
2022年、「高校生RAP選手権」で登場したラッパーの#KTCHAN。2004年生まれの彼女は当時高校3年生。その物怖じしない溌溂としたパフォーマンスは、瞬く間に話題となり、2023年にインディーズ・デビュー。MCバトルでの活躍も記憶に新しい。
そんな彼女が今年1月、シングル『距離ガール』でメジャー・デビューを果たし、2月にはセカンド・シングル『ワンチャン』、3月には3rdシングル『キャp@い』を発表した。恋愛をテーマとしたというこの2曲には独特の言語感覚、そして妄想の音楽化がある。村上春樹の小説を愛読し、iriやドージャ・キャットなどを好んで聴くという#KTCHAN。ステージ上で飛び跳ねる彼女とは異なる落ち着きで、いまの#KTCHANを形作った経験やラップへの思いについて語ってもらった。
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―今年1月にメジャー・デビューされてからの環境の変化は感じますか?
#KTCHAN:これまでやってきたチームと共にメジャー・デビューだったので、周りの人たちが大きく変わったことはないですけど、これまで以上にたくさんの場所で『距離ガール』のプロモーションをして、そういう変化は実感していますね
―ダンス・ミュージック寄りの「ワンチャン」はどのように作って行きましたか?
#KTCHAN:いつもリリックを先に書くようにしているんです。まずは自分自身の思いや気持ちを、トラックやフロウに影響されずに100%の濃縮度で詰め込みたいので。それからmaseshima soshiさんからいただいたトラックを聴いて、「これだ!」と思えた感じです。ドンドン迫ってくるような疾走感のあるトラックを聴いた瞬間に、好きな人が近づいて来るときの、ああでもないこうでもない、頭のなかでグルグル妄想しまくっているマインドと雰囲気とマッチしました。「ワンチャン」は、町中を歩いていて好きな人とすれ違ったときに、目が合ったか合っていないか、みたいな瞬間のセルフボケツッコミを延々にくり返している曲なんです。
―ワンチャンって言葉はけっこう普段から使いますか?
#KTCHAN:英語のone chanceの訳ですけど、日本独自の流行語みたいな感じですよね。可能性という良い意味のニュアンスもあるけど、「ワンチャン、上手く行かないかも」とかあんまり良くない可能性のときにも使いますし。今回の楽曲に関しては「ワンチャン、いま目が合った?」っていう期待感を込めています。自分でも普段から良く使うし、響きもすごく好きで。
―ファースト・シングルの『距離ガール』も絶妙な造語ですよね。
#KTCHAN:「私はこれを言いたいけど、ちょうど良い言葉が思いつかない」っていうときは、自分で作っちゃいますね。誰でも言えるようなありきたりな普通の言葉が好きじゃなくて、自分が思いついた言葉を使いたい。だから、造語や聴き馴染みのないワードは意識しながら作っていますね。
―あるインタビューで高校生のころは、教室の隅で本を読んでいるような学生だったみたいな話をされていたのが印象的で。どんな本を読んでいましたか?
#KTCHAN:村上春樹さんの小説が大好きで、片っ端から読んで行きました。村上さんの作品は非現実と現実が混ざっていて、そういう世界線で自分の日常を妄想で彩るきっかけになりましたね。
―特に好きな作品はどれですか?
#KTCHAN:う~ん、どれだろう。最初にドはまりしたのは『1Q84』です。4巻ある文庫本で読みました。すごく面白かったです。初めて読んだときに日常はこんな角度で面白く表現できるのかと驚いて。村上さんはジャズも好きだから、そういう自分の好みの話を盛り込んで人間味を感じさせてリアリティがあるのに、暗殺はちゃっかり描くんだ、とか。あと、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』も好きです。何の終着点もない世界に救いを求めるのか、現実で生きて行きたいのか。小説を自分の人生とも重ね合わせて、私だったらどうするだろうとか、そういうことを考えるようになりましたね。村上さんの小説を読むことで日常生活におけるセンサーが鋭くなった気がします。たとえば、物語のなかの水を飲む描写に心が揺れ動いたら、水を飲むたびにその表現を思い出すし、そういうひとつひとつの、人生の当たり前の動きや言動が素敵に感じられる感覚を養えたと思います。
―小説以外で影響を受けた作品や表現はあったりしますか?
#KTCHAN:アニメだと、『僕のヒーローアカデミア』や『HUNTER×HUNTER』ですね。現実にはない能力を持った登場人物が、それを使って戦ったり、何かに立ち向かって行ったりするストーリーにワクワクして。そういう作品によって自分の妄想はたくましくなったと思いますし、だからこその「距離ガール」や「ワンチャン」みたいな妄想炸裂系の楽曲なんです。
―#KTCHANと言えば、やはり2022年の「高校生RAP選手権」でのデビューが鮮烈でした。MCバトルは、妄想の世界とは異なるとても生々しい世界ではないですか?
