
戦国時代では「城下町」として発展し、江戸時代では「宿場町」として栄えた歴史ある街、小田原。海と山の豊かな自然に囲まれながら、都心からのアクセスも良く、いま改めて注目を集めています。
今回は、そんな小田原市のシンボル「小田原城天守閣」を取材しました。内部は歴史資料の展示施設となっており、一巡するだけで小田原城と街の歴史を感じられる構成になっています。
今回は学芸員の町田さんにご案内していただきました。単なる観光名所としてだけでなく、地域の歴史を語る上では欠かせない存在の小田原城。天守閣の内部から本丸広場まで、その魅力を余すことなくご紹介します。
正規の登城ルートの入り口は「馬出門土橋」
一般的に「小田原城」と聞いてイメージするのは、あの立派な天守閣かもしれません。しかし、歴史的な意味での小田原城は、街を丸ごと囲い込んだ「総構(そうがまえ)」という巨大な要塞を指します。その範囲は驚くほど広く、言ってしまえば小田原駅に降り立った瞬間、わたしたちはすでに「小田原城」の敷地内に足を踏み入れているのです。
その一部を公園として整備したのが現在の「小田原城址公園」であり、その中心にあるのが今回の目的地「小田原城天守閣」です。
小田原城天守閣へは小田原駅から歩いて10分ほどで行くことができます。小田原駅を東口で降りて城址公園の北入口から入る徒歩5分の最短ルートもありますが、ここでは正規の登城ルートをご紹介します。
城址公園の正面入り口は、お堀端通りに掛かった馬出門土橋です。橋を渡って馬出門、銅門、常盤木門と順に抜けていく道のりはまさに登城の醍醐味。少し遠回りではありますが、段々と天守閣が目の前に迫ってくる感覚を楽しんでみてください。
いざ小田原城天守閣の内部へ!
小田原城天守閣のチケット売り場は天守閣の1階にあります。入館料は、大人が1,000円、小・中学生が300円。小田原市民の方は住所記載の身分証を提示することで、大人は500円、小・中学生は200円で入場することができます。
小田原城天守閣は5階建ての造りになっており、1・2・5階が常設展示室、3・4階が企画展示室という構成になっています。館内の移動は階段のみで、エレベーターやエスカレーターはありませんので、足元に不安のある方はあらかじめご留意ください。
チケット売り場からチラリと見える内部はもうすでに面白そうな雰囲気です。それでは、学芸員の町田さんの案内のもとさっそく入館してみましょう。
天守閣1階 - なぜここに徳川家の家紋が? 宿場町の繁栄を語る幕府との繋がり
天守閣の1階は、常設展示室「江戸時代の小田原城」です。最初に出迎えてくれるのがこの大きな絵図。
江戸の西の守りとして、また東海道の宿場町として栄えた当時の様子が描かれています。時間や場所を省略する霞(かすみ)と呼ばれる雲のモチーフを使うことで、右上の江戸から真ん中の宿場町・小田原までを一画面に収めています。
展示がなぜ戦国時代ではなく江戸時代から始まるかというと、この天守閣はまさに江戸時代の姿として外観が復元されているからです。以前は石垣しかなかったそうですが、1960年、市政20周年記念事業として整備され現在の姿になりました。
また、江戸時代は小田原城の雰囲気を掴むのにぴったり。当時作られた天守閣の模型がそのまま残っていることや、宿場町の賑わいを伝える城絵図や絵巻などの史料も豊富なことから、当時の雰囲気を立体的に知ることができます。
展示を進むと、最盛期の小田原城を1/700のスケールで再現した精巧な模型が登場します。
これは壁に貼られた城絵図「寛永年間小田原城廓総図(宮内庁図)」(1624年〜1644年)を基に再現されたものです。城絵図は町屋や寺地、田畑など項目ごとに細かく色分けされているのが面白く、模型と照らし合わせて見ると、広大な小田原城内に詰まった人々の暮らしが目に浮かぶようです。
ぜひ足を止めて見てほしいのが、この大きな石碑です。
学芸員の町田さんによれば、これは関東大震災の際に崩れた天守台の石垣の中から発見された記念碑なのだそうです。実は1703年(元禄16年)の大地震で全壊してしまった天守閣。それを藩主・大久保忠増が再興した際の記念碑なのだそうです。大地震の被害から立ち直った歴史が、奇しくも地震で崩れた石垣の中から現れた偶然に心打たれます。
