でやっていました。で、ライブでご披露しているうちに曲が溜まって作ったのが「ON THE STREET CORNER」という企画でした。3枚作りました。
<大分県 大型急速冷凍機さん>
「私が小学生のある日、家族で出かけた帰りの車中で、サンデー・ソングブックを初めて聴いたときに、『世の中には私の知らない音楽があるんだ!』と強く感じ、それ以来拝聴させていただいております。私のリクエストは『LOVE CAN GO THE DISTANCE』です。この曲は私が中学3年のとき、あるCMに使われており、どうしても欲しかった私は『ON THE STREET CORNER 3』に収録されていることを知り、買い求めて聴いていたのを覚えています。この曲は私の15歳、そして高校受験を超えていく力として、相棒として、いつも側にあり、そして今も側にあります。今はそのCM企業ではないですが、同じ業界に就職して充実した毎日を過ごしております。ありがとう、山下達郎さん」
山下達郎:オンスト(「ON THE STREET CORNER」)のアルバムは全部カバーなんですけれども、たまにはオリジナルを作ってみようと思って、ちょうどコマーシャルのオファーが来ましたので作りました。当時は、私の英語のパートナーとして、アラン・オデイという方が私の英語曲の歌詞をほとんど作ってくれております。
これもアラン・オデイが詞を書いてくれました。アラン・オデイとの作品のやり取りは、80年代はまだネットがないので、カセットで音源を送って、向こうが歌を入れて送り返すっていう、ものすごく時間がかかる作業をしていました。1999年の「ON THE STREET CORNER 3」の時代になりますと、ネットが出てきたのでデータでやり取りするという時代になります。随分スピードアップしたなというのが印象としてあります。
<番組情報>
番組名:JFNスペシャル2026 山下達郎 50周年記念 Sunday Song Book 増刊号 Supported by Rakuten Card
放送日時:5月5日(火・祝)15:00~17:00
パーソナリティ:山下達郎
番組Webサイト: https://www.tfm.co.jp/tatsuro50th/