北陸新幹線の敦賀~新大阪間は2016年に「小浜・京都ルート」の方針で決定した。しかし、京都府内のルートを確定できず、着工が遅れている。福井県知事は「すでにルートが確定している小浜まで先行開業してはどうか」と提案した。実現すれば、再燃しつつある米原ルート案は完全に消滅する。気持ちはわかるが、難しそうだ。
北陸新幹線は2024年3月に金沢~敦賀間が延伸開業した。東京方面から北陸方面がいっそう便利になった一方で、京阪神・中京方面からの評判は芳しくない。それまで在来線の特急「サンダーバード」「しらさぎ」で直通できたところが、敦賀駅で北陸新幹線に乗換えを強いられるからだ。
この不便を解消する方法はただひとつ。敦賀~新大阪間を一刻も早く開業させることだろう。「サンダーバード」の利用者だけでなく、「しらさぎ」の利用者も現在の米原駅乗換えより京都駅乗換えのほうが早く着くかもしれない。「ひかり」「こだま」しか停車しない米原駅乗換えより、「のぞみ」で京都駅まで行けば北陸新幹線に乗り継げる。乗換えの回数は京都駅での1回だけ。米原駅・敦賀駅乗換えより楽になる。
ところが、北陸新幹線延伸区間の整備は停滞している。大きな理由は京都駅の設置場所が決まらないこと。2024年8月、国土交通省と鉄道・運輸機構は各駅の位置と詳細なルートを発表した。自然環境の影響を懸念する南丹市田歌地区は回避したが、京都駅周辺は確定できず、3ルートに絞り、2024年内に1案に絞るとした。
2024年12月に開催した与党整備委員会で、3ルートのうち「東西案」を候補から外した。地下水の影響に対する懸念が最も大きく、建設費も大きいため、地元負担が最も大きい案だったからだ。
こうして京都駅直下を経由する「南北案」と、京都駅を回避してJR京都線(東海道本線)の桂川駅北側に新駅を設置する「桂川案」が残り、結論は2025年以降に先送りとなった。これで国の2025年度予算案に着工費が計上できなくなり、2025年度内の着工は困難になった。補正予算の復活に一縷の望みを託すわけだが、そこへ間に合うようにルートを確定できるかは不透明。これが北陸新幹線敦賀~新大阪延伸の進捗状況である。
先行開業はJR西日本の負担増になる
報道によると、福井県知事の杉本達治氏は1月9日の定例記者会見で、「北陸新幹線の敦賀~小浜間の先行開業」を提案したという。「私の個人的な初夢」と前置きした上での話ではあるものの、今後、関係部署や議会と相談していくと語ったようだ。ちなみに、福井県の公式サイトに知事会見の動画が掲載されているが、この中では触れられていない。記者との質疑応答で出た話だと思われる。後日、富山県知事の新田八朗氏も賛意を示した。
福井県知事が語る小浜先行開業の利点は3つある。1つ目は「全線開業が早くなる」こと。ルートがすべて決定してから建設を開始する場合、あらかじめ小浜まで開業していれば、残りの建設区間が短くなる。金利や工事費、人件費なども良い影響があるという。
2つ目は「原子力立地地域の住民の避難路」になること。小浜市から西へ約20kmの地点に関西電力の高浜発電所があり、4基の原子力発電機が稼働している。知事は「先に新幹線を通すことで住民の避難路として効果がある」と国の理解を求めたいという。3つ目は「米原ルートを推す声に対する牽制」になること。先に小浜まで開業し、小浜・京都ルートが確定していることを明確に示せば、もう米原ルートを推す必要はなくなるだろう。
とはいえ、やや難のある話だと筆者は感じる。これから議論が始まる話であり、水を差すようで恐縮だが、知事の意見は一理あるものの、新幹線の先行開業は運営会社のJR西日本が認めないだろう。理由は簡単で、「敦賀~小浜間の利益が見込めない」からだ。
整備新幹線は都道府県の中心都市を結ぶ需要がおもな収益源となる。それ以外の駅は主要都市間の収入があるからこそ設置できる。小浜市民には申し訳ないが、東京駅・富山駅・金沢駅・福井駅と小浜駅の間に大きな需要があるとは思えない。小浜駅まで開業しても、そこから京阪神方面へ乗り継げず、敦賀駅乗換えは解消されない。JR西日本にとって敦賀~小浜間だけでは負担が大きい。
「原子力立地地域の住民の避難路」についても、そもそもJR西日本とは関係ない。これは福井県と関電と国の問題であり、現状の避難ルートが不安というならば、いますぐにできる方法で対処すべきである。「これから新幹線をつくって避難路に」という考えは、なんとも悠長な話だ。
米原ルートに対する牽制は必要ない。すでに小浜・京都ルートで確定している話で、いまさら米原ルートの話は雑音に過ぎない。米原ルートを推すおもな理由は「建設費が安い」「建設期間が短い」からだろう。しかし、関係者の合意形成が難しい。営業主体であるJR西日本が明確に否定しているし、滋賀県はおそらく米原~敦賀間の経営分離に納得しないだろう。
米原ルート派の「建設費が安い」は敦賀~米原間しか念頭に置いていない。「米原からは東海道新幹線に乗り入れる」というが、保安装置や線路の脱線防止構造も異なり、大改造が必要になるのでコストが大きい。米原~新大阪間を別線で建設するという考えかもしれないが、それだと小浜・京都ルートより費用がかかる。そこは考慮されていない。結局、米原駅乗換えになるとしたら、乗換えポイントが敦賀駅から米原駅に移るだけで、不便なままだろう。
