現在の音楽業界については、「単純に羨ましいなと思います」と率直な思いを語る。
「今は音楽がどんどん世界に飛んでいける。80~90年代は、海外に行ってもなかなか受け入れてもらえるところまでいかなかったので。今はSNSの発展もあり、一瞬で音楽が全世界に届きますから」
昨年、フランス・パリで開催された「JAPAN EXPO Paris」に出演した際には、現地ファンが「Get Wild」などを大合唱。小室は「自分の曲をヨーロッパの人たちが日本語で歌ってくれている姿を見て、世界がとても近い、良い時代になったなと感じました」と振り返る。
時代は変わっても変えずに貫いていることを尋ねると、「曲を聴いた瞬間に『これ小室哲哉の曲じゃない?』とわかるってよく言われるんです。それが嫌だなと思う時期もありましたが、最近はわかってくれた方がいいなと思うようになり、これからもそのままでいこうと思います」と笑い、その自分らしさについて「自分ではよくわかりませんが、グルーヴなのか、ノリなのか、中毒性みたいなものがあるのかなと思います」と分析した。
小室が生み出すTKサウンドを愛する人たちの声を糧に、音楽への情熱はますます高まっているようで、「もう1回バズりたい」と願望を口に。
「年齢を重ねると多くの人がもう潮時かなと考えがちですが、いろんなツールや機会が増えている中で、僕がショートドラマなど新しい挑戦をして成功できたら、音楽業界で高齢になってきた人たちに向けて、一つのモデルケースとして示せるのかなと。こういうパターンもありますよと伝えられたらと思っています」
地下アイドルと関わる中でも「年齢は気にしなくていいんだ」と思うようになったという。
「自分の実年齢的には定年退職をとっくに迎えているので、リタイアしないといけないという感じですが、アイドルの子たちは先生みたいな感じで見てくれていて、自分の年齢を感じることなく頑張れています」
そして、「今、エンジン全開です」と笑顔を見せる小室。「やはり音楽は気持ちをハッピーにしたり、背中を押したり、良い方向に進められる文化だと思うので、そのお手伝いをしていきたいなと。少しでも皆さんを音楽で幸せにできたらと思っています」と熱い思いを語ってくれた。
1958年11月27日生まれ、東京都出身。音楽家。音楽プロデューサー、作詞家、作曲家、編曲家、キーボーディスト、シンセサイザープログラマー、ミキシングエンジニア。1983年、宇都宮隆、木根尚登とTM NETWORKを結成し、1984年に「金曜日のライオン」でデビュー。同ユニットのリーダーとして、早くからその音楽的才能を開花。以後、プロデューサーとしても幅広いアーティストを手がけ、これまで世に生み出した楽曲総数は1600曲を超える。日本歴代シングル総売上が作詞・作曲・編曲の全ての分野でTOP5に入り、20曲以上がミリオンセラーを獲得している。