羊文学、「いま、ここ」を噛み締めて巡ったアジアツアー終着地、日本武道館で奏でた祈り

羊文学が、自身2度目、過去最大規模となるアジアツアー「Hitsujibungaku Asia Tour 2025 ”いま、ここ(Right now, right here.)”」のファイナルとなる東京公演を10月9、10日に日本武道館で行った。チケットは両日ともSOLD OUT。満員の観客の中で奏でられた圧倒的なライブから10日の公演を、音楽ライター金子厚武のレポートでお届けする。

「『春の嵐』の後半で、塩塚はこんなふうに歌っている。<まあいっかなんて笑って 片付けたつもりでずっと 心の奥深く、息を潜めてまだ残ってる わたしはそれを取り出して 涙でまた水をやってありがとうって抱きしめてやる そこからもう一度生きてく>。『D o n' t L a u g h I t O f f』という新作のタイトルは、おそらくこの歌詞からの延長にあるものだろう。笑って片付けることをせずに、強い意志を持って、もう一度この先の未来を描いていくこと。しかも、あえて半角ではなく全角を使うような、クスッと笑えるユーモアも忘れずに。羊文学が過ごした激動の季節を反映したアルバムは、きっとそんな作品になるのではないだろうか」

10月8日にアルバムをリリースすることが発表されたタイミングで、ここまでの2年弱の歩みを振り返るコラムを寄稿した際、僕はその原稿をこんなふうに締め括った。正確にはアルバムタイトルは全角ではなく、文字間を半角スペースで、単語間を半角スペース×2で空けたものだったが、配信で発表してきた多彩な楽曲を収録しつつ、アルバムのメッセージ自体はやはりここが核になっていたように思う。塩塚モエカの打ち込んだピアノを軸に、<どうか その呪いが終わるように 悲しみさえ踊るように><あの雲の切れ間にもう少しで日が昇る この海に光が差す>と歌うオープニングの「そのとき」がアルバムの持つ内省的なムードとその先にある希望を象徴し、中盤に置かれた「春の嵐」から、他者の存在を鏡に自分を見つめ直し、長尺のアウトロで言葉にならない想いが溢れる「愛について」を経て、<君がいなくても、大丈夫っていわせて もっと生きなくっちゃね>と締め括られる「cure」に至る流れが感動的で、当初は「cure」をアルバムのラストナンバーにする計画もあったという。

今回に限らず、塩塚はこれまでも生きることの心許なさを生々しく歌詞にしてきたし、歌詞の内容が直接的に塩塚の心境を表しているわけではなく、曲ごとにキャラクターや物語を設定して、その人物の心情を描写する曲も多い。ただ、そういった曲であったとしても、その時々の塩塚の状況が反映されているであろうこともまた確かであり、アルバムを聴いていると、忙しない日々の中で心の内を書き留めた塩塚の日記を読んでいるような感覚になった。

(Photo by 三浦大輝)

そんなアルバムがリリースされた翌日と翌々日、9月15日の大阪城ホールを皮切りに、ソウル、上海、北京、広州、台北、バンコクと回ったアジアツアー「Hitsujibungaku Asia Tour 2025 ”いま、ここ(Right now, right here.)”」のファイナルが日本武道館で開催された。結論から言えば、とても素晴らしいライブだった。ツアーファイナルと言いつつ、5日後にはパリ公演を皮切りに初のヨーロッパツアーが始まるので、バンドはこの後も止まることなく動き続けるのだが、とはいえホームグラウンドである日本で一つの区切りを迎えられたことに対しては、きっと万感の思いがあったのではないかと思う。

アルバム同様に1曲目は「そのとき」から始まり、塩塚が一人で歌う前半から、途中で重厚なバンドサウンドへと傾れ込む展開がインパクト大で、そこから軽やかな「Feel」へと繋いでいく。ライブ前半で印象的だったのは「Addiction」で、塩塚がお馴染みとなったソニックブルーのジャガーで歪んだ音色をかき鳴らす。彼女は新作のインタビューで、「(収録曲の中で)『doll』が一番私たちらしい曲」と答えているようだが、「Addiction」は「doll」にも通じるヘヴィな一曲で、確かにこういう曲を演奏するときは塩塚も河西ゆりかも特に楽しそうだ。この曲に続く新作からの「いとおしい日々」、塩塚の歌声がさらに説得力を増した「声」もとても良かった。

塩塚モエカ(Photo by 三浦大輝)