次に目に入ってきたのは家紋です。これは徳川将軍の家紋「三ツ葉葵紋」。なぜ徳川家の家紋が小田原城にあるのでしょうか。
当時、小田原城は幕府にとって極めて重要な拠点でした。西国大名が箱根を越えて江戸へ攻め込んでくるのを防いだこのお城には、徳川家が最も信頼する「譜代大名」が配置されていました。
その特別さは徹底しており、町田さんによると、本丸御殿は徳川将軍が宿泊する“ホテル”として使われ、藩主は二の丸に住んでいたというほど。さらに、幕府の食料を支える米蔵「御用米曲輪」まで併設されていました。現在はそのエリアは発掘中なのだそうです。
防壁、宿泊施設、物資補給など、さまざまな面で幕府と直結していた小田原城。最大6ヶ所の関所を管轄していたというお話にも、当時の盛り上がりが伝わってきます。その大きな街をぐるりと掘で囲ってしまうのが小田原城の特徴である「総構(そうがまえ)」という防御システムです。全長約9キロメートルにも及ぶそうで、その広大さを体感できるウォーキングツアーも開催されているそうです。
▲しゃちほこも展示されていました。口が開いているのが「雄」、閉じているのが「雌」と町田さん。
天守閣2階 - 北条五代の繋いだ100年と苛烈な小田原合戦
2階に上がると、赤い壁に空気は一変。ここ2階の常設展示室「戦国時代の小田原城」では、戦国時代の小田原城、そして初代・早雲から5代・氏直まで、約100年にわたって関東を支配した北条五代の歩みが紹介されています。
「北条五代を大河ドラマに!」という署名活動が行われているほど、いま改めて注目を集めているこの一族。展示パネルを追いながら、それぞれどんな人物だったか、おさらいすることができました。
初代・北条早雲(伊勢宗瑞)。1493年(明応2年)に伊豆国へ侵攻し、小田原の地に北条の礎を築いた。2代目・北条氏綱。本拠地を正式に小田原へ据え、領国を武蔵・駿河へと拡大。「北条」姓を名乗り始めた。3代目・北条氏康。川越夜戦などで関東の覇権を確立。民を慈しむ政治でも知られる。4代目・北条氏政。上杉謙信や武田信玄の侵攻を退け、「難攻不落の城」として小田原城の名をとどろかせた。5代目・北条氏直。支配領地が最大となるも、1590年(天正18年)に豊臣秀吉の小田原攻めを受け、降伏・開城。北条家は滅亡する。このフロアで最も印象的だったのは、約100年続いた北条の歴史に終止符を打った「小田原合戦」の実情です。
まず目を引くのが、北条氏直に宛てられた豊臣秀吉からの長文の書状。町田さんが「これは宣戦布告状なんです」と教えてくれました。
天下統一を進める秀吉が定めたルールを、北条側が「名胡桃城事件」で破ってしまったことをきっかけに送られたこの手紙。紙面から溢れ出すような秀吉の気迫に「こんなものが届いたら怖すぎる」と圧倒されてしまいます。
さらに進むと、真っ赤に染まった日本地図のパネルが登場します。
地図のほとんどが豊臣方の勢力を示す「赤」で埋め尽くされる中、関東の一角にだけぽつんと残された「緑色」の領土。これが北条方の勢力圏でした。素人目にも「これは勝てる気がしない」と言葉を失ってしまうほどでした。
北条方は難攻不落の小田原城に籠城しましたが、豊臣方の動員力は想像を絶するものでした。全国から集めた20万を超える大軍で城を包囲し、小田原城の隣に即席のお城「一夜城」を築き上げ、さらには陣中に妻や茶人を呼び寄せ、圧倒的な財力と心の余裕を見せつけた豊臣方。精神的に追い詰められていく北条方の絶望感は、展示室のオリジナルビデオでも詳しく紹介されていました。
北条氏は家印として「禄寿応穏(ろくじゅおうおん)」と刻まれた虎の印判を使用していました。その意味は「財産(禄)と生命(寿)がまさ(応)に穏やかであるように」。
最後は滅ぼされる運命にあったとしても、民の安寧を第一に思い、身内同士の争いもなく理想郷を追い求めた北条五代。そして全盛期の小田原がいかに関東の中心地として力強く輝いていたか。その誇りと慈しみの心が展示の端々から伝わってきました。
天守閣3階 - 小田原ゆかりの美術に触れる。発掘された大量の土器の正体は?
