「歯医者さん、苦手なんだよね」。そう話す人は、決まってこう続けます。「だって、歯医者は痛くなってから行くところだから」。多くの人が、歯医者についてこう考えているようです。しかし今、日本の歯科医療界は転換期を迎えています。パラダイムシフトの結果、特に健康意識の高い人や富裕層と呼ばれる人たちにとって、その考えは過去のものになっています。彼らは痛くない時に歯科医院でお金をかけています。なぜでしょうか?

  • 富裕層が歯科医院でお金をかけていることは?

    富裕層が歯科医院でお金をかけていることは?

治療ではなく、ケアにお金をかける富裕層

ある日の午後。閑静な住宅街にある歯科医院の待合室で、1人の女性がスマートフォンを片手に静かに座っています。シンプルなデザインで上質な生地の服を着た彼女は、痛いところも困ったところもあるわけではありません。「先日は、ありがとうございました」。そう声をかけた彼女は、笑顔で続けます。「次回は、主人の口腔ケアを一緒にお願いできますか?」

彼女が歯科医院に通う理由は「口腔ケア」。彼女にとって歯科医院は「痛くなったら行くところ」ではなく、「未来の健康の維持・増進を図るところ」なのです。

健康意識の高い人は、常に最新の医学情報をキャッチし、科学的根拠を理解して行動に移します。

  • 歯周病は糖尿病、認知症、成人病をはじめ、全身の数多くの疾患の発症・進行に悪影響を及ぼす
  • 歯周病は完治しない(常に予防が大切である)
  • 口腔ケアは、自分で行うセルフケアと歯科医院で行う定期的なプロケアで成り立つ
  • 歯周病とむし歯はがん発症リスクを高める
  • 口腔機能の衰えは、全身の衰えだけでなく、寝たきりや死亡リスクを上げる
  • 口腔衛生環境と所得には負の相関があり、衛生状態が悪い人は収入が低い などなど

これらの情報を知っている人は、「歯や口」を決して軽視せずに、しっかりと管理します。これは富裕層にも共通の行動です。

また、前出の女性はご主人の予約も一緒に取りましたが、これもとても合理的です。歯周病も虫歯も感染症ですので、親しい人の間で菌が行き来します。ですから、口腔ケアを一緒に行うと感染対策にもなります。

自由診療でも費用については聞かないが…

別の日のこと。還暦過ぎの男性がインプラント治療の相談に来ました。彼は、自費診療になることを伝えられても、費用についての質問はあまりしません。その代わり、インプラントが自分にどのようなベネフィット(=良いこと)をもたらすのかを、しっかりと確認しました。

彼が気にしていたのは「費用」ではなく、その治療がもたらす「長期価値」。つまり「治療を受けることで、自分の人生がどれだけ豊かになるか?」「この投資は、将来の自分にとってどれだけのメリットがあるか?」が重要なのです。

長年、歯科医療に携わり経験したのが、富裕層の人は治療費の「出費」はあまり重視していないということです。彼らの多くは将来志向で、その着目点は、将来どれだけ自分が活躍できるのか? です。

言い換えると、彼らが大切にしているのは、治療がもたらす「健康」というプライスレスの価値です。例えば「今」の課題を解決する場合でも、10年後まで見越すなど「長期的」視点で解決方法を選択します。

でも、治療費に無頓着なわけではありません。治療の合間には「医療費控除」について相談を受けることも少なくありません。余談ですが、その他にも「ふるさと納税」や「NISA」「iDeco」が話題に上がることもあります。

彼らは、「投資した分、納得できるだけの情報と結果を得たい」と考えているようです。だからこそ、表面的な金額に惑わされず、その治療は本当に価値があるかを理論的に判断します。