#KTCHAN:現実か現実じゃないかという話で言うと、私にとってあの場所はものすごく非現実的なんです。だって、あんな風に、ビートが流れて即興で、初めて会う対戦相手に何を言われるかわからないし、自分も何を言うかわからない状況って異世界じゃないですか。もちろんお客さんがどういう反応するかもわからない。あの空間が毎回新鮮すぎて、異世界空間に転生している、みたいな感覚でした。夢のなかだったら何でもできるし、そういう感覚でやっちゃえばいい、そんな風に腹を決めてスィッチが入っていました。もちろん、「お前はリアルじゃない」とか「お前はヒップホップじゃない」とかいろいろディスられましたけど。
―いやあ、大変な異世界だと思います。
#KTCHAN:でも、高校生のときは制服を着て出ていましたし。それが私のリアルだったから。私は厳しい家庭環境や訳ありの人生をラップで乗り越えたりしてきた人生ではなくて、ただのJKでした。家に帰れば温かいご飯が食べられるような普通の家庭で生まれ育ってきた身としては、制服を着て悪ぶったりしないで、ありのままでいることが私にとってのリアルだった。それが私にとって誠心誠意ヒップホップと向き合うことだなと思っていたので。だから、「リアルじゃない」とか言われても、「いや、私のリアルはこれです」というのをひたすら貫きましたね
#KTCHAN(Photo by Kentaro Kambe)
―妄想という話が出ましたけど、高校3年間がコロナ禍に直撃したというのは、大きな人生経験でもありますよね。
#KTCHAN:まず喋っちゃいけない、みたいな感じだったので。オンライン授業だから授業中も基本発言できないし、授業時間も短いし、目を休めなければいけないから休憩が長い(笑)。喋るということが制限されまくった時期でしたね。だから、より頭のなかで喋ることが加速して行ったのはあるかもしれないです。妄想レベルが上がったというか。さらに、ひとりの時間でアニメや音楽、本という非現実の世界を与えてもらって、そういう時間を過ごせば過ごすほど、どんどん自分の脳が旅に出かける時間も増えて行くし、その旅の距離も長くなって行ったと思います。そういう期間が、リリックにも影響していると思います。あと、コロナの頃は、マスクイケメン、マスク美人問題もあって。
―マスクイケメン、マスク美人問題(笑)。
#KTCHAN:最初の出会いがマスクした状態だったりするので。あえて先にインスタで顔を出しといて、「私はこういう顔だから期待しないでね」っていうスタンスで生きるようにしていました。だから、DMでの駆け引きや言葉の心理戦は加速して行った気がしますね。思春期にそういう恋愛をした私の世代は、その後もその脳みそで恋愛していると思いますね。
―それはなかなか考えたことがなかったです。ところで、どんな音楽が好きですか?
#KTCHAN:高校生のころはiriさんがすごく好きでよく聴いていました。それがのちにメロディアスなラップに興味を持つきっかけになりましたし、「距離ガール」のトラックは、iriさんの楽曲も担当されているESME MORIさんと一緒に作りました。iriさんは、ストレートにバンッと何かを言うよりは、いろんな描写から芯の部分が見えてくるようなリリックで、それが私に合っていて。というのも、たぶん自分は人よりも時の流れが遅めだなと思うんです。バババババッというより、フワ~ン、フワ~ンという時間軸に生きている気がしていて、そういう時間の流れにiriさんの音楽がマッチして。いまよく聴くのはドージャ・キャットさんですね。声色を何個も使い分けるし、キュートな部分もあるけど、クールで、メロディアスで、ヒップホップでもある。そういういろんな要素のある世界観が好きです。
―ラップの技術はどうやって磨いていますか?
#KTCHAN:意識しているのは、インプットとアウトプットですね。日本にかぎらず、いろんなアーティストさんの楽曲やトラック、ラップのフロウを聴いて細胞を増やしていくのは意識しています。そこから自分なりに表現するのであれば、どうすればいいのかというのを考えて。あと、私、サウナが好きなんですけど、サウナにはテレビのモニターがあるじゃないですか。そこに出てくる字幕を見て韻を踏んだり、駅で看板とか何を見ても韻を考えるようにしています。とにかく目に入ったものを口にして、韻を考える癖はありますね。そういうところでライミングの脳みそをトレーニングしていると思います。
―「距離ガール」と「ワンチャン」、それぞれのシングルにはSped upヴァージョンを入れていますね。
#KTCHAN:私がいまいちばん聴いてほしいと思っている同世代の女の子たちから、「KTちゃんのおかげで勇気を出して行動出来ました」とか「チャレンジしてみようと思いました」とかメッセージをもらうことが多くて。そういう子たちに共感してもらったり、楽しんでもらったりしたくて、入れました。やっぱり同世代の子たちはTikTokとかのSNSを活発に使うので、そこで使える音源があったら面白い。実際に「距離ガール」も振り付けを作って踊ってくれている人がいて、私もその振り付けで踊って投稿しましたし、そういう風に広がるのは嬉しいです。今回の「ワンチャン」のSped upもいろんな奇抜な使い方をしてほしいなって。
―ところで、いまは大学生活とアーティスト活動を両立している感じですか?
