近年、プロの制作者として“面白さを伝える言葉”を持つことをテーマに講義を行っている片岡氏は、「オファーシリーズ」について、<「必死になれる状況」に「放り込まれ」、その結果の「喜怒哀楽のリアクション」が笑いと感動を生んでいた>と説いている。

岡村は「ある程度のことは計算してるんでしょうけど、テニスの時(※)なんかラリーができるようになっても試合形式になったらサーブが入らなくて10分で終わっちゃって、“これどうすんの?”ってなって、そっからずーっとサーブの練習ですよ。その間ずっと片岡飛鳥がウロウロしてて“ちゃんと付き合って練習見てるぞ”ってアピールなんでしょうけど(笑)。マラソンの時(※)も、“1km7分のペースで行ったらコントしながらでも間に合いますから”って言われて、“信号待ちは?”って聞いたら“ん~”ってなったり(笑)」と、<放り込まれた>中で<必死になって>取り組んでいた。

(※)…松岡修造の指導のもと、杉山愛とテニス対決(2008年10月4日放送)と、年越し特番で42.195kmのフルマラソンに挑戦(1999年12月31日放送)

  • 松岡修造の激しい指導でボロボロになったおなじみの青ジャージ。穴が空いた左膝部分が補修されている

    松岡修造の激しい指導でボロボロになったおなじみの青ジャージ。穴が空いた左膝部分が補修されている

このように片岡氏を信頼して打ち込むのは、「やったったぞ」という姿を見せたい思いから。

「毎回、オファーシリーズの本番が終わって“はいOK”ってなったら、誰も“良かったですね”、“すごかったですね”と褒めてくれることもなく、片付けを始めるんですよ。でも、そこで片岡飛鳥が黙ってスーッと近づいてきて、握手するんです。“どうでしたか?”とも聞かないんですけど、その瞬間は“あなたの思い描いていたことができたんだな”って、開放感があるんですよね。飛鳥さんが“岡村隆史という人間は頑張ってくれるんでしょ?”って期待をかけてくれるから、その期待に応えたいというつもりでやってきましたし、その通りやれば絶対面白くなるから」

その後、誰もいない自宅に帰り、発泡酒とチーズでささやかな打ち上げを行うのがルーティンになっていたという独身時代のオファーシリーズ。だが、放送後の反響は毎回大きかったといい、「オカザイルの時(※)はすごいモテましたよ。フィリピンパブで“おお! オカザイル!”って言われてキスできました(笑)」と、きちんと努力は報われていたようだ。

(※)…EXILEのライブに飛び入り出演(2007年10月6日放送、2013年10月12日放送)

『めちゃイケ』終了後から意識していたコンビの現在地

矢部は「片岡飛鳥という人は、岡村隆史にしか見せない顔があるんですよ。今回は久しぶりで飛鳥さんも熱量がすごかったので、それがより出たような気がします」と解説。矢部が本番のステージをモニタリングする最中は、編集でカットしているものの、片岡氏がどんどん矢部に話しかけてくるそうで、そこでも従来以上の熱量を感じたそうだ。

矢部は、今回の番組の中で、『めちゃイケ』終了後のコンビとしての活動に、「いろいろ思ってしまいますね」と片岡氏に打ち明けている。この発言の真意を聞くと、「やっぱり座ってるばっかりの番組が多くなってきたと思うんです。刺激を受ける場面がなくなってきたのかな」と返ってきた。

かつてフジテレビの特番で、とんねるずの木梨憲武が、『笑う犬』でコントに打ち込んでいたウッチャンナンチャンの南原清隆と、コントを作り続ける志村けんさんに「『食わず嫌い』で飯食ってばっかですいません!」と頭を下げる場面があったが、矢部は「憲武さんがそう言った気持ちも分かりますよね」と共感する。

18年3月の『めちゃイケ』終了直後、吉本興業の岡本昭彦社長と会食した際、岡村の“めちゃイケロス”を心配して「『ナインティナインでお笑いやってます』みたいな番組をやりたいですね」と要望していた矢部。そこから7年の歳月が経ったものの、今回の番組はその願いをかなえる場になったと捉えており、「結局、必要なのはやっぱり『めちゃイケ』だったということなんですよね」と実感したそうだ。

先輩たちも“刺激”を求めているのか、とんねるずは昨年、29年ぶりとなる2人でのライブを開催。ダウンタウンも11月から新たな配信プラットフォーム「DOWNTOWN+」を立ち上げた。

図らずも、吉本の先輩と同時期に配信サービスで新たな展開が始まることになったが、矢部は「テレビやらないんじゃないかってネットニュースに書かれるかもしれないですけど、そんなことはないんで(笑)」と強調していた。