正解を提示しないで、見た人それぞれが想像するものを作る傾向は近年の朝ドラにも顕著だ。例えば、『あんぱん』と同時代を描いた『虎に翼』(24年度前期)ではヒロインが絶対的に正解を求められそうな司法の職についてはいるものの、自身の生き方は必ずしも清廉潔白といいきれないように描かれていた。恩師に対する態度、男子生徒に対する態度、子育て、再婚に至るに当たる行動など、指示する人、しない人、賛否両論だった。また、『おむすび』(24年度後期)では主人公がそのとき何を思ったのかあえて描かず、視聴者の想像に委ねると制作サイドから公言するようなことがいくつもあった(例:福岡県西方沖地震のとき登場人物が何を思ったのかなど)。

ところが今回の『あんぱん』はメッセージの連打である。第1回から最大のテーマが語られている。嵩がモノローグで「正義は逆転する。信じられないことだけど、正義は簡単にひっくり返ってしまうことがある。じゃあ決してひっくり返らない正義って何だろう。おなかをすかせて困っている人がいたら、一切れのパンを届けてあげることだ」と語る。

多様性という名のもとに、あれも正義、これも正義。人の数だけ正義があり、その時々で、正義が逆転してしまうことすらある。それらをすべて受け入れていくことはなんだかしんどい。流れる雲のように曖昧模糊として流動的なことばかりだと不安だし、間違えたくないし、正解がほしい。そんな気持ちになる視聴者もいるだろう。そんなときこそ『アンパンマン』だ。ひっくり返らない正義を模索したやなせたかしさんが見つけたのは「一切れのパン」だった。それはまるで、何も目印のない夜に一個だけ光っている北極星のような存在。たったひとつでもよりどころがあれば、人は生きていける。

『アンパンマン』では、ヒーロー・アンパンマンはおなかの空いた人に自分の顔を食べさせる。意外とブラックな行為ではあるが、やなせさんのやわらかい絵柄によってブラックな感じは緩和されて子どもにも大人にも受け入れられている。やなせさんは戦争中に過酷な飢餓を体験したことから、この考えを抱くようになり、作品に託したのだ。メッセージ性も、ブラックな表現と同様、やわらかい絵柄や文章によって説教臭さは緩和されている。

幼い頃に父を亡くし、母は再婚して遠くに行ってしまい、親戚の元で育てられたやなせたかしさん。それはドラマの嵩にも受け継がれている。幼少期に孤独を、戦争で激しい空腹を味わってきたやなせさんが、苦悩の果てに生み出したアンパンマン。『あんぱん』ではその人生と創作を支える人物がいて、それがのぶなのだ。嵩にとってのあんぱんであり、暗闇の星がのぶである。RADWIMPSの主題歌「賜物」が速すぎて騒々しくて聞き取れないという声もあるが、歌詞をじっくり読むと、嵩にとってののぶを歌った歌のように思えてくる。

北村匠海がとてもナイーブで詩人のような雰囲気を醸し出し、今田美桜は理屈をふっ飛ばすような生命力をみなぎらせている。その対比がいい。毎朝、2人を見ていると、主題歌の歌詞にあるように「超絶G難度」の人生を駆け抜ける元気と勇気が湧いてくる。

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