日本テレビ系ドラマ『ESCAPE それは誘拐のはずだった』(毎週水曜22:00~)の第2話が、15日に放送。マイナビビュースでも様々なドラマの取材を行う「テレビ視聴しつ」室長の大石庸平氏がレビューした。

  • 『ESCAPE それは誘拐のはずだった』

    『ESCAPE それは誘拐のはずだった』

このドラマは大企業の一人娘の誘拐事件をきっかけに、人質の結以(桜田ひより)と誘拐犯である大介(佐野勇斗)が、なぜか2人で逃避行を続けることになるというヒューマンミステリー。

大石氏は、こう語る。

これまで何度見たかしれない、ありきたりなラブストーリーを思い浮かべてほしい。

まず出会いのシチュエーションは“最悪”で決まっている。当然、最後に結ばれることが確定している2人の関係が最初から“最良”ではドラマは生まれないのだ。とはいえ、“最悪”とは言いながらも2人の丁々発止は恋人同士のそれであり、お互いの気持ちに気が付くのに時間がかかっている。

また、口を開けばケンカばかりなのだが、はたから見れば思い合う2人のじゃれ合いにしか見えず、だけど心のどこかで、自分を理解しているのはこの人しかいないと確信している。だが、それを認めようとしない。素直になれないのだ。そして、恋人同士になる前の2人といえば、どちらか一方だけの気持ちが先行し、じれったいすれ違いが起きている…。

さて、翻って今作の結以と大介だが、そんなラブストーリーの定型に見事に当てはまっている。出会いは誘拐という最悪中の最悪でありながら、話せば冗談も言い合える気の合う2人。そのやりとりはまるで恋人同士のようであり、人質と誘拐犯という緊張感はあまりない。そして常に言い争っている2人なのだが、はたから見ればそれはもう相思相愛にしか思えない。

そんな中、先に“自分の気持ち”に気が付いてしまったのは、大介ではなく結以だった…。

“自分の気持ち”とは、ラストで結以がつぶやいた「当てないでよ…」を、筆者が深読みし過ぎたきらいはあるが、側(がわ)だけをなぞってみると何から何まで、ありきたりなラブストーリーの定型だろう。

しかし今作は、誘拐というキャッチーなトピックを用いながら、恋愛ドラマのフォーマットを当てはめ、視聴者の門戸を広げるといった安易さや陳腐さは感じられない。むしろ、何げない結以のセリフにまでこちらが思いを巡らせてしまうほど、“意味”を感じさせてしまうストーリーテリングだ。

それはなぜか。“誘拐”と“思い合う2人(≒恋愛)”が見事に合致しているからだ。最初は正真正銘の誘拐だった計画が、たちまち2人の逃避行へ転じていくさまを納得させるには、そうならざるを得ない、状況説明だけでは収まらない“理由”が必要になってくる。それが、結以と大介の、ありきたりにも思えるラブストーリーだったのだ。

ラブストーリーの成功が、2人が出会った瞬間の関係性にかかっているのと同じように、今作も誘拐から逃避行へ転じさせるためには、結以と大介のカップリングを一瞬にして表さなければならず、それがまるでラブストーリーのようだった――だけなのだ。

そして今回の第2話を大きく動かしたのは、“高揚感”ではないだろうか。

物語の上では、結以が唯一信用できると考えた元家政婦の晶(原沙知絵)を頼った挙げ句、裏切られたという展開があり、そこにはなんら不自然な点は見受けられなかった。しかし、再会した晶のちょっとした挙動に、お邪魔した家のわずかな不自然さに、なぜ結以は気付くことができなかったのか。

それは、結以が誘拐を通じて手にした自由ゆえの高揚感があったからではないか。そして、そこに大介と出会ったことによる高揚感もなかったと言えるだろうか。そんな重なる気持ちの高ぶりによって、いつもは冷静なはずの結以も、正確な判断力を失ってしまったのではないか。

さらにだ。その高揚感によって、結以は“ある少年”をも巻き込んでしまった。2人だけではなく、まさか子供まで巻き込む、3人による逃避行へと発展する…! という、ややもすれば要素過剰になってしまう展開だが、それが高揚感による危うさがもたらしたものだと解釈すれば、その高揚感こそが、この展開へと導いてしまう“説得力”へと変えてしまったのではないだろうか。

ありきたりなラブストーリーに話を戻すと、この先待ち受ける展開は、“互いの思いに気付く2人”、からの“すれ違う2人”という流れが常とうだろう。

それが今後も当てはまっていくのかはわからないし、現状当てはまっているとも限らないのだが、逃避行という外側にはない“何か”をどうしても深読みしてしまいたくなる。そんなドラマなのは間違いない。

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