文⚫︎池田直渡 写真●トヨタ、池田直渡



 3月25日、トヨタは豊田市と岡崎市にまたがる山間部に、かねてより建設を進めていた「Toyota Technical Center Shimoyama」の全面運用を開始した。



 取材に行った筆者が圧倒されたのは車両開発棟と来客棟を備えた西エリアの建物。その規模感は羽田空港並み。建物の反対側の端まで歩いて行かれる気がしないサイズ。そして、これは下山のごく一部でしかない。




来客棟の内観。サプライヤーなどトヨタ社外の人員も施設を訪れ、協力して車両を開発していく

 全体図を見て貰えばわかる通り、この他に中央エリアと東エリアが一体となってテクニカルセンターを構成している。ポイントは中央エリアの「カントリー路」というのどかな名称で呼ばれるコース。実はこのコース、ニュルブルクリンクの北コースの特徴を織り込んで設計されている。




Toyota Technical Center Shimoyama 全体図

 高度経済成長時代、自動車メーカーのテストコースとは、「安全に」性能を測定するものであり、公道走行に必要な性能を有しているかを試すためのもの。企業の施設なのでそこで無茶をして人命に関わるような事故が起きれば警察の介入を招くことになる。それはややこしいことになるので、そこまでの厳しいテストは想定していなかった。



 しかしながら、クルマの性能が上がり、アウトバーンなどを含めたより厳しい条件での性能が求められるようになったため、自前のテストコースでは不足が生じ、世界中のメーカーはより厳しい条件を求めてニュル詣を開始した。もちろんトヨタも例外ではない。特に先代のクラウンなどはニュルで鍛えたことが大きなセールスポイントになっていた。



 しかしながら極めて単純な話、ニュルは遠い。そして多くのメーカーが利用するだけでなく、一般客も走行できるというその特徴上、好き勝手に使えない。多くの利用者と協調して、テストを行わなければならないわけだ。



 トヨタはそうした高負荷のテストのために、北海道は旭川から北上した豪雪地帯に、後にセルシオの開発で有名になった士別テストコースを作った。もちろん積雪や氷のテストができる意味は大いにある。そうした用途には最適なエリアなのだが、山岳路を使う高負荷テストには積雪は邪魔になる。そうしたテストが冬季には難しい。



 当時はそこまでの厳しいテストが必要な車種は限られるということだったと思われるが、もっといいクルマを掲げた昨今のトヨタにとって、より厳しい負荷が求められるテストの頻度が高くなり、その結果より使い勝手の良い、つまり豊田市のトヨタ本社からそう遠くないところに新たなクルマの修練場が欲しくなった。



 下山の開発計画は古くは30年前にスタートしているという。そこに自社の都合でいつでも好きなだけ使える「My ニュルを作ってしまえ」というコンセプトが持ち込まれた。そうなるとそこは当然車両開発拠点になる。具体的に言えば、テストコースでクルマが壊れるまでシゴキ、そのまま隣接するガレージで直す。さらにその隣には設計部隊がいるので、どう壊れたか、どう対策するかをすぐ設計に反映する。「走る・壊す・直す」のルーティンが高速で回せることに大きな意味があるのだ。



 さらっと書くとわかりにくいが、ポイントは「壊す」のところにある。「想定した負荷をかけて壊れなかった」ことを検証するのではなく、「壊れるまで徹底的に負荷をかける」のだ。そして壊れるまでの負荷をかけるには、より高速で負荷の高い難しいコースが必要になる。



 実は下山は、これまでも段階的に開業してきたので、筆者も2回ほど件の「カントリー路」を走ったことがあるが、他のテストコースと違い、助手席に必ずトヨタの匠スタッフが同乗して「ここはスピードを落としてくれ」と強く要請される。実はこのコース、トヨタのテストドライバーでも全員走れるわけではなく、走行するための資格が必要なほど厳しいと聞く。速度を上げると、ラインが1本しかないからだ。それを知らずに踏むと、ガードレールへまっしぐらというまさにニュル並みのハイリスク仕立てである。そういうコースがあるからこそ「走る・壊す・直す」がただのお題目ではなくなるのだ。





 「Toyota Technical Center Shimoyama」の総工費は3000億円、GRとレクサスを中心に常駐スタッフ3000名の大規模施設である。ほぼ町がひとつできたようなもので、まあすごいものを作ったものだ。



 オープン式典に展示されたクルマはGRヤリスだが、どうみても事故を起こしたクルマである。これはマスタードライバーのモリゾウ氏がテスト中に横転して壊したクルマ。コースはカントリーコースではないが、エンジンオフにした際に駆動力切り替えモードがデフォルト値に戻ってしまい。モリゾウ氏が想定していたモードに入っていなかったため挙動が大きく違った結果コース外に乗り上げて横転した。これにより、エンジンをオフにしても前回の走行モードを維持するカイゼンが行われた。そしてこのクルマを「走る・壊す・直す」の象徴として保存することにしたのである。




オープニング式典では開発中に事故を起こしたGRヤリスが展示された。これは非常に異例なことだ

 さて、トヨタはこれだけの設備を手に入れて、これからどういうクルマを生み出していくのだろうか。否応にも期待が高まるところである。