【小田原 観光スポットレポ】小田原城址公園お堀周り - 小田原城は“…

戦国時代には「難攻不落の城」としてその名を轟かせた小田原城。1870年(明治3年)に廃城となり、建物は解体されましたが、1923年(大正12年)の関東大震災を期に御用邸から小田原町(当時)へと払い下げられてから史跡整備が本格化しました。現在は城址公園として市民や観光客に愛される憩いの地になっています。

小田原城址公園のシンボルといえば本丸にそびえる天守閣ですが、実はその周辺、お堀周りにも歴史的見どころがたくさんあります。今回は、ちょうど見頃を迎えたツツジに彩られたお堀周辺を歩きながら、ぜひ注目してほしい橋や門などをピックアップしてみました。

お堀に掛かった2つの橋

小田原城址公園は小田原駅東口から歩いて10分ほどで訪れることができます。城址公園の北入口から入る徒歩5分の最短ルートもありますが、今回は「お堀周り散策」ということで、弁財天通りとぶつかるお堀端通りに沿って歩いてみました。

学橋|小学校へと続いた赤い通学橋

お堀に差し掛かって、まず最初に見えるのが赤い橋。学橋(まなびばし)です。

二の丸広場へ続くこの橋は、実は1992年(平成4年)まで城址公園内にあった「城内小学校」への通学橋だったのだそうです。「お城の中に小学校が!?」とびっくり。城内小学校はその後、小田原市立本町小学校と統合し、現在は「小田原市立三の丸小学校」へと姿を変えています。

かつて多くの子どもたちが通学で使用した学橋。背景の新緑に美しく映えるフォトスポットとして、たくさんの人がここで記念写真を撮っていました。

馬出門土橋|通称めがね橋。城址公園の正面玄関

お堀沿いをさらに歩いて行くと馬出門土橋(うまだしもん・どばし)が見えてきました。ここが城址公園の正面玄関です。

その名の通り、馬出門へと続くこの橋。横から見ると、橋の一部が丸く抜かれており、その見た目から「めがね橋」とも呼ばれているのだとか。

さあこの馬出門土橋を渡って、お堀の内側へと足を踏み入れてみましょう。

お堀沿いの2つの門

馬出門を通り、銅門、常盤木門と抜けていくのが正規の登城ルート。今回はその中から「馬出門」と「銅門」をじっくりご紹介します。

馬出門|将軍の馬がここから出動

馬出門土橋を渡ると現れるのが、馬出門(うまだしもん)です。

本柱の屋根に加え、控柱それぞれにも屋根がつくこの門は「高麗門形式」と呼ばれるもの。門をくぐると土塀に囲まれた小さな空間があり、もうひとつの門(内冠木門)から出ることができます。

馬出門と内冠木門の2つの門と周囲を土塀と石垣で四角に囲んだ空間のことを馬出門桝形(うまだしもん・ますがた)といいます。関東大震災では石垣の大部分が崩落しましたが、2003年(平成15年)から整備のための調査を開始、2009年(平成21年)に復元され、江戸時代の姿によみがえりました。

発掘調査によって、明治34年(1901)に設置された皇族の御用邸時代の石垣や江戸時代の石垣、門の礎石などが確認されました。これらの成果や絵図をもとに、平成21年(2009)に高さ約6.3m、幅約4.7mの規模を持つ馬出門が復元されました。復元には、柱や扉は欅(けやき)、屋根の下地は椹(さわら)、土塀の控柱には栗(くり)を用いました。-解説パネルより

馬出門という名は、その名の通り「馬を出すための門」であったことに由来します。ここでいう馬とは小田原藩のものではなく、なんと徳川将軍の馬のこと。江戸時代、小田原城は幕府の重要拠点であり、本丸御殿は将軍専用の宿舎(ホテル)として機能していました。門を抜けた先にある「馬屋曲輪(うまやくるわ)」には将軍の馬が繋がれており、この門はまさに将軍のための特別な動線だったのです。

(曲輪:城の構成する区画で、土塁、石垣、堀などで囲んだ平場のこと)

▲馬屋曲輪から見た馬出門桝形

空間を囲っている石垣にも、復元への並々ならぬこだわりが隠されています。解説パネルによると、馬出門の南側は真鶴産小松石を使用。北側には江戸城の石丁場である早川石丁場で発掘され、本来は記録調査後に廃棄予定であった石を使用しています。

また、明治の廃城後、二の丸一帯が皇族の御用邸として使われていた時代には、馬出門土橋から直進して門をくぐることができたようです。解説パネルで当時の写真を見ることもできるので、現在の姿と見比べてみると面白いですよ。

住吉橋|馬屋曲輪と二の丸を結ぶ木造の橋

二の丸観光案内所のある馬屋曲輪へ出ると、さらに橋がかかっています。住吉橋(すみよしばし)です。

二の丸と馬屋曲輪を結ぶこの橋は、江戸時代の絵図にならい、木で造られています。1990年(平成2年)に復元しましたが、老朽化のため、2017年(平成29年)3月に架け替え工事を行いました。その際に奮われた職人の技については小田原市HPで詳しく解説されています。

この橋を渡った先にあるのが内仕切門です。いよいよ銅門に近づいてきました!