米原ルートが見え隠れすると、京都側も「米原案なら京都市にトンネルを掘らないで済む」というカードを持ってしまう。北陸新幹線問題をこじらせている理由は米原ルート派の雑音であって、そこに石川県の自民党県連で最高顧問を務める人物も含まれるというから呆れる。自民党は与党新幹線プロジェクトとして小浜・京都ルートを決定した政党である。この件で、党内においてすら意思統一ができていないことを露呈してしまった。
そもそも小浜・京都ルートが確定しているから、沿線各地域は一枚岩となって京都駅ルート問題に取り組むべきではないか。
北海道新幹線も「倶知安先行開業」案が出た
北海道新幹線の新函館北斗~札幌間についても、「札幌~倶知安先行開業」の意見がある。北海道議会議員の赤根広介氏が自身のFacebookで報告したところによると、道議会の新幹線・総合交通体系対策特別委員会で「1日も早く全線開業を目指す方針は必須」としながらも、札樽トンネルの工事が順調に進んでいることから「札幌~倶知安間の先行開業を提案した」という。
北海道新幹線は羊蹄トンネル(長万部~倶知安間)の掘削中に巨大な岩塊にたびたび遭遇し、貫通の見通しが立たない。渡島トンネル(新函館北斗~新八雲間)も地質不良のため、2024年12月1日時点で予定より3~4年程度の遅れが生じている。2030年度末の開業予定に間に合わない状況となった。
一方で、札樽トンネル(新小樽~札幌間)も3~4年程度の遅れが生じているとはいえ、現在は順調に掘削が進んでいる。北海道新幹線の倶知安駅は訪日観光客に人気のニセコリゾート地域にとって最寄り駅となるため、新千歳空港に到着した訪日客をニセコに迎え入れるためにも、札幌駅から倶知安駅までの先行開業は良い案ではないかと思うかもしれない。
ただし、これも「運行主体のJR北海道が合意するか」が鍵となる。北海道新幹線の収入は新函館北斗~札幌間が主になる。東京~札幌間も所要時間次第で航空機と対抗できるし、仙台駅、盛岡駅、新青森駅といった東北地方の主要な駅から札幌駅までの収入も期待されている。JR北海道が札幌駅から倶知安駅までの区間で収入を見積もり、収益になると納得すれば、先行開業の可能性もありうる。
倶知安先行開業については、2016年1月にも北海道商工会議所連合会による「新函館北斗~倶知安」の先行開業要望が報じられた。北海道新幹線の新青森~新函館北斗間が開業する2カ月前のことだった。この要望に対して、JR北海道の島田修社長(当時)は北海道新聞のインタビューに、「倶知安まで部分開業するメリットがあるのかは分かりませんし、札幌開業はもう15年後なので、一括で完成させる方が現実的だと思います」と回答している。
新函館北斗~倶知安間の先行開業はトンネル工事の影響で不可能となったが、北海道新幹線にとって倶知安駅の重要性が高まったと思わせる話題だった。
能登空港方式なら可能かも?
新幹線の先行開業といえば、リニア中央新幹線にも「品川~山梨県駅」の先行開業に関する報道があった。産経新聞電子版2023年12月23日付「リニア開業遅れ受け、山梨で高まる部分開通の待望論 実験駅を観光利用の声も」によると、山梨県知事の長崎幸太郎氏は、「全線開通が大前提だが(品川・甲府間の)部分開通は歓迎」と表明し、甲府商工会議所も山梨県駅を全線開業前に先行利用して観光に役立てたいと希望したという。
その背景には、当時こじれ続けた静岡県の水問題による着工の遅れがあった。山梨県駅の先行開業案は、品川駅から山梨県駅までの区間で大きな利点があるものの、当時の静岡県知事によって都合よく解釈されるなど混乱を招いた。2024年1月24日の共同通信による報道で、JR東海の木村中専務執行役員が「東海道新幹線の経年劣化や大規模災害の備えとして進めており、部分開業する考えはない」と明確に否定したとのこと。
このように、新幹線の先行開業はかなり難しい。過去には九州新幹線の新八代~鹿児島中央間部分開業、西九州新幹線の武雄温泉~長崎間開業、北陸新幹線の長野・金沢の順次開業といった例があるものの、これらは運営主体のJR各社が納得したから実現した。
北陸新幹線の「小浜先行開業」、北海道新幹線の「札幌~倶知安先行開業」も、JR西日本やJR北海道が納得すれば可能かもしれないが、ではどのように説得すればいいだろうか。
そのヒントは「能登空港方式」ではないかと思う。能登空港が2003年に開港した際、定期就航会社はANA(全日本空輸)の羽田~能登便だけだった。当時、ANAは1日1往復の予定だったが、石川県と地元自治体は1日2往復体制を要望した。この解決策として、「搭乗率保証制度」が導入された。年間平均搭乗率が70%未満の場合に、石川県と自治体が上限を2億円として損失補填を行う、逆に年間搭乗率を上回った場合は還元する、という制度である。
このしくみを応用して、新幹線の先行開業区間に「乗車率保証制度」を制定する。つまり、JR側が損しないための環境を整えれば、先行開業の可能性は高まる。当然ながら、乗車率が低い場合は自治体側がJR側に相当額の保証金を支払う必要がある。自治体の覚悟が求められるとはいえ、先行開業を望むなら、ひとつのアイデアとして検討の余地があるはずだ。