では、「楽屋」はどこにあるのか──。あの異様なまでに美しく、そして悲哀を帯びた光が消えゆく「八分坂」を見届けたあとだと、久部のその後こそが「楽屋」なのではないか、と考えてしまうのは自然なことかもしれない。しかし、そう簡単に「タイトル回収」をさせないのが、三谷脚本の見事さであり、「さすが」とうならされた部分でもある。

「八分坂」での喧騒は、まるで夢のように終わりを迎える。その余韻は、同じくシェイクスピアの『から騒ぎ』を思わせるものだった。そんな中で久部が偶然目にしたのは──クベ劇団の面々が、再び集まり、舞台の稽古をしている光景である。

ドアの窓ガラス越しにそれを見つめる久部。その隣に立つ樹里は、「上演の予定はないんです。でも、時々こうして皆で集まって、稽古をしているんです」と説明する。ドアの向こうでは、皆が心から楽しそうに稽古をしている。それは彼ら自身が「あの頃が一番楽しかった」と語っていた、クベ劇団の最初期──笑顔、笑顔、そして笑顔に満ちていた、あの時間そのものだった。

「久部さんがいたら、こう指示するということを忘れるな」、そんな声まで聞こえてくる。──あれほど「夢」のようだった時代は、終わったのではなかった。夢は、まだ覚めていなかった。思いもよらない形で、今もなお続いていたのだ。

まだ皆が「夢」の中にいる。そう感じた瞬間、思わず涙腺が崩壊してしまった。

──三谷脚本は、テーマを決して声高に語らない。だからこそ想像の余白があり、その解釈は見る者一人ひとりに委ねられる。そこで恐れずに、個人的な見解として、タイトルにある「楽屋」の場所について語ってみたい。

結論から言えば、「楽屋」は、実はどこにでもある。

この作品でも、「楽屋」のシーンは何度も描かれてきた。彼ら彼女らは「舞台」の前後、楽屋で語り合っていた。しかし、「八分坂」で繰り広げられた、あの「から騒ぎ」。WS劇場の面々は、クベシアターというひとつの夢を見ていた。

それは内部に確かに「楽屋」を抱えながらも、「八分坂」そのものが、ひとつの巨大な「舞台」のようであった。やがて「八分坂」の照明は落とされ、「舞台」は終わったかのように見える。ところが、その舞台を下り、「楽屋」へ入ったはずの久部が目にしたのは、夢の“続き”だった。

舞台は、終わっていなかった。「楽屋」の中にも、まだ「舞台」が存在していたのだ。

あなたの人生にとっての「楽屋」とは

人生を「舞台」に例えるなら、人は誰しも、何らかの役割を演じて生きている。それはシェイクスピアが語っていた通りである。長い人生の中では、悲劇もあれば喜劇もある。成功の物語があり、そこから転げ落ちる痛みもあるかもしれない。それでも、自分自身が主人公である「人生という舞台」は、終わることなく続いていく。

出かける前のメイク中や、帰宅して一人になった瞬間、人は「楽屋に入った」と感じるかもしれない。だがふと気づく。「人生」という舞台は、まだ継続中なのだと。「楽屋」だと思っていた場所が、実はまだ「舞台」の一部だった。そんな感覚を、誰しも一度は経験したことがあるのではないだろうか。

「楽屋」は、「舞台」の外にもあり、同時に「中」にも存在しうる。つまり、「楽屋」はどこにでも“ある”。三谷氏はインタビューで、この作品を「1984年を舞台にした時代劇だ」と語っている。また、「今の若い人の感性は分からないが、その当時の人についてなら描ける」とも述べている。

三谷氏自身にとっても、『もしがく』の時代がひとつの「舞台」であり、現在の自分は「楽屋」にいると感じていたのかもしれない。あるいは、そう自分に問いかけていたのかもしれない。

その真実は、三谷氏の中にあり、同時にこの作品を見た一人ひとりの中にもある。そしてもし、本当の意味での「楽屋」がこの世に存在するとしたら──それはきっと、あなたが「自分らしくいられる時間」なのだろう。あなたにとっての「楽屋」とは、どんな時間なのか。どうすれば、そこにいると感じられるのか。

あなたにとっての『もしがく』…そんなことを少し考えてみるのも、きっと面白い。

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