北海道内で深刻化するエゾシカによる農林業被害。その対策として、北海道電力が開発した忌避剤「REPEL GX(リペルGX)」が、2026年3月からホームセンター「ジョイフルエーケー」の一部店舗で発売されている。
同製品は、火力発電所の副産物「使用済み乾式脱硫剤」の再利用をきっかけに開発されたもの。肉食動物の臭気成分分析や野生動物試験などを経て、製品化に至った。
本稿では、北海道電力 総合研究所 環境技術グループの橋田修吉氏に、開発の経緯や苦労、今後の展望について話を聞いた。
ライオンの糞の記事から始まった研究
北海道電力では、北海道の持続的な発展に貢献するため、地域課題や産業特性を踏まえた新たな事業や技術の研究を進めている。
その中で、かつてより火力発電所で排ガス中の硫黄酸化物を除去する際に使われる「乾式脱硫剤」の使用済み剤についての有効活用を検討していた。この脱硫剤は、魚の腐敗臭などを吸着する脱臭剤としても販売されていたが、既存用途に加え、新たな付加価値をつけたいと考えていたという。
そんな中で目に留まったのが、2007年の新聞記事だった。
「JR西日本さんが、線路にライオンの糞を撒いたらシカとの衝突事故が減ったという記事がありました。当時、火力発電所の副産物である使用済み乾式脱硫剤の有効利用を検討していた中で、『これは使えるのではないか』と当時の当社火力部社員が考えました」(橋田氏)
乾式脱硫剤には、アンモニア系の臭気を吸着する性質がある。そこで、ライオンの糞の臭いを付着させ、保持・持続させることで、シカへの忌避効果を長く維持できるのではないかと考えた。
その後、実際にライオンの糞と使用済み乾式脱硫剤を混ぜて試験を行ったところ、一定の効果が確認できたという。
野生動物ならではの研究の難しさ
2007年から始まった研究では、開発初期からいくつかの課題に直面した。
橋田氏によると、まず苦労したのがライオンの糞そのものの確保だったという。
「分析用と説明しても、簡単には提供していただけませんでした。もし製品化しても、大量生産するための原料調達は困難だと感じましたし、衛生面でも問題が多いと考えました」(橋田氏)
そこで、北海道電力ではライオンの糞に含まれる臭気成分を分析。ライオンやオオカミ、トラ、ユキヒョウなど、肉食動物の糞に共通する成分を調査した。
その結果、着目したのが「ジメチルジスルフィド」という成分だ。この成分はニンニクにも含まれている。これなら工業的に生産されているし、衛生上問題もない。
「なるべく安全で、扱いやすい原料を探していました。食品由来なら、万が一ユーザーが触れても安心です。その中で、一番効果が高かったのがニンニクでした」(橋田氏)
こうして、ニンニク由来成分を活用した忌避剤が誕生した。北海道電力では2010年に特許を取得している。
また、野生動物を対象とした研究ならではの難しさもあった。
「忌避剤が効いたから来なくなったのか、たまたま別の場所へ移動したのか、その区別が非常に難しかったです。野生動物が必ず来る状況を作ること自体が大変でした」(橋田氏)
特許取得後も“すぐに製品化できなかった"理由
しかし、特許取得後も、すぐに製品化には至らなかった。背景にあったのは、当時の電力会社を取り巻く制度だった。
「当時は電力自由化の前で、電力会社が電力供給以外のビジネスを行うことに制約がありました。北海道内の化学メーカーさんとも実証試験を進めましたが、最終的な製品化には至りませんでした」(橋田氏)
転機となったのは2023年頃に行われた、北海道内で行われた特許技術のマッチングイベントへの参加だった。
イベントでは「当社はこういう特許技術がありますよ」とPR資料を公開。北海道電力の技術に興味を示したのが、同じ北海道の企業「ファーストテーブル合同会社」だ。
ここから連携がスタートし、「REPEL GX」の製品化が実現した。現在、薬剤の製造はファーストテーブルが担っている。
発売直後から反響、増産へ
こうして製品化が実現した「REPEL GX」は、2026年3月からジョイフルエーケーの一部店舗で販売が開始している。
主な用途は、家庭菜園向け。ペットボトルに穴を開け、中にREPEL GXを入れて吊るすなどの使い方が想定されている。
発売直後の反響は、開発側の想像を超えるものだった。
「最初は5店舗に20本程度納品したのですが、初日か2日目には全部売り切れました。現在は増産中です」(橋田氏)
今回発売された「REPEL GX」は家庭菜園向けを想定した製品だが、北海道電力では今後、より広範囲で使える対策品の開発も視野に入れているという。
「農家向けに、もっと広範囲で使える対策品も考えていきたいと思っています。また、野生動物は学習能力が高いので、その点を克服するような新しい製品開発も進めていきたいです」(橋田氏)
火力発電所の副産物から始まった研究が、北海道の地域課題解決へとつながろうとしている。エゾシカ被害が深刻化する中、こうした異分野からのアプローチが、今後さらに広がっていくことが期待される。




