ロイヤルエンフィールド、1901年に製作したブランド初のモーターバイシクルを記念して「プロジェクト・オリジン」を発表

2024年3月、ロイヤルエンフィールドは1901年に同ブランドが初めて製作した”モーターバイシクル”を忠実に再現した「Project Origin(プロジェクト・オリジン)」を発表した。このマシンは、ロイヤルエンフィールド不朽のレガシー”ピュアモーターサイクリング”の礎