1984年当時の体験が、今の脚本家としての自分にどこまで生きているのか。そんな問いをかけると、きっぱり「ないですね(笑)」と返ってきた。
「外からは“下積み”に見えるかもしれませんが、自分の立ち位置はあんまり変わっていないんです。(出世作となる)『やっぱり猫が好き』をやらせてもらうのも先ですし、まだドラマは書いてないし、バラエティや情報番組、ラジオの放送作家を担当していた頃ですが、自分の中でストーリー性のあるものを書きたいと思っていた。それに、自分ならどんなものが書けるだろうと作ったものは、今書いているものとそんなに差がないんです。今回のように予算をかけて物語が作れるようになって、僕を取り巻く環境は変わりましたが、根っこの部分は全然変わってないですね」
それだけに、イメージ通りに作られたという「八分坂」のオープンセットが当時の記憶を呼び覚ました。
「あそこに足を踏み入れた時に、思い出したんです。僕があの頃、“この通りに立って、アパートにある控室から階段を下りて、通りを横切って、ストリップ劇場に行って、そこで自分が書いたコントを見る――いつかこの話をやるんだ”と誓ったことを。あの画が当時もすごく面白いと思っていたんですよね。それはすごく貴重な体験でした」
自身の中で異例の執筆スタイル「悪いことは一つもない」
今作は、三谷氏の中で異例のスタイルで制作された。「僕はドラマも映画も舞台もそうなんですけど、“この俳優にこのセリフを言ってほしい”というところから逆算して物語を作るので、本来は全俳優が決まってからじゃないと、書き出したくないんです」という思いがある中で、キャスティングが固まる前から脚本の執筆を始めることになったのだ。それだけに、「すごく新鮮な体験でした」と振り返る。
初回放送時点で全話の脚本が書き上がっているのも、今回が初めて。かつては、「次の週のOAのための本ができてなくて、1週間で作らないといけないところまで追い詰められたこともありました」という。『古畑任三郎』の河野圭太監督はマイナビニュースの取材に、第3シリーズ最後のエピソード(江口洋介ゲスト回「最も危険なゲーム」)が前・後編の2週放送にもかかわらず、前編の台本しかでき上がっていない状態で撮り始めたことを明かしている。
三谷氏は、そうした従来の執筆スタイルについて、「視聴者の方々の反応とかを見て、少し物語を軌道修正したりとか、“この人に人気が出てきたら、もうちょっと活躍させよう”とか、視聴者とコミュニケーションを取りながら、後半の物語を作っていくこともできたから、決して悪いことばかりではない」と胸を張りつつ、「でも、悪いことが8割くらいですよね(笑)」と反省。
今回は、終盤の話を撮る頃には脱稿しており、「これが本来の形なんだなと思いました。本が先にできていれば、撮影もスムーズだし、俳優さんたちも役がどんな運命をたどるのかを分かった上で芝居ができるから、悪いことは一つもない。だから良い形で仕事ができました」と、劇団結成から42年で新たな学びがあったようだ。