#KTCHAN:いまはありがたいことにお仕事が忙しくて、大学にぜんぜん行けていなくて単位を落としまくって来年進級できるかヒヤヒヤしている大学2年生です(笑)。もちろん大学に入る時点でラップとは出会って活動はしていましたけど、元々心理学や哲学に興味があって、大学でそういうことを学びたいとは考えていました。もうひとつ、大学に入ろう思った理由は、同世代の日常を生で感じておきたかったからです。同世代の人たちが経験しているキャンパスライフを感じていないと同じ目線で書けないリリックもあると思ったし、そういう当たり前の日常を実感しておきたくて。正直、通い切れるかわからなかったけど、行くだけ行ってみよう、と。
#KTCHAN(Photo by Kentaro Kambe)
―「高校生RAP選手権」で多くの人の前に出るようになって、いまはいちラッパー、アーティストとして表現しているわけですけど、それを支えているモチベーションはいまどこにありますか?
#KTCHAN:自分のいまの人生観や価値観を言葉にして残しておきたいというのは大きいです。去年と一昨年といま考えていることはぜんぜん違うし、見えている景色も違う。2年前は気づいていなかったことに気づいて言えることもあるし、毎年毎年成長していくなかで言いたいことやメッセージも変わって行きますよね。そのときの等身大だからこそ言えることがあるし、ありがたいことにそういう私の音楽に共感してくれる人がいて。だから、形にして残しておきたいというのが、大きなモチベーションになっています。音楽はもちろんだけど、自分の人生を言葉で綴ったりして残していきたいなと。
―YouTubeのチャンネルも積極的にやられていますよね。
#KTCHAN:はい。私のよりパーソナルな部分をもっと感じてほしくて。
―3月からはツアーが始まりますね。
#KTCHAN:今回のライブハウスツアーでは、「自分がやりたいヒップホップはこれなんだよ」というのを伝えたいし、提示したい。私をきっかけにラップを好きになってくれた方もなかにはいてくれて。そういう人は元々ヒップホップが大好きとか、アンダーグラウンドの世界にどっぷりとかではなくて、言うなれば普通の子たちが多い。そういう人たちが来やすいライブにしたくて、だからクラブじゃなくて、ライブハウスでやりますし。「ラップが好き」っていう理由で集まった人たちが楽しめるライブにしたいです。いまは、フリースタイル・ラップで立った両国国技館に、いちアーティストとして一刻も早く立って、過去の自分を超えたいという目標がありますね。
<リリース情報>
メジャーデビュー3ヶ月連続リリース
1st DIGITAL SINGLE「距離ガール」2025年1月13日配信
2nd DIGITAL SINGLE「ワンチャン」2025年2月28日配信
3rd DIGITAL SINGLE「キャp@い」2025年3月31日配信
@LABEL1.99 / Nippon Columbia
<ライブ情報>
LIVE HOUSE TOUR ワンチャン
2025年3月15日愛知・名古屋RADSEVEN(終了)
2025年3月30日大阪・北堀江club vijon(終了)
2025年34月4日東京・渋谷eggman
イープラスにて発売中 https://eplus.jp/kt-chan/
オフィシャルSNS
HP https://columbia.jp/artist-info/ktchan/
X https://x.com/kt_disritakunai
Instagram https://www.instagram.com/kt_disritakunai/
TikTok https://www.tiktok.com/@kt_disritakunai
YouTube https://www.youtube.com/@kt_disritakunai
︎プロフィール
2004年生まれ、神奈川県横浜市出身。
2022年「第17回高校生RAP選手権」で注目を集め、同年「戦極MCBATTLE」にて新人賞を受賞。
翌年、アーティストとしてインディーズデビューを果たし、
楽曲「BaNe BaNe」はMV関連動画を含めて1,000万再生を突破するなど、大きな話題を呼んだ。
「Yahoo!検索大賞2023」ネクストブレイク部門に選出され、
2024年には「戦極MCBATTLE」で女性として初のBEST4進出を果たす。
同年、自身初のワンマンライブを渋谷WWWで成功させ、2025年1月「距離ガール」で待望のメジャーデビュー。
本作は全国ラジオオンエアチャートで1位を獲得し、Billboard新人チャート「Heatseekers」やUSEN「SNS HIT CHART」など、
各種チャートにも続々とランクイン。初の東名阪ツアー「ワンチャン」もスタートし、その
勢いはさらに加速している新世代 Rapper / Artist。