戦国時代を抜けて3階へ上がると、ほっと一息つける回廊になっていました。順路に沿って進むと現れたのが「小田原城検定クイズ」。1階・2階で学んだばかりの知識をおさらいできるミニコーナーです。
クイズ形式だと楽しみながら復習できますし、一緒に来た方と挑戦すればさらに盛り上がりそうです。
回廊の先、内側の企画展示室の「小田原ゆかりの美術工芸」ブースでは、城内から出土した江戸時代の陶器や土器が展示されています。
素焼きの質素な器がたくさん並んでいるのに目を奪われていると、これは「かわらけ」だと町田さんが教えてくださいました。「かわらけ」とは使い捨てのお皿のこと。当時、一度も使っていない器こそが清浄なものとされていたため、宴の席ではよく使用され、使ったそばから捨てていたのだそうです。
二の丸御殿にあったという、孔雀が大きく羽を広げているふすまも展示されていました。これは小田原城お抱えの絵師、岡本秋暉が描いたものだそうで、表裏の両面に渡って豪華な意匠が尽くされていました。
天守閣4階 - 兜や甲冑が勢揃い。「武者の装い」展は2026年5月31日まで開催
天守閣の3階の一部と4階の企画展示室では、2026年3月1日から5月31日まで「武者の装い」展が開催されています。
会場には、紫糸の威(おどし)が美しい腹巻や、六十二間筋兜といった名品が揃います。小田原はかつて「兜の産地」でもあったそうで、会場入り口にある名称解説のパネルを参考にしながら、その精巧な作りをじっくりと観察することができます。
中でも興味深かったのは、トンボがあしらわれた兜。トンボは前にしか進まず退かないことから「勝ち虫」と呼ばれ、武士たちに縁起物として好まれていたのだそうです。
整然と並んだ甲冑には、今にも動き出しそうな迫力があります。
「『いかにも甲冑』というものは江戸時代のものです」と町田さん。江戸時代の甲冑は、戦国時代までの実戦用から、飾り重視の、持ち主の威厳や家柄を示す象徴的なものへと変化したそうです。
天守閣5階 - 最上階で出会う、摩利支天像と最高の眺め
さあ、階段を上りきり、ついに天守閣の最上階へやってきました。
ここは、江戸時代に天守にまつられていた摩利支天像の安置空間が再現されたフロア。また、外へ出ると湘南の街を一望できる展望デッキが広がっています。
神聖な空間に鎮座しているのは2016年に再現された「摩利支天像(まりしてんぞう)」です。あの元禄の大地震(1703年11月22日)でも無事だったという、まさに小田原城天守閣の守護神は、3つの顔と6本の腕、そして猪に乗った勇ましい姿が特徴的です。
この空間を作る過程を追ったドキュメンタリー映像によると、将軍柱には小田原で育った樹齢300年の杉が使われているのだそうです。職人たちの技と小田原の自然、そして残された当時の図面や模型が揃ったことで、現代にこの空間を呼び戻すことができました。
展示の余韻に浸りながら外の展望デッキへ出ると、思わず「わあ……」と声が漏れてしまいました。
目の前に広がるのは、キラキラと輝く相模湾と、穏やかな湘南の街並み。心地よい海風が吹き抜け、階段を上ってきた疲れも一瞬で忘れてしまいます。
ふと見上げれば、地上から見上げていたあの立派な瓦屋根がすぐそこに。「いま、自分はあのお城のてっぺんに立っているんだ」と大興奮でした。
晴れた日には伊豆大島や江ノ島まで見渡せるという360度の大パノラマ。小田原城観光のハイライトである、この広々とした眺めをぜひみなさんにも味わっていただきたいです。
