『アンパンマン』の作者・やなせたかしさんの妻・暢さんをモデルにしたヒロイン・朝田のぶ(今田美桜)が幼なじみの柳井嵩(北村匠海)と二人三脚で生きてゆく。朝ドラこと連続テレビ小説『あんぱん』(NHK総合 毎週月~土曜8:00~ほか ※土曜は1週間の振り返り)が始まって1カ月が過ぎた。「なんのために生まれて」「なにをして生きるか」、人生の岐路に立った2人。のぶは教師を、嵩は絵を描くことを選ぶ。この選択によって、やがて嵩は名作『アンパンマン』を生み出すことになると思うとワクワクする。今田美桜と北村匠海の演技が瑞々しい。

  • 連続テレビ小説『あんぱん』朝田のぶ役の今田美桜(右)と柳井嵩役の北村匠海

1973年、絵本として誕生した『あんぱんまん』(ひらがな表記)は、88年、テレビアニメ『それいけ!アンパンマン』(日本テレビ系)となって放送されたことで人気に火がついた。アニメは現在も続いており、88年以降に生まれた日本の子どもであればたいてい一度はアンパンマンを通って育つ。毎年、毎年、入れ代わり立ち代わり、子どもが見て育って羽ばたいていく。『アンパンマン』は世代を超えた人気コンテンツなのだ。

『あんぱん』の第5週までのサブタイトルはすべてやなせ作品の引用である。第1週「人間なんてさみしいね」、第2週「フシアワセさん今日は」は詩集「愛する歌」から。第3週「なんのために生まれて」、第4週「なにをして生きるのか」は「アンパンマンのマーチ」の歌詞にある。第5週「人生は喜ばせごっこ」はやなせさんのエッセイから。書籍のサブタイトルにもなっている。

やなせたかしさんは『アンパンマン』の作者としてとても有名だが、アニメ化されヒットしたのは69歳のとき。それまでは詩人や絵本作家として活動していた。『あんぱん』の脚本を手掛ける中園ミホ氏は、幼い頃、やなせさんの詩に出会い、それが縁で文通していたこともあるという。「やなせたかしワールドをみんなに知っていただきたい」と並々ならぬ意欲をもって脚本執筆に取り組んでいる。彼女が幼い頃、父を亡くして孤独だったとき、やなせの詩の一節「人間なんてさみしいね」に心打たれたそうだ。

サブタイトルにもなっているワードの数々は、ドラマのなかで登場人物が口にする。「人間なんてさみしいね」はジャムおじさんにそっくりなビジュアルをしているヤムおんちゃんこと屋村草吉(阿部サダヲ)、「なんのために生まれて」「なんのために生きるか」は嵩の叔父・寛(竹野内豊)が、それぞれ嵩に語る。この言葉が嵩を駆動し『アンパンマン』になるのだなあと、元ネタを知っているとよりドラマが楽しめる趣向だ。登場人物も、屋村(ジャムおじさん)をはじめとして、『アンパンマン』のキャラクターに当てはめて見る楽しみもある。のぶの妹・蘭子(河合優実)はロールパンナで、メイコ(原菜乃華)はメロンパンナではないか説もある。

それにしても、『あんぱん』は昨今の朝ドラのなかでは珍しく強いメッセージ性を放っている。寛は名言製造機とSNSで言われるほどであるし、屋村も負けていない。「泣いても笑うても日はまた昇る」「絶望の隣はにゃあ……希望じゃ」と寛が言えば、「ひとりぼっちも気楽でいい」「どうせ1回こっきりの人生だよ。自分のために生きろ」と屋村が言う。ついメモってしまいそう。

近年のドラマや映画は多様性を重視し、答えは人の数だけあるという、村上春樹的な抽象的な作風に舵を切る傾向はあるというのに、なぜ、こんなにも人間について、生きる意味について、ド直球に伝えてくるのか。でも、なんだかそれが心地よい。