これらが、私が長年、歯科医療に携わる中で見つけた富裕層が持つ共通の特徴です。

施術を受ける対象は「お口の中」だけではない

世界での多くの研究で「笑顔や歯並び・口元」で相手への信頼性・好感度・記憶への残りやすさが大きく左右されると科学的に示されています。このことを理解しているからでしょうか。富裕層の人が歯科医院に求めるのは、単なる予防治療だけではありません。

歯は年齢とともに色が濃くなり、老けた印象を相手に与えてしまいます。このため、歯のホワイトングを定期的に受ける人がいます。

女性の方が多いのでは? と思われるかもしれませんが、男性も少なくありません。口元が好印象な男性は頼もしい印象などを相手に与えるので、ビジネスで優れた結果をもたらすのかもしれません。

また美意識の高い方は「ほうれい線治療」についても相談されます。ほうれい線には、口機能の衰えや表情筋、舌の位置が関係しますので、まずはこれらの対応を行います。それでもほうれい線が気になる場合にヒアルロン酸注射を使った方法を検討します。美容医科で説明を聞くより、このように口腔ケアで定期的に訪れる歯科医院で相談した方が、総合的な対応によって、納得した治療が受けられるからです。

アンチエイジング対策で有名なものには、プラセンタ治療があります。 以前は⻭周病の対象治療として保険適用で受けることができました。最近でも、プラセンタ治療が口腔内の環境を良くするとの研究成果が報告されています。

このため、プラセンタ治療も歯科医院で受けることができる治療の一つです。ある富裕層の方は、口腔ケアの度にプラセンタ治療も一緒に受けられ、もう何年も継続されています。

自覚がないにも関わらず、将来の健康被害を考えて治療を受ける富裕層の方もいます。例えば歯ぎしりがそうです。歯ぎしりの原因は、遺伝と環境が約50%ずつ関与します。歯が削れたり折れたりする原因になりますが、歯ぎしりは寝ている時にするので、本人に自覚がないことが多く、家族から指摘されることがほとんどです。

治療には、保険治療対象の「マウスピース治療」と自由診療対象の「ボツリヌストキシン治療」がありますが、多くの富裕層の方は費用よりも結果を重視し、両方の治療を選択されます。

最近は口腔機能に関心が高い人も増えました。口腔機能は全身の衰えにつながったり、介護リスクや誤嚥性肺炎の原因になったりしますが、自覚しにくい特徴があります。だから、定期的に検査(保険適用)を受けて、自分の状態を確認することが大切です。仮に機能が低下していても、早期に対応すれば数カ月でリカバリーできます。

このように富裕層の方は、歯科医院を単なる「歯の問題の解決先」として見るのではなく、「健康管理の入り口」として、さまざまな治療を合理的、総合的に考えています。

必ず予約をとって帰るのも特徴

富裕層の方の特徴の一つに、必ず次回の「予約を取って帰る」ことがあります。中には、何カ月も先の予約までとる方も。これは「時間管理」がしっかりとできている証拠です。時間に追われるのではなく、時間を有効活用する思考でスケジュールを立てているのです。そして時間管理の中心となるのが、自分の「健康」です。

内科や外科のような一般の診療科では、通院中でない限り「予約」をとることはできません。なぜなら「風邪を引かないような予防」や「怪我をしない対策」は受けられないからです。でも歯科では「虫歯にならないような管理」や「歯周病が発症しないための治療」が保険治療として受けられます。さらには既述のように、これは全身の健康維持・増進にも影響を与えます。だから、歯科医院での予約は、彼らにとっては非常に重要です。

この記事を読んでいるあなたは、今、歯に痛みを感じていますか? もしそうなら、この記事を読んだのも何かの縁かもしれません。痛みを感じてからでは、治療の時間も費用も、そして心身の負担も大きくなります。 しかし、今日から意識を変えれば、「痛みに苦しむ未来」は変えられます。

歯は、一生のパートナーです。 そのパートナーと、ずっと健康につき合っていくために、あなたも「予防」という新しい習慣を始めてみませんか?