配信作品ならではのテンポ感も大きい。1話30分前後という構成のため、地上波版で味わった“余韻”や“衝撃”が、短いスパンで次々と押し寄せてくる。結果として、その中毒性はむしろ増している。
しかし、season2が本当に描きたかったものは、そのエンターテインメントのさらに奥にある。だからこそ今作は、とてつもない。すべての真相が明らかになった最終盤、本作は視聴者へある問いを突きつけてくる。それは――「何を信じるのか?」だ。
season1から続く“カルト”の存在によって、私たちは「信じる」という行為の責任と、その恐ろしさを突きつけられる。だが、それは“カルト”を用いた話だから、ではない。私たち自身もまた、日々ニュースを見て、情報を受け取り、その中から“何を信じるのか”を選択しながら生きている。そしてその構造は、“警察”の内部でも同じだということだ。誰を信じるのか?どの情報を信じるのか?組織の論理を信じるのか?それとも、自分自身の正義を信じるのか――。
本作は、“カルトの怖さ”を描いているようでいて、その先にある「日本社会そのものの構造」へと視線を向けていく。そして、その真相があまりにも恐ろしいからこそ、「これは賛否を呼ぶだろう」と感じさせる。配信というフィールドでなければ、このラストにはたどり着けなかったのではないか?そう思わされるほどだった。
だからこそ、本作の功績は大きい。警察広報という、これまでほとんど描かれてこなかった視点を入り口に、“何を信じるのか?”という極めて現代的なテーマへ切り込んでいった。
それは単なる刑事ドラマではない。ドラマというフォーマットを使いながら、日本社会そのものを問い直そうとした作品だったのだ。
極めてチャレンジングで、挑発的で、そして強烈に“今”を映している。『東京P.D.』は、そんな覚悟に満ちた作品であった。






