元プロ野球選手で野球解説者の古田敦也氏が、YouTubeチャンネル『イガちゃんねる 〜五十嵐亮太の人生は旅だ〜』で5月25日に公開された動画「【神回】焼肉中にレジェンド集結! 古田敦也×館山昌平×五十嵐亮太のヤクルト同窓会で現役時代の裏話続出!?」に出演。人生で一番痛かったケガについて振り返った。
古田敦也氏が“人生で一番痛かったケガ”
2001年、首位争いの中で迎えた8月28日の対中日戦にて、左膝後十字靭帯を損傷する全治3週間の重傷を負った古田氏。その後、登録抹消となって試合を欠場するも、9月24日には先発復帰。膝の関節が過度に曲がらないよう、後部のベルト部分にパッドの付いた特製のレガースを着用したことが話題となった。
当時について、五十嵐亮太氏が「断裂してたけど手術せずに、2カ月くらい?」と尋ねると、古田氏はうなずきながら、「試合の途中でやって、でも試合の最後まで出て。『痛いなあ』と思って次の朝起きたら膝が倍くらいになってた。『何が起きた?』と思って。病院に行ったら、『まずは水膨れよ』って、マンガみたいな太い注射器でブシューって取られて」と述懐した。
しかし、もっとも痛かったケガは別の部位のようで、「俺1回ね、ここ(人差し指)を骨折したことがあって。打球がバンって当たって、キャッチャーしてて、ランナーもいたから痛い素振りできないやん? アンパイアにボールをもらって、ピッチャーにボールを返した時に激痛が走った」「素知らぬ顔をして見たら、真ん中から(人差し指が)こっち向いてたの」と、守備中に打球が直撃し、人差し指を骨折した出来事を告白。
そして、古田氏は「インプレー中に(指を)こそっと引っ張ったら、これは痛かった。人生で一番痛かった。折れてる指を自分で引っ張ったらもう(脳天を)突き抜けた」と振り返っていた。
【編集部MEMO】
古田敦也氏は1965年8月6日兵庫県生まれ。川西明峰高、立命館大、トヨタ自動車を経て、1989年ドラフト2位でヤクルトスワローズに入団。MVP2回(93年、97年)、首位打者(91年)、ベストナイン9回、ゴールデングラブ賞10回など数々のタイトルを受賞。2005年に通算2000本安打達成。2006年選手兼任監督に就任し、2007年現役引退。2015年に野球殿堂入り。現在は野球解説者として活躍。
