ミヤビたちが世界のどこかに生きているリアルを

――『アンメット』は準備期間も非常に長く、昨年の9月頃から、1回につき8時間ぐらいかけて、杉咲さんや若葉さん、監督たちとミーティングを重ねてきたとのことですが、そのなかで『アンメット』を作るうえでこれは大事にしようと決めたことはありますか。

杉咲さんはよく、視聴者の方が自分を投影できるような登場人物たちであってほしい、実際に自分たちが生きているこの世界のどこかに、地続きでミヤビたちが生きているような感覚を持ってもらいたいと言っていて。その思いを受けて、どんな脚本、台詞にすればそれを表現できるのかを話し合う場面が多かったかもしれません。ドラマである以上、視聴者の方に情報をちゃんと理解していただかないと話が進んでいかないのですが、“説明台詞”って、役者にとっては今自分は誰に向かって話しているんだろうと違和感を持ってしまうし、医者同士で、医者じゃない誰かに聞かせるための台詞が出てくるだけで、一気にリアリティが失われてしまう。でも説明しなきゃ成り立たないし、どうバランスを取ろうかとたくさん議論しました。そこも含めて、『アンメット』は登場人物も多く、一本の線にまとめて構成していくのが本当に難しく、複雑な作品。ここまで世界観をしっかりと構築して、緻密な構成の脚本にしてくれたのは、完全に脚本家の篠崎絵里子さん(崎はたつさき)の力です。

静かな手術シーンが生まれたきっかけ

――説明台詞以外が少ないという点は、手術シーンにも表れていると感じます。目のアップ、手のアップ、時計の音、といったシンプルな情報で構成された静かな手術シーンは、これまで多くのドラマで描かれてきた疾走感あふれるダイナミックな手術シーンとは全く違った演出だという印象を受けました。あの手術シーンはどのように生まれたのでしょうか。

まず、『アンメット』は「手術して何かが変わって、すごく良くなった」という変化を描くドラマではないから、手術シーンがエピソードの見せ場、盛り上がりのピークに見せたくないという前提があります。そのうえでどう演出するのかは一つの課題でしたが、昨年末頃、手技の練習のために監修でお世話になっている病院に行ったら、「今手術が入ったから、見学する?」と先生が言ってくださって。人数に制限があったので、僕は見られなくて、杉咲さんと若葉さんと監督が見学したのですが、もう、目からウロコを落として帰ってきました。僕らがこれまで数々のドラマや映画で見てきたイメージで、一言も交わせないくらいの緊張感がずっと続く空間なのかと思いきや、もちろん集中力がグッと高まる瞬間もありますが、役割によっては世間話をしているようなリラックスした時間もあったらしく。監修の先生から「実際はこんな感じなんだよ」と話を聞いていたものの、3人は自分の目でつぶさに見て衝撃を受けたようで、『アンメット』の手術シーンの方向性が決まる大きなきっかけになりました。実際に5話や7話で、準備をしながら餃子の話や他愛もない世間話をするやりとりを入れてみたのですが、これまでにあまり見たことのない、リアルなシーンになったんじゃないかと思います。

――あのやりとりでは、野呂(佳代)さん演じる成増先生がとてもいい味を出していました。

本当は、ミヤビの脳外科医としての手技がすごく速くて上手だということをもっと表現したいんですけど、野呂さんと千葉(雄大)さんの“目”に頼っています(笑)。手術シーンといえば、7話の嗅神経を剥がして腫瘍を切除するシーンで、「“一番”見えました」というミヤビの台詞があって。脳外科医の先生は嗅神経を「一番神経」と呼んでいると聞いて、じゃあ当然ミヤビもそう言うよねということで取り入れました。嗅神経を剥がすことはちゃんと説明したから、視聴者も「一番って何?」と集中力が途切れることにはならないんじゃないかと信じて、やってみようと。リアリティにこだわりながらも、視聴者を置いてけぼりにしないよう、不親切になりすぎないように、紙一重なのですがバランスを取りながら演出しています。

  • 手術シーン撮影の様子

第9話ラストは最大の挑戦だった

――リアリティといえば、先週10日に放送された9話の、杉咲さんと若葉さんの長回しのラストシーンも、「ドキュメンタリーのようだった」と話題を呼んでいます。あのシーンはどのように生まれたのでしょうか。

あのシーンは、『アンメット』最大の挑戦だったのではないかと思います。もちろんほとんどの台詞は脚本に沿っていますが、「アリを見ていた」など三瓶の子ども時代の話は、二人の会話をより自然で感情豊かなものにするために、台詞ではなく、脚本の篠崎さんが作ったいくつかのエピソードや情報を若葉さんに預けて、本番のときの感情で選んで話してもらいました。もちろん初めての試みでしたが、お芝居がリアリティを帯びる大きな助けになったと思います。また、撮影は一発勝負の長回しで、役者二人もスタッフも、とてつもない緊張感の中にいました。プロデューサーとしては、全員が最高のシーンを撮るために集中しているリハーサルの光景にも、実際に撮れたシーンと同じくらいの感動を覚えました。