
鎌倉市大町の大町八雲神社をご紹介します。鎌倉駅から徒歩10分、緑に囲まれた静かな住宅地に鎮座されています。鎌倉に八雲神社はいくつかありますが、こちらは鎌倉で最も古い厄除神社として知られています。参道にもたくさんの厄除け祈願の幟が立てられています。
八雲神社とは?
こちらの御祭神は須佐之男命(すさのおのみこと)、稲田比女命(いなだひめのみこと)、八王子命(はちおうじのみこと)、そして源氏の一族である佐竹氏の御霊が祀られています。八雲神社とは、須佐之男命を主祭神とする疫病退散や厄除けを祈願する祇園信仰の神社のことです。こちらは平安時代の後期、白河天皇治世下の永保年間(1081〜1084年)に新羅三郎源義光によって京都の八坂神社から御祭神を勧請し創建したとされます。須佐之男命は疫病退散の神である牛頭天王と同一視されており、古くは祇園天王社と呼ばれていましたが明治維新の際に八雲神社に改称されました。
神話に残される須佐之男命の系譜
稲田比女命は須佐之男命の妻です。須佐之男命はヤマタノオロチを退治した事で知られますが、稲田比女命はオロチの生贄にされかけていました。アシナヅチとテナヅチの夫婦の娘は毎年食べられてしまっていましたが、最後に残った末娘が稲田比女命です。須佐之男命は結婚を条件にヤマタノオロチを退治しました。須佐之男命の子孫である大国主命は因幡の白兎の神話で有名です。
こちらの本殿には冊子が置かれていました。先述の須佐之男命がヤマタノオロチを退治したのは出雲での出来事ですが、大国主命は出雲大社に祀られています。この様な点もつながりの深さを感じさせます。大国主命は須佐之男命の娘の須勢理毘売命と結婚しており、須佐之男命にとっては娘婿でもあります。この辺りは神話によって様々な描かれ方をしていますので興味のある方は古事記などを読んでみてください。
緑に囲まれた境内
境内は緑に囲まれとても良い雰囲気です。最初の鳥居は1910(明治43)年12月吉日の建立でとても古い物です。ここをくぐるとさらに緑が多くなり、両側には厄除けの幟が並びます。
二番目の鳥居をくぐり目の前が本殿です。
本殿前の手水盤は1964年開催の東京オリンピック聖火台を鋳造した鈴木文吾氏によって作られた物だそうです。
本殿に向かい右側に進むと奥に御嶽三峰社が鎮座されます。この先には祇園山へのハイキングコースが続きます。
本殿の左側には諏訪神社、稲荷神社、於岩稲荷社が鎮座されます。
さらに左にはおそらく元々の稲荷神社でしょう。苔むした感じが歴史を感じさせます。
境内のど真ん中には御神木があります。木の根元には創設者新羅三郎の手玉石があります。
宝蔵殿はガラス越しになりますが拝観無料です。鎌倉駅からもそれほど遠くなく、とても静かで祓われるのを感じる神社です。鎌倉へ来た際には少し足を伸ばしてみてはいかがでしょうか?
大町八雲神社
アクセス
JR鎌倉駅より徒歩10分
住所:〒248-0007 鎌倉市大町1-11-20
駐車場:なし