羊文学のライブは会場が大きくなっても内容自体は基本シンプルで、この日も両サイドのスクリーンに塩塚と河西の姿を映し出しつつ、MCも少なめでどんどん曲が演奏されていったのだが、「OOPARTS」からのライブ中盤では巨大なシャンデリアのような円形の照明が降りてきて、ムービングライトがステージをド派手に照らし出した。「mother」ではサイケな曲調に合わせて幻想的な世界を作り出し、「夜を越えて」ではミラーボールが会場全体を照らすと、ファズギターが鳴り響く「Burning」ではデザインされた照明が雨のように降り注ぐ。続いて演奏された「more than words」が中盤のハイライトで、この曲はサポートで参加しているYUNAのドラムがバッチリハマっている。CHAIでもファンク由来のグルーヴ感のある曲を演奏してきただけあって、羊文学では珍しい4つ打ちの曲に躍動感を与え、2番での河西のスラップとのコンビネーションもとてもいい。

河西ゆりか(Photo by 三浦大輝)

すっかりライブアンセムになった感のある「GO!!!」に続いて、この日全体のハイライトになったのが「未来地図2025」。音源ではシンセを使っている「OOPARTS」や「more than words」もライブでは基本3人の演奏のみで披露されるのだが、ピアノに加えてプログラミングされたビートも用いられたエレクトロニカ風のこの曲では同期を使い、これは羊文学のライブとしてはかなり画期的なこと。そしてだからこそ、前半はギターを弾かずにボーカルに専念する塩塚の歌声が美しく響き、途中から生演奏と同期が組み合わさって、広がりある音像が武道館の広い会場を埋め尽くしていくのは非常に高揚感を感じる。<理由など追いつかぬ速さで 踏み出した道ならそれが答えだから 迷いながら描くのあなたの色で><ずっとずっとここから どんな苦しい夜も越えてゆけるように 祈り続けている>。迷いを振り切りながら止まることなく走り続ける自分たちの現状を顧みながら、同じように眠れない夜を過ごす全ての「あなた」に祈りを捧げる名演だった。

羊文学(Photo by 信岡麻美)

本編ラストをメジャーデビュー曲の「砂漠のきみへ」で終えたのもある種の区切りを感じさせつつ、アンコールでは一曲目に「春の嵐」を演奏して、塩塚が「『いま、ここ』っていうタイトルは、『いろんなところに行く』っていう意味もありつつ、その場所に自分がいていいと思えるようになれたらいいなと思って、つけたんですけど、結局まだ自分がここにいていいのか、相変わらずわからないままで。でも『いとおしい日々』でも書いたんですけど、もしかしたら明日はそう思えるようになってるかもしれないし、それが10年後だったとしても、自分が生きてて良かった、生まれて良かったんだと思えるための『いま、ここ』なんだとしたら、それは全然無駄なことじゃない」と現在の率直な心境を明かす。さらに河西が「バンドって、音楽だけじゃないものがめっちゃ多くて、人間関係、社会……生き物なんですよ、バンドって。だからさあ、大変だよね」と笑い、「今回のアルバムは嬉しいこととかだけじゃなくて、この2年間のいろんな気持ちが入ってて、そういうアルバムだから、ぜひ聴いてほしいです」と話すと、塩塚が「いろいろなことがある世の中の渦の中ですけど、みんなの明日からのいい日を願って」と、最後に「光るとき」が演奏された。

<何回だって言うよ、世界は美しいよ 君がそれを諦めないからだよ><今だけはここにあるよ 君のまま光ってゆけよ>。誰もが自分という存在の不確かさを感じている時代に、「いま、ここ」を噛み締めながら続けてきたツアーのエンディングとして、「光るとき」以上に相応しい曲はない。その呪いが終わるように。悲しみさえ踊るように。アルバムのアートワークに示された朝日が降り注ぐ瞬間は未だ訪れていないかもしれないし、それは束の間のひとときかもしれないが、それでも命が光り輝くような、「そのとき」を求めて。羊文学はこれからも「いま、ここ」を生きていく。

羊文学(Photo by 三浦大輝)

<リリース情報>

羊文学

5th Full Album『D o n t L a u g h I t O f f』

2025年10月8日(水)発売

https://fcls.lnk.to/HTJ_DLIO

■形態(全3形態)

通常盤[CD]

価格:3850円(税込み)

CD:5th Album『D o n t L a u g h I t O f f』

初回限定盤 [CD+Blu-ray]

価格:6600円(税込み)

CD:5th Album『D o n t L a u g h I t O f f』

Blu-ray:「FUJI ROCK FESTIVAL23」

完全生産限定盤  [CD+Blu-ray+Goods]

価格:8800円(税込み)

CD:5th Album『D o n t L a u g h I t O f f』

Blu-ray:「Hitsujibungaku US West Coast Tour 2025」 Documentary

Goods:『D o n t L a u g h I t O f f』オリジナルひつじちゃんぬいぐるみキーホルダー

※映像内容は初回盤の収録映像と異なります。

=収録曲=(全13曲)

