6月13日、政府は「経済財政運営と改革の基本方針 2025 ~『今日より明日はよくなる』と実感できる社会へ~」を閣議決定した。いわゆる「骨太の方針」である。全55ページの中に、「令和の日本列島改造」という言葉が4回出てくる。2024年版にはなかったから、今回から登場した新しい考え方といえるだろう。
「日本列島改造」という言葉は、1972(昭和47)年に自民党の田中角栄が発表した「日本列島改造論」を連想させる。そこに「令和」が付くとどうなるか。鉄道政策の面で比較してみよう。
田中角栄の日本列島改造論といえば、全国に新幹線網をつくる政策と思われがちだが、新幹線は手段であり、目的ではない。田中にとって、日本列島を改造する目的は、「家族が離散せず幸せに暮らすこと」にあった。当時、食糧生産を担う農家は、低収入を補うため、地方から都市へ出稼ぎに行かざるをえなかった。なぜなら、日本が太平洋ベルト地帯に集中して発展してきたから。田中角栄はこの状況を正したかった。
太平洋ベルト地帯のうち、海や港湾を不要とする製造業は地方に移転できる。地方に働き口があれば、出稼ぎに行かなくても自宅から工場に通える。家族が一緒に暮らせる。では、地方に工場を移転するためにはどうすればいいか。原材料と製品の輸送が重要になる。当時の道路事情では、急増するであろう物流を担えない。そこで鉄道を使う。まず幹線交通として新幹線をつくり、在来線で貨物列車を走らせればいい。ゆえに新幹線が必要だった。
「経済財政運営と改革の基本方針 2025」において、「令和の日本列島改造」という言葉が出てきた理由は、大都市集中、地方の過疎問題が大きくなる中で、田中の日本列島改造論が再評価されたことと、石破茂総理大臣が田中角栄の薫陶を受けた人物だからだろう。
ただし、「令和の日本列島改造」に「家族」という言葉はない。「経済財政運営と改革の基本方針 2025」では、「多様な価値観を持つ一人一人が、互いに尊重し合い、自己実現を図っていく」とされた。「個人の幸福」が先にある。もはや昭和の家族像は現代に通用しない。「父が外で働き、母が家を守る」という時代ではない。夫も妻も、その子らも、仕事や勉学で自己実現し、幸福であることが重要。それを互いに認め支えるために家族がある。
「個人の幸福」や「家族の幸福」のために、鉄道はどんな役割を担うべきか。政策文書から探し出してみた。
「地方創生 2.0 基本構想」
「経済財政運営と改革の基本方針 2025」と同じ日に、「地方創生 2.0 基本構想」も閣議決定された。地方の若者が進学や就職で東京に移住する。男性よりも女性のほうが地方に戻らない傾向がある。その結果、地方で生産年齢人口が減少した。高齢者も減っている。
-
東京圏における転入超過数(年齢階級別)の推移
出典 : 「地方創生 2.0 基本構想」(内閣官房ホームページ)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_chihousousei/pdf/20250613_honbun.pdf
10年前に提唱した「地方創生(まち・ひと・しごと創生総合戦略)」は、人口減少という現実に注目しすぎて、子育て支援や移住政策が主体となり、地方自治体の間で人口の奪い合いが起きたとの指摘もある。そこで「地方創生 2.0 基本構想」では、「若者や女性にも選ばれる地方をつくる」を主眼とした。その実現に向けて、「地域資源を活用した高付加価値型の地方経済をつくる」「安心して暮らせる地方をつくる」「都市と地方が互いに支え合い、一人一人が活躍できる社会をつくる」という柱を立てた。
この中で、「安心して暮らせる地方」のために、交通面において「全国約2,000地区の交通空白地帯を解消すること」を目標としている。加えて、「都市と地方が互いに支え合う」ために、「高規格道路、新幹線等の幹線鉄道ネットワーク、都市鉄道、港湾、空港等の物流・人流ネットワークの早期整備・活用を推進」を掲げた。
膨大な資料をひと通り読んだところで、筆者の感想としては、政府が「都市で働き生活し、余暇で地方に遊びに行く」というライフスタイルと、「地方で働き生活し、余暇で都市に遊びに行く」というライフスタイルの、どちらが幸福かを選べる状態にしたいのだろうと思った。地方創生とは、「いつでも都市で遊べる地方暮らし」ではないか。都市に住む人が都市に縛られず、地方に住む人が地方に縛られない時代をつくることであろう。