登城の記念に。小田原城で手に入れる2種の「御城印」
お土産ショップは、階段を下った先にある1階にあります。小田原城プラモデルや武将扇子、虎朱印最中など、小田原城ならではのアイテムが勢揃い。ギフト選びについ時間が経つのを忘れてしまいそうです。
登城の記念として人気なのが御城印です(税込300円〜)。通常版では江戸時代版と戦国時代版の2種類が用意されており、チケット売り場にて販売しています。江戸時代版では後期大久保氏の家紋と、歴代から崇敬された摩利支天の梵字を、戦国時代版では小田原北条氏の家紋をあしらっています。限定版もあるようです。登城の記念にぜひお買い求めください。
本丸広場でひと休み。甘味処や手裏剣打ち道場も
たくさん歩き、たくさんの展示に触れた後は、天守閣の目の前に広がる「本丸広場」でひと休み。緑豊かな広々とした広場にはベンチやテーブルが十分にあり、足を休める場所には困りません。食事や甘味を楽しめる「本丸売店」もあるので、ここで昼食をとるのも良さそうです。
先ほどまでいた天守閣を見上げながらベンチに座っていると「自分はいま本丸御殿、将軍のホテルがあったところにいるんだな。彼らもこんな風景を見ていたのかな」と想像が膨らみます。入城する前よりも少しだけ小田原城に詳しくなった自分に気がつきました。
本丸広場をぐるりと一周してみると、どっしりと構える常盤木門(ときわぎもん)と、その名の由来になった古い松の木がありました。
取材日は開いていませんでしたが、誰でも気軽に手裏剣を投げられる体験ブースが設置されていました(土日祝10:00~16:00/3投で200円)。
常盤木門1階では甲冑着付け体験も開催しています(10:00~16:00/1人500円)。甲冑や打掛、忍者衣装を借りて、天守閣を背景に特別な記念写真を撮影してみてください。
まとめ
今回の取材では2時間かけて天守閣内部を巡りましたが、正直見どころが多すぎて出口を出た瞬間から「もう一回入りたい」と思ってしまったほどでした。小田原合戦のオリジナルビデオや小田原城廓総図をじっくり見に、またぜひ伺おうと思います。
改めて振り返ると、各階ごとに小田原城の切り口が異なる秀逸な展示構成でした。1階から5階へと登りながら見ていくことで、バラバラだった歴史の断片が自分の中で「小田原城」というひとつの像を結んでいくようでした。圧倒的な資料の数々に追いつけないと思っても、歩いているうちに点と点が繋がり、いつの間にか理解が深まっている自分に驚きました。
ただ天守閣の外観を見て楽しむだけではもったいない。一歩踏み込めば小田原城と街の歴史を楽しく知ることができる秀逸な展示空間が広がっています。ぜひみなさんも足をお運びください。
小田原城天守閣
営業時間
9:00〜17:00(入館は16:30まで)
休館日
12月第2水曜日12月31日〜1月1日
入館料
個人|大人1,000円、小・中学生300円
小田原市民|大人500円、小・中学生200円(住所が記載された身分証明書をご提示ください)
30人以上の団体|大人800円、小・中学生240円
※天守閣入館券でSAMURAI館も入館いただけます
アクセス
JR小田原駅より徒歩10分
〒250-0014神奈川県小田原市城内6−1
駐車場:なし






































