テレビ画面を注視していたかどうかが分かる視聴データを独自に取得・分析するREVISIOでは、14日に放送されたNHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(総合 毎週日曜20:00~ ほか)の最終話「蔦重栄華乃夢噺」の視聴分析をまとめた。

  • 横浜流星=『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』最終話より (C)NHK

    横浜流星=『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』最終話より (C)NHK

「あ、それ! へ! へ! へ!」

最も注目されたのは20時54分で、注目度78.9%。蔦重(横浜流星)の今際の際に、耕書堂の関係者が集うシーンだ。

「親が別れも言えぬなど…呼び戻すぞ」大田南畝(桐谷健太)は、蔦重をこの世に引き戻そうと勢いよく立ち上がった。昼九つ午の刻に迎えが来ると九郎助稲荷(綾瀬はるか)が告げたとおり、午の刻の鐘が鳴ると同時に蔦重は息を引き取っていた。みの吉(中川翼)たちは耕書堂の関係者に知らせに走っていたが、日本橋から離れた吉原にいる義父・駿河屋市右衛門(高橋克実)たちは蔦重の臨終に立ち会うことはできなかった。

「蔦重! 俺たちは屁だ! あ、それ! へ! へ!」南畝は涙をこらえながら大声で音頭を取る。「へ! へ! へ! へ!」その場にいる全員が、南畝に合わせて踊り始める。「義兄様」と、蔦重の体を次郎兵衛(中村蒼)に任せ、てい(橋本愛)も立ち上がり踊りの輪に加わった。「重三!」「蔦重! 戻ってこい!」「あ、それ! へ! へ! へ!」「起きろ~!」誰もが涙を浮かべ、必死に蔦重の名を呼び続ける。「重三…重三!」

踊りの中心で蔦重を抱きしめていた次郎兵衛が、蔦重の変化に気付いた。みな動きを止めて蔦重に注目する中、次郎兵衛の腕の中で蔦重がゆっくりと目を開いた。「拍子木…聞こえねえんだけど」とぼそりとつぶやく蔦重。「へ?」一同が間の抜けた声を上げたその瞬間に、どこからともなく乾いた拍子木の音が鳴り響いた。

  • 『べらぼう』最終話の毎分注視データ推移

    『べらぼう』最終話の毎分注視データ推移

「次郎兵衛義兄さんが優しく蔦重の頭を撫でてたとこで涙腺崩壊」

注目された理由は、蔦重の最期の瞬間に、視聴者の視線が「くぎづけ」になったと考えられる。

プロジェクト写楽が終了しても蔦重は精力的に活動を続け、耕書堂はますます事業を拡大していた。そんな蔦重だったが、江戸患いともいわれる脚気にかかり、急速に衰弱していく。ていの献身的な介護を受けながら出版活動を進めた蔦重だったが、ついに夢の中で九郎助稲荷に最期を告げられる。その死に際には義弟・喜多川歌麿(染谷将太)をはじめとする絵師や戯作者、本屋、吉原の人々などが集まりその死を惜しんだ。

さらに何とか呼び戻そうと南畝が皆に呼びかけ、屁踊りを始める。亡くなった蔦重の周りを、「屁」と連呼しながら踊る様子はかつて恋川春町(岡山天音)の記した「屍」の周りを「屁」で囲んで独りと読ませた創作文字を思い出させた。みなの願いが通じたのか、次郎兵衛に抱かれた蔦重は目を覚ますと、拍子木が聞こえないというメタ発言で物語は幕を下ろした。

SNSでは「これまでお世話したりお世話になったりした人たちが次々に駆けつける所で泣いちゃった」「最後の屁踊りは春町先生も来てくれたみたいで嬉しかった」「次郎兵衛義兄さんが優しく蔦重の頭を撫でてたとこで涙腺崩壊した」「やかましくてこれじゃおちおち死んでられないな」と最後まで「べらぼう」らしい演出が話題となった。

脚気は、ビタミンB1不足によって起こる疾患で、「江戸患い」の他にも「気の病」「脚弱」「脚気衝心」などとも呼ばれた。

主な症状は、足のしびれ・むくみ・倦怠感・心不全で、重症化すると死亡することもあった。当時の江戸は白米の消費量が全国で最も多く、精米技術の発達により、ビタミンB1を含む糠を除去した白米偏食が原因となって大流行した。作中の序盤、蔦重が吉原に店を構えていた時期には半次郎(六平直政)の店でよくそばを食べるシーンが描かれていたが、実はそばはビタミンB1を豊富に含んでいる。蔦重が脚気にかかったのは半次郎の店から離れ、そばを食べる機会が減ったからかもしれない。

午の刻に迎えが来ると言い遺しながらも再び目を開けた蔦重。東京都台東区東浅草の正法寺にある大田南畝と宿屋飯盛(ピース・又吉直樹)が記した蔦屋重三郎の墓碑には史実でも正午に死ぬと言いながらも死なず、昼時になっても迎えが来ない、拍子木が鳴らないとつぶやいたと刻まれている。作中では描かれていないが、あの後、蔦重は駿河屋市右衛門とふじ(飯島直子)に、別れを告げることはできたのだろうか。