神奈川県横須賀市の観音崎公園内にある「戦没船員の碑」で5月14日、第53回戦没・殉職船員追悼式が執り行われた。遺族や海事関係者ら約450人が参列するなか、日本殉職船員顕彰会 会長の池田潤一郎氏が式辞を述べ、先の大戦と戦後の海難・労働災害で命を落とした船員たちの霊を慰めた。
戦没船員の碑の建立と追悼式の始まり
昭和12年から満8年にわたった太平洋戦争では、商船をはじめ、機帆船、漁船など非常に多くの船が徴用され、海上輸送や監視の任に従事し、6万余人の尊い船員の命が犠牲になった。また、破壊された船舶は商船だけで2500隻、850万総トンにも達するなど、海運・水産界は文字通り壊滅状態となった。
戦後、戦没船員の霊を慰め、永遠の平和を祈念する記念碑を建立する運動が有志の間で始まり、昭和46年3月に戦没船員の碑が完成した。同年5月6日に第1回追悼式が行われて以来、毎年5月に追悼式が挙行されている。
第1回追悼式以来、海事関係者から戦後の海難や労働災害で殉職した船員の慰霊の要望が高まり、戦没船員とともに殉職した船員の慰霊顕彰と遺族の援護を目的とする日本殉職船員顕彰会が昭和56年4月に設立。
現在、戦没船員の碑には殉職船員も併せて奉安され、不幸にして職に殉じられた船員の慰霊碑ともなっており、戦没・殉職船員の追悼式が毎年実施されている。
先の大戦を生き残った船員たちは、アメリカ側から貸与されたリバティ型貨物船等で600万人を超える各戦域に散在する兵員と外地邦人の引き揚げ輸送に携わり、ほとんど事故もなく帰還輸送を完了。
戦後の復興を支えていくことになったが、戦時標準船に代表される当時の船舶は劣悪な船舶も多く、厳しい気象・海象のなかで多くの船員が殉職したことも背景になっているという。
一部を除き奉安されずにいた水産分野の殉職船員については、平成13年度より奉安されることになった。現在奉安されている戦没船員は6万643人。本年、殉職船員は2名が奉安されて2977人となり、令和8年5月時点で総計6万3620人の御霊が奉安されている。
海上自衛隊 横須賀音楽隊の演奏も
戦没・殉職船員追悼式の実施には例年、海上自衛隊 横須賀地方隊が支援・協力しているという。今年の第53回戦没・殉職船員追悼式でも45名の隊員が参加し、海上自衛隊横須賀音楽隊による式典での吹奏楽の演奏が行われ、開式前の前奏として「椰子の実」など3曲が披露された。
国歌斉唱と黙祷に続き、日本殉職船員顕彰会 会長の池田潤一郎氏は、「本日、ここに第五十三回戦没・殉職船員追悼式を執り行うにあたり、全国各地からご遺族をはじめ、関係者の方々のご参列を賜りましたことに心より感謝申し上げます。本年もまた、戦没船員の碑に、新たに殉職船員2人の名簿を奉安いたしました。これにより先の大戦で物資などの輸送に従事し、戦火の犠牲となった戦没船員6万643名、海難などにより殉職された船員2977人の尊い御霊が安らかに眠っておられます」と、式辞を述べた。
「今日、幾多の困難を克服し、海洋国家日本として平和と繁栄を享受できているのは、志半ばで海に散った戦没船員、我が国の復興を支えた海運・水産業で不幸にしてその職に殉じられた船員の尊い犠牲とご功績の上にあることを決して忘れてはなりません。ここに改めて深く哀悼の誠をささげるとともに、かけがえのない家族を失った深い悲しみに耐え、幾多の困難を乗り越えてこられたご遺族の皆様の労苦と心情に思いを致し、心から深甚なる敬意を表します」
また、公務のため出席が叶わなかった高市早苗総理に代わり、追悼式に出席した国土交通副大臣・佐々木紀氏は、次のように内閣総理大臣追悼の辞を代読した。
「第五十三回戦没・殉職船員追悼式が挙行されるにあたり、謹んで追悼の言葉を申し上げます。先の大戦においては6万人余りの方々が祖国を思い、家族の行末を案じながら尊い命を失われました。戦後も海難事故や労働災害により、2900人を超える船員の方々が、その職に殉じられています。今日の平和と繁栄は海と共に生きた多くの方々の尊い犠牲の上に築かれたものであります。私たちはそのことをしっかりと心に刻み続け、決して忘れることはありません。
戦没・殉職船員の御霊に対し、ここに改めて衷心より哀悼の誠をささげます。中東地域をはじめ、未だに争いが絶えない世界のなかにあって、恒久の平和と海上交通の安全に全力を尽くして参りますことを改めてここに固くお誓いいたします。戦没・殉職船員の方々の御霊の永遠に安らかならんことをお祈り申し上げますとともに、ご遺族の皆様の安寧を心から祈念し、追悼の辞と致します」
献花後に奉納された能楽「海霊」とは
その後、式典は会長献花と戦没船員・殉職船員の遺族代表献花に続き、国土交通副大臣、海事振興連盟など各界代表も献花を供した。参列者による献花の後は、6万余名の戦没船員の霊を慰め、平和を祈るために作られた能楽「海霊」の奉納も行われた。
能楽「海霊」の元の歌詞は明治37年、ときの国際情勢を憂慮され、世界平和を祈念された明治天皇の御製「四方の海みなはらからと思ふ世になど波風の立ちさわぐらむ」を配して平和への指標としたもの。
昭和46年5月6日に現上皇上皇后両陛下の行啓のもと挙行された、第一回戦没船員追悼式で演じられて以来、観世一門によって欠かさず奉納されるようになったという。
なお、日本殉職船員顕彰会では8月21日~8月31日の間、タワーホール船堀(東京都江戸川区)で「戦時徴用船遭難の記録画展」の開催も予定している。







