カメラの交換レンズなどを手がける総合工学機器メーカーのタムロンは、「第17回タムロン鉄道風景コンテスト」の特別イベント「鉄道博物館ナイトミュージアム撮影会&鉄道撮影マナー講座」を7月21日に開催した。
JR東日本大宮支社の協力により、鉄道博物館のナイトミュージアムを会場にイベントを開催。コンテストの審査員を務める鉄道写真家の広田尚敬氏と金盛正樹氏によるマナー講座が行われた。
広田氏らが呼びかける7つの鉄道撮影マナーとは
タムロンは2008年から「タムロン鉄道風景コンテスト」を開催しており、コンテストを通じて鉄道撮影時のマナー向上を呼びかけている。同社公式サイトにも、コンテストの審査員を務める広田氏からのメッセージとして、鉄道撮影のマナーを掲載している。
その一方で、撮影者による悪質な行為は近年、鉄道ファンでない人もマイナスのイメージを持つほど目立ったものとなっている。場合によっては逮捕され、罪に問われるケースも聞くようになった。
こうした昨今の背景から、「鉄道風景コンテスト」の主催者として、改めて鉄道撮影マナーの大切さと撮影の楽しさを発信するため、マナー講座を今年も開催した。無料招待した約300名の参加者を3グループに分け、それぞれ約15分間の講座を実施。時間により、広田氏、金盛氏が交互に講師を担当し、両氏とも「鉄道撮影マナーのお手本になってほしい」と呼びかけた。
マナー講座では、「タムロン鉄道風景コンテスト」の特設サイト内にある「鉄道撮影のマナー」というページに掲載された7つのマナーを軸に解説が行われた。1つ目は「列車運行と撮影者の安全を最優先させよう」。金盛氏が「至上命題」、広田氏が「当たり前、基本のキ」と言うほど重要なマナーであり、列車の安全運行、自身や周囲の安全を妨げないことが撮影の大前提となる。
2つ目は「撮影者は互いに譲り合おう」。これに関して、「鉄道撮影に限らず社会人としてのマナーですね。お互いのことを考えながら、トラブルなく、皆で楽しく、気持ちよく撮影できるようにしていただきたい」と金盛氏。広田氏は、「不思議なことに、(撮影場所に)女性が来るとみんな言うんですよ、『どうぞ』って。でもね、男性が来ても『どうぞどうぞ』と譲ってあげてくださいね」と話した。
3つ目は「車体に向けての撮影はストロボをOFFに設定しよう」。フラッシュの光で運転士の目がくらむと、列車の安全運行に支障をきたすおそれがある。また、駅猫など動物の目にも良くないため、発光しない設定で撮影することが必要。4つ目は「人物スナップを撮る場合は声をかけよう」。金盛氏は、「昔は肖像権的な意識はあまりなかった」と振り返りつつ、「黙って撮られると、自分のことで考えたときにあまり気持ちよくないので、『撮らせてもらっていいですか』などのひと声をぜひお願いします」と語った。
5つ目は「撮影場所を考えてみよう」。安全運行を脅かす可能性があるため、私有地、線路際、鉄道敷地内には絶対に立ち入ってはいけない。6つ目は「避けるために考えてみよう」。植物や構造物などが写真に入り込む場合でも、それらを切ったり摘み取ったりしてはいけない。むしろ、ぼかしに使うなど、工夫して避けるように提唱している。
最後の7つ目は「撮影地を綺麗にすることを考えよう」。撮影地にゴミを捨てないことは言うに及ばず、可能なら、見つけたら拾っていくくらいの気持ちで臨むことを参加者に呼びかけた。
安全を守り、人にやさしく撮影した写真の例も
7つの鉄道撮影マナーを解説した後、講師による作例紹介も行われた。金盛氏の講座では、カーブの外側から撮影した「サンライズエクスプレス」の写真を紹介。踏切で歩行者が立ち止まる位置から撮影し、しっかり列車の姿をとらえている。その他にも、安全に撮影できる場所として、陸橋からの流し撮りや、空間を生かして撮影した列車の走行風景などを紹介した。
とくに金盛氏が詳しく説明した作例は、右手前から左手奥に走り去る「カシオペア」の牽引機と客車の1両目を写した写真だった。それを見ながら、「視点を変えてみましょう」と金盛氏。「ヘッドマークもあるし、前から撮りたくなるのが一般的」と前置きしつつ、「自分だけは後世に違う記録を残してやろうじゃないか、みたいな心意気があっても面白いのではないか」と述べた。
