上村早苗さんの現在の肩書きは、兵庫県淡路島の旅館「あわかん」の女将兼代表取締役。
一方で、自身の中でずっと温め続けてきた、「世界中の子どもたちを幸せにしたい」という夢の実現も、同時に目指しています。そんな上村さんに、キャリアと夢について話を聞きました。
市役所の臨時職員、不動産営業を経て、旅館の女将に
「あわかん」は、兵庫県淡路島で昭和37年に創業した旅館です。現在、女将兼代表取締役を務めているのが上村早苗さん。2009年に縁あって嫁ぎ、経営不振に陥っていた旅館の立て直しに尽力し、現在は“釣りと家族の体験型旅館”として再び軌道に乗せています。
上村さんは淡路島の出身ですが、旅館業どころか接客業の経験もないまま「あわかん」に嫁ぎました。
学生時代までは地元淡路島への思いもなく、島の外での就職を考えていたそうです。
「大学時代は、自分が淡路島出身であることを恥ずかしく思っていました。友達には『いいやん』と言ってもらえるものの、自分では受け入れられず、今思えば、当時の私は、淡路島のことを何も知らなかったなと。
ですから、就職活動も、淡路島の外で働くつもりで行いました。しかし、最終的には内定をすべて辞退しました。私の中にくすぶっていた夢への思いがあり、就職を決断できなかったのです」
上村さんは一体、どんな夢を抱いていたのでしょうか。
「子どもの頃から漠然と、国連で働くことを夢見ていました。紛争地で泣いている子どもたちの姿を見て衝撃を受け、解決したいという思いをずっと抱いていたのです」
結局、上村さんは大学卒業後、淡路島に戻りました。
「父のすすめで応募した地元洲本市のキャンペーンガールに合格し、社会人1年目は、市の臨時職員として働きました。振り返るとこの1年間は、淡路島の魅力を再発見する良い機会になりました」
その後、実家が営む不動産会社に就職した上村さん。創業者である祖父の下で5年間、営業として経験を積みました。
「『やると決めたからには淡路島で一番になる!』と決意し、仕事に打ち込みました。20代で何千万、何億という金額を動かせることにやりがいを感じ、お客さまとの信頼関係を深めるために、本を読んだり、秘書検定を受けるなどして、マナーやビジネス知識の習得にも励みました」
そして2009年、上村さんの人生の舵、キャリアの舵は、まったく異なる方向に切られました。縁あって、「あわかん」に嫁ぐことになったのです。
「あわかんは、夫の祖父母が創業、経営してきた旅館で、夫がその後を継ぎました。結婚当時、すでに祖父は他界しており、祖母も高齢で経営の表舞台には立っておらず、夫がすべてを取り仕切っていました。私は結婚と同時に女将になりましたが、経営状況は厳しく、夫を助けたいという思いと、旅館業なら淡路島だけでなく日本一を目指せるという期待感から、飛び込みました」
ずっと思い続けていれば、夢への道はきっと拓ける
とはいえ、女将としての最初の3年間は、不安な気持ちや悩みが絶えなかったと上村さん。
「業界未経験なうえ、部下を持ったこともなければ大人数で仕事をしたこともない。そんな私が突然女将として現れ、従業員たちはどう思っているのだろうと不安でいっぱいでした。ただ、大学卒業以降にたまたま茶道と華道を学んでいたこと、また、不動産営業時代に独学したビジネスマナーの知識など、女将業に役立つスキルが自分の中に少しあったことには救われました。また、隣接するホテルニューアワジの女将さんが、自分の姿を重ねるように応援してくださったことが非常に心強かったです」
一方で、上村さんのそれまでのキャリアと、業界未経験者ならではの視点は、経営の立て直しに大いに役立ちました。
「あわかんを再び盛り上げるには、ブランディングが必要だと感じました。何か一つ、唯一無二のもの、日本一といえるものを持ち、お客さまに評価していただきたいと。実はこれは、私がキャンペーンガールの活動をしていた時に、ホテルニューアワジの社長から伺い『なるほど』と思ったことなのです。
そして、検討に検討を重ねて生まれたのが、"日本一のフィッシングホテル"というコンセプトでした。もともと売りの一つにしていた釣りを、全面的に前に押し出す経営方針に転換したのです。当初は批判や冷ややかな反応もありましたが、長く続けるうちに受け入れられるようになり、今では『あわかん』の代名詞となりました」
ブランディングが功を奏し、経営は再び軌道に乗り始め、上村さんは女将兼代表取締役に。近年は、社会貢献活動や地域連携の取り組みにも注力しており、そこにも上村さんならではの思いやアイデアが生かされています。
「私はこれまで、多様な職種でキャリアを積んできましたが、子どもの頃から抱いていた夢、世界中の子どもたちの幸せに貢献したいという思いは、常に消えずに残っていました。旅館の女将になってからも、この夢とどう結びつけるかを模索し続けてきました。
近年『あわかん』で、"お子様は王様"をコンセプトに、訪れたお子様が笑顔になれるサービスに力を入れているのも、この、私の夢への思いがあります。さらに先日は、もう一歩踏み出して、社会貢献活動の一つとして、淡路島の児童養護施設の子どもたちを『あわかん』に招待し、宿泊体験を提供しました。
こうした取り組みを、地域から日本、世界に横展開させていくことで、抱いていた夢を実現させることができるかもしれない。異なるキャリアを歩んできたように思っていましたが、ついに夢につながる道が見えてきたと、今では確信しています」
課題多き毎日も、夢があるからこそ乗り越えられる。夢への道筋が見えているから、この先の未来も信じられると上村さん。
こうした自身の経験やキャリアを踏まえ、夢への道は一つではないこと、諦めなければいつかきっとそこにたどり着くための道を見出せるはずだと、若い世代に伝えたいと話します。