1. そのとき

2. いとおしい日々(ブルボン オリジナルビスケットシリーズTVCM タイアップ楽曲)

3. Feel(TVアニメ『サイレント・ウィッチ沈黙の魔女の隠しごと』OP主題歌)

4. doll

5. 声(フジテレビ系月9ドラマ『119エマージェンシーコール』主題歌)

6. 春の嵐

7. 愛について

8. cure

9. tears(映画「かくしごと」主題歌)

10. ランナー

11. 未来地図2025(TAKANAWAGATEWAYCITY未来体験シアターオリジナル楽曲)

12. Burning(TVアニメ『【推しの子】』第二期ED主題歌)

13. dont laugh it off anymore

枚方 蔦屋書店(大阪府枚方市)、六本松 蔦屋書店(福岡県福岡市)、代官山 蔦屋書店(東京都渋谷区)の3店舗にて、5th フルアルバム『D o n t L a u g h I t O f f』発売を記念したパネル展を開催。『D o n t L a u g h I t O f f』 のアートワークに使用した写真や今回初公開となる写真のパネルを各店6枚ずつ展示するほか、期間中「Hitsujibungaku Asia Tour 2025 "いま、ここ (Right now, right here.)"」 のグッズも各店で販売します。

代官山店のみ、『D o n t L a u g h I t O f f』 のアートワーク&撮影を担当したクリエイティブ・チームHUGが制作したムードボードを展示しております。メンバー直筆の譜面やアルバムのコンセプトアートなど今作の世界観を垣間見ることができる貴重な資料となりますので、是非お越しください。

なお、上記3店舗にてアルバム『D o n t L a u g h I t O f f』 を1点ご購入いただいた方の中から、抽選で6名様(各店2名様)にサイン入りのパネルをプレゼント。

対象商品:5th Full Album『D o n t L a u g h I t O f f』 通常盤[CD]/ 初回限定盤[CD+Blu-ray] /完全生産限定盤[CD+Blu-ray+Goods] 

実施店舗および展示期間

枚方 蔦屋書店(大阪府枚方市) https://store.tsite.jp/hirakata/

2025年10月8日(水)~10月21日(火)

六本松 蔦屋書店(福岡県福岡市) https://store.tsite.jp/ropponmatsu/

2025年10月8日(水)~10月21日(火)

代官山 蔦屋書店(東京都渋谷区) https://store.tsite.jp/daikanyama/

2025年10月10日(金)~10月31日(金)

<ライブ情報>

Hitsujibungaku Europe Tour 2025

10月15日(水)FR・Paris @LAlhambra

10月16日(木)NL・Nijmegen @Doornroosje

10月18日(土)DE・Cologne @Die Kantine

10月19日(日)DE・Berlin @Columbia Theater

10月20日(月)PL・Warsaw @Proxima

10月22日(水)AT・Vienna @Flex

10月24日(金)UK・London @O2 Academy Islington

まほうがつかえる2025

12月19日(金)東京・LINE CUBE SHIBUYA

OPEN 18:00 / START 19:00

全席指定:前売6,500円(税込)

問い合わせ先:ホットスタッフ

12月25日(木)大阪・フェスティバルホール

OPEN 18:00 / START 19:00

全席指定:前売6,500円(税込)

問い合わせ先:清水音泉

企画 / 制作:株式会社次世代 / SMASH CORPORATION

協力 F.C.L.S.

総合問い合わせ先:スマッシュ

羊文学「SPRING TOUR 2026」

2026年2月24日(火)神奈川・KT Zepp Yokohama

OPEN 18:00 START 19:00

1F スタンディング:¥6,500

2F 指定席 :¥7,500

問い合わせ先:スマッシュ

2026年3月1日(日)宮城・SENDAI GIGS

OPEN 17:00 START 18:00

1F スタンディング:¥6,500

2F 指定席 :¥7,500

問い合わせ先:ノースロードミュージック

2026年3月5日(木)福岡・Zepp Fukuoka

OPEN 18:00 START 19:00

1F スタンディング:¥6,500

2F 指定席 :¥7,500

問い合わせ先:キョードー西日本

2026年3月10日(火)愛知・Zepp Nagoya

OPEN 18:00 START 19:00

1F スタンディング:¥6,500

2F 指定席 :¥7,500

問い合わせ先:ジェイルハウス

2026年3月19日(木)北海道・Zepp Sapporo

OPEN 18:00 START 19:00

1F スタンディング:¥6,500

2F 指定席 :¥7,500

問い合わせ先:SMASH EAST

最新アルバム『D o n t L a u g h I t O f f』封入特典として、「羊文学 SPRING TOUR 2026」のチケット抽選申し込みができるシリアルコードが付属。

HP:https://www.hitsujibungaku.info/