銅門|匠の技が結集。現代に復元された格式高い表門

内仕切門をくぐると土塀と石垣に囲まれた小さな空間があり、本丸へと通じる銅門(あかがねもん)が現れました。

2つの門と周囲を土塀と石垣で囲ったこの構造。なにか見覚えがありませんか? そう、ここも「馬出門」と同じ枡形形式の門なのです。

銅門という名前の由来について、解説パネルにはこんなことが書いてありました。

銅門は、小田原城二の丸の表門にあたる桝形形式の城門で、渡櫓の門扉や鏡柱に耐火を兼ねた銅の装飾がなされていたことから、この名で呼ばれています。

幅約6m、長さ約23m、高さ約12mの、この大きな門。明治5年(1872)に解体されましたが、発掘調査の成果や城絵図、古写真などを参考に、平成9年(1997)に日本古来の伝統的な工法で復元されました。

建築工事は、小田原市建築協同組合が受け負い、復元にあたっては、宮大工の芹澤伸明氏が棟梁を務め、市内の大工職人や近隣の左官職人らの匠の技が結集されました。

門の天井をじっくりみてみると、美しい鱗のような模様が木に刻まれています。この「冠木」と呼ばれる部分は、なんと様齢200年を超える黒松を使用したものだとか。この独特な風合いは、丸い刃が付いたハマグリ釿(ちょうな)による加工だそうです。

銅門はいわば、小田原藩主の居館の“顔”です。どっしりとした門を前にすると、藩主が示した権威の大きさが伝わってくるようです。

二の丸へ出たところには、銅門の土塀模型が展示されていました。

真っ白で頑丈そうにしか見えない土塀ですが、その骨組みは竹を格子状に組み合わせたものであるのには驚きました。素材を変え、塗りと乾燥を繰り返して造られた土塀。ちょうどガイドの方が観光客に向けてその工程を熱心に解説されていました。

また、土日祝(10:00〜15:00)には、この銅門の内部が特別公開されています。外観の重厚さだけでなく、門の内側に秘められた構造美を間近で見られる貴重なチャンス。お出かけの際は、ぜひチェックしてみてください。

その他の見どころ

銅門の先へ進むと常盤木門があり、天守閣が間近に見えてきます。しかし、天守閣と本丸広場については別の記事でご紹介することにしましょう。

次は、お堀周りで見つけたぜひ立ち寄りたい場所をご案内します。

二の丸観光案内所|観光パンフレットはここでゲット

まずひとつ目が、馬屋曲輪にある二の丸観光案内所です。

洋館を思わせる白い壁に、お城のような屋根。そんな和洋折衷のレトロな外観が目を引くこの建物は、1階が「小田原ガイド協会」の案内所になっています。

館内には小田原観光のヒントが詰まったパンフレットが豊富に揃っているほか、知識豊かなガイドの方々が常駐されています。城内の史跡や街の歩き方など、どこへ行こうか迷ったときはぜひ相談してみてください。ぜひHPもチェックしてみてくださいね。

(城址公園内のガイドのみ当日の依頼が無料ですが、事前予約の場合は有料です。また、ガイド要員が不足している時は、ご希望に添えない場合もあります。)

隅櫓|廃城になっても残った小田原城防のやぐら

ふたつ目は、馬出門土橋を渡っている際、お掘の向かいに見えた謎の建物です。なんだろうと思って近づいてみると、隅櫓(すみやぐら)という、敵の侵入を見張るやぐらでした。

解説パネルによると、江戸時代、小田原城には 5棟の二重櫓と1棟の平櫓があったそうです。1870年(明治3年)天守をはじめとする城内の建物の多くが解体される中で、この平櫓だけが小田原城内唯一の建物として残されましたが、関東大震災により失われてしまいました。再建したこの櫓は、江戸時代のものとは異なり、大きさは一回り小さいものとなっています。

小田原城防の要とも言えるこの櫓。二の丸への入り口である馬出門を見下ろし、当時は内部で武具なども保管されていたそうです。

お堀端通りの花景色

歴史のかけらに触れ、遠い時代に思いを馳せた後は、少し気分を変えてお堀端通りをぶらりと歩いてみましょう。

取材日(2026年4月20日)はちょうどツツジが満開の季節でした。遊歩道の足元を、ピンク・白・赤と、色とりどりの花びらが鮮やかに彩っていました。

お堀のそばにはベンチも設置されていました。水面を渡る風を感じながら、歩き疲れた足を休めるのにぴったりです。

小田原城址公園は四季折々の「花の名所」としても知られています。ツツジの他にも、春のウメやサクラ、夏のハナショウブやアジサイ、ハスなど、訪れるたびに異なる表情を見せてくれます。

特にお堀端通り沿いには、立派なソメイヨシノがずらりと並んでいました。春には公園内にある約300本のサクラが一斉に開花し、お堀を包み込むような光景を見ることができそうです。次の春はぜひこの桜のトンネルの下を歩いてみたい、そんな再訪の楽しみを抱きながら、今回の散策を締めくくりました。

まとめ

天守閣以外にも、小田原城址公園の見どころは至るところにあふれていました。

かつては9キロの要塞に守られていた小田原城。その中枢を整備した小田原城址公園だけでも、面積は約11ヘクタールに及びます。現在残っているお堀もまた一部ではありますが、その周りを歩くだけでも、当時の城郭の雰囲気を想像することができました。

そして失われた遺構を資料や発掘調査からここまで鮮やかに蘇らせた人間の力には、ただただ圧倒されるばかりでした。

他にも小田原城址公園には歴史の痕跡を感じるスポットがいくつも隠れています。小田原城を訪れる際は、ぜひ天守閣だけでなく、お堀周辺の表情も楽しんでみてください。

小田原城址公園

営業時間

24時間散策可

アクセス

JR小田原駅より徒歩10分

住所:〒250-0014 神奈川県小田原市城内6−1

駐車場:なし