都市に住む人がつねに都市生活を謳歌しているとは限らない。賃金は高くても家賃や物価が高く、余暇に割く可処分所得や可処分時間が足りない。地方に住む人は生活面の充足感があっても、都市に出かけ、都市の楽しみを謳歌するための交通手段がない。だからこそ、「高規格道路、新幹線等の幹線鉄道ネットワーク」を整備する必要がある。そしてこれらは、安価な高速バスや、高速で高頻度な新幹線・特急列車などによって実現されつつある。
-
「強く」「豊か」で、若者や女性にも選ばれる「新しい・楽しい」地方を実現するために、交通ネットワークの充実が求められる
出典 : 「骨太方針 2025 PR資料 ~政策ファイル~」(内閣府)
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2025/seisakufile_ja.pdf
地方の生活を都心並みに充実させることが「地方創生 2.0」であり、その手段を整えることが「令和の日本列島改造」といえそうだ。
「幹線鉄道ネットワーク等のあり方に関する調査」
国土交通省は2017(平成29)年度から、「幹線鉄道ネットワーク等のあり方に関する調査」を毎年実施している。「幹線鉄道ネットワーク等の整備のあり方を検討するため、我が国の幹線鉄道の整備水準や、沿線地域における取組等の現況の整理を行うとともに、幹線鉄道の効率的な整備手法やその効果等について調査を行っております」とのこと。
2017年度といえば、JR九州が九州新幹線西九州ルートにおいて、フリーゲージトレインの採用を断念した年である。ここから国によるフル規格新幹線の検討が始まり、佐賀県が反発する状況となった。JR西日本も2018年、北陸新幹線においてフリーゲージトレインの採用を見送り、フル規格で建設する方針とした。しかし京都府の一部から反対の声があり、現在も着工のめどが立っていない。
これは国の新幹線整備政策にとって想定外の状況だった。新幹線政策は田中角栄の日本列島改造論から影響を受けており、地方自治体も支持した。すべての沿線自治体が新幹線の早期開業を望み、自治体の首長や自治体連合が国や関係機関に陳情を続けた。しかし、国鉄が破綻してJRが発足し、新幹線建設の枠組みが「路線距離に応じた事業費負担」に代わると、「新幹線は要らない」という自治体が現れた。そこで新幹線のあり方を見直す考えが生まれ、調査が始まったというわけだ。
「新幹線が欲しい。そのためなら在来線は自治体が引き受ける」という自治体がある一方、「新幹線はいらない。在来線でできるところまで頑張る」という自治体もある。前出の佐賀県や京都府だけでなく、今後は基本計画路線の沿線や、新幹線計画対象外路線の沿線にも波及する考え方だろう。
2021(令和3)年度までの調査で、最高速度260km/hでの列車運行を最終目標として、在来線を段階的に整備する手法を検討した。すべての在来線区間を最高速度260km/hにすれば、全区間を別線にするため新幹線になってしまうから、山岳トンネルなど一部区間のみ高速化する。これ以上のスピードを求める場合は新幹線の枠組みに移行する。
2022(令和4)年度は新幹線基本計画路線などに並行する在来線を対象とした高速化について調査した。「平野部」「山間部」「平野部と山間部の混在」を経由する鉄道路線について、段階的な整備方法と、整備効果の推計方法を検討した。
-
2021年度までの調査結果と2022年度の調査内容
出典 : 「幹線鉄道ネットワーク等のあり方に関する調査」令和4年度調査結果(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/tetudo/content/001735573.pdf
「平野部」は約50kmの区間を想定している。曲線半径の緩和、分岐器を両開きから片開きに交換する「一線スルー方式」により、最高速度130km/hのミニ新幹線を直通させる。次の段階として、最高速度260km/hのフル規格新幹線を整備する。
「山間部」は約185kmの区間のうち、約155kmを山岳部と想定。山岳区間の在来線はトンネルや勾配を回避するため、くねくねと迂回するルートとなっている。そこで山岳部をトンネルで貫き、在来線の最高速度160kmで運転をめざす。次の段階として、トンネルにフル規格新幹線を通し、約30kmの平野部もフル規格新幹線線路を用意する。最高速度は約260km/hとなる。
「山間部と平野部の混在」は、タテ・ヨコに交差する2路線を例に挙げた。ヨコ線は約175kmの区間で、全線が山岳区間である。タテ線は約265kmの区間で、うち約210kmが山岳区間、約55kmが平坦区間。高速化は山岳区間に別線トンネルを掘り、最高速度を160km/hに引き上げる。平坦区間は高速化を実施せず、ミニ新幹線化する場合に高速化する。ただし、将来的にフル規格化するのであれば、ミニ新幹線の過程をスキップしたほうが事業費を下げられる。
-
「いきなりフル規格」ではなく、段階的に在来線を高速化していく
出典 : 「幹線鉄道ネットワーク等のあり方に関する調査」令和4年度調査結果(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/tetudo/content/001735573.pdf
これらの調査は、秋田新幹線の「新仙岩トンネル整備計画」や、山形新幹線の「板谷峠トンネル」のような整備手法を想定したものと思われる。
整備効果の推計方法として、新幹線計画等で用いられる費用便益比は経済波及効果を計上していない。これは経済波及効果の研究や調査において、決定打となる手法が定まっていないからである。ひとつの例として、企業における生産性の増加を算出し、最終的に世帯の効用上昇を求める手法を挙げている。これをもとにすると、北海道新幹線の新函館北斗~札幌間で年間約637億円、北陸新幹線の金沢~敦賀間で年間約506億円の経済波及効果があるという。英国には誘発融資、雇用効果、生産性、補完的な経済モデルを加味してGDP増加効果を試算する手法があり、今後はこちらも調査研究するとのこと。
-
「いつも災害があるもの」と考えると、新幹線の方が他の交通モードより便益が大きい
出典 : 「幹線鉄道ネットワーク等のあり方に関する調査」令和4年度調査結果(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/tetudo/content/001735573.pdf
さらに、新幹線について過去10年の小規模災害履歴をもとに不通日数・発生確率を算出して便益を算定したところ、平常時よりも災害時で高い便益が試算された。新幹線が在来線や高速道路、航空に比べて災害時に早く復旧できる利点は重要だという。
在来線の高速化以前に解決すべき路線・区間も
新幹線建設は、事業費負担や手続きの過程、建設期間が長い。整備新幹線でさえ順番待ちの路線があり、基本計画路線の着手も見通せない。しかし、地方の衰退は喫緊に解決すべき問題であり、新幹線を待っていられない状況になっている。こればかりは国の鉄道に対する予算不足も大いに関係している。とはいえ、新幹線を待つことなく、まずは在来線を強化すべきという考え方は「地方創生 2.0」に合致する。
具体例を探せば、予讃線の伊予西条~松山間を直結するトンネル整備や、日豊本線の津久見~佐伯間のトンネル整備などが挙げられる。四国新幹線や東九州新幹線を待つよりも、まずは別線トンネルを整備すべきだろう。
筆者から付け加えるならば、最高速度130km/h化以前に解決すべき路線や区間がある。たとえば中央本線(中央東線)茅野~岡谷間の単線区間解消。特急「あずさ」の高速化と増発において、この区間はボトルネックになっている。上諏訪駅付近で高架立体交差事業の調査が行われたものの、除却する踏切の交通量が補助金の基準に満たず、計画そのものが凍結された。中央東線こそ地方の主要都市を結ぶ幹線鉄道であり、複線化を進めるべきではないか。
中央本線(中央西線)の長野県区間も単線区間が多い。常磐線のいわき駅以北は復興のためにも複線化を進めたい。羽越本線も単線区間と複線区間が入り組んでいる。貨物列車の運行安定化のためにも複線区間を増やしたいところだろう。
問題点があるとするならば、ここに挙げた区間はいずれもJRの黒字会社に所属していること。国は基本的に黒字企業への補助金を出さない。被災した鉄道路線の復旧も、当初は補助制度がなく、鉄道軌道整備法の改正でやっと黒字事業者の赤字路線への災害復旧補助が適用された。しかし、「地方創生 2.0」を担う幹線鉄道ネットワークのほとんどが黒字事業者の運営となっている。JRに整備を促すだけでは、実現は遠い。ここも特例を設けて整備すべきだろう。閣議決定した政策を確実に実行するために、具体的な施策を示してほしい。