広田氏は、まず「大事なのは謙虚な気持ち」と話した上で、大崎駅から高輪ゲートウェイ駅まで前面展望を撮影した様子を動画で紹介。乗車前、運転士にひと言断った上で動画を撮影し、高輪ゲートウェイ駅に着いた後も、安全のため、柵の内側から写真を撮影したと振り返る。
写真の作例として、車内で撮影した家族のスナップを紹介。ひと声かけて写真家という身分を明かし、許可を得て撮影したという。その際、「やっぱり大事なのは、感謝の気持ちと思いやりなんですよね。そういう気持ちで撮ると、優しい写真が撮れます」と添えた。その他にも、「渋谷ストリーム」で東急東横線の線路跡に沿う店舗前を並んで歩く2人のスナップなど紹介しつつ、「自分だけが撮れるような写真が大事な気がするのです」と広田氏は語った。
両氏の講義に共通していたことは、人と違う写真、個性のある写真を撮るということだった。有名撮影スポットに複数の撮影者が集まり、同じように撮影した写真よりも、自分で見つけた場所や独自の視点で撮影した写真を重視しているように感じられた。
もちろん、有名撮影スポットにも、有名になるだけの良さがある。そうした場所で列車を撮っても良い。筆者もときどき有名撮影スポットを訪れることがある。他の人と同じように撮る写真も、独自の視点で撮る写真も大切だが、いずれにしても安全を最優先にし、他者(個人・鉄道事業者の両方)に謙虚であることが求められるだろう。
ナイトミュージアムを楽しむ参加者、イベントの意義とは
鉄道撮影マナー講座以外の時間は、鉄道博物館のナイトミュージアムを自由に撮影する時間となった。事前予約制で、タムロンレンズの無料レンタルも行われ、対応するカメラマウントを持参していれば、レンタルレンズに付け替えて撮影することもできた。レンズ貸出しの横でJR東日本大宮支社も出展しており、その場で公式X(Twitter)をフォローした人へノベルティプレゼントも行われた。
本館1階「車両ステーション」では、来場者数1,400万人達成記念ヘッドマークを掲出した蒸気機関車C57形をはじめ、さまざまな展示車両を参加者たちが思い思いに撮影していた。その間、撮影したら後ろの人に位置を譲る、親が子を見守ったりカメラ操作を教えたりするなど、良い雰囲気の中、撮影を楽しんでいた様子だった。
ところで、今年や昨年の「鉄道博物館ナイトミュージアム&鉄道撮影マナー講座」についてのSNS上の反応を振り返ったところ、「マナーの悪い人はそもそもマナー講座に来ない」「今更啓発したところで何も変わらない」といった趣旨の投稿を複数見かけた。たしかに、他人の注意を受け入れ、自らを改められる人がすべてであれば、鉄道撮影の悪質行為は社会問題になっていない。厳しい言葉が飛ぶことも理解できる。
しかし、このような鉄道撮影マナー講座が開催されること自体、鉄道事業者やカメラメーカーが撮影者の悪質行為を問題視していることでもある。その上で、講師としてプロの鉄道写真家を招き、安全・マナーを守りながら撮影した写真を紹介することで、危険を冒して・他者に迷惑をかけて写真を撮る意味がないことを周知している。そして、講座に参加した人が各地でそのマナーを実践し、可能なら声もかけ合い、良いマナーをさらに広めていく。このように、「公式も問題視している」「安全・マナーを守ってこそ良い写真が撮れる」「講座の参加者からさらにマナーアップを促す」などを世に広めることに、イベントを開催する意義があるのではないかと筆者は考えている。
一方、あまりにも悪質な場合や、すぐにでも対処しないと危険な状況などもあるかもしれない。だからといって、迷惑行為を取り締まってそこで終わりにしてしまっては、鉄道撮影に対するマイナスイメージは払拭できないだろう。すべての人が安全に、気持ちよく鉄道撮影を続けていくためにも、ひとりひとりが安全を優先し、他者に配慮する姿勢を続けていくことが必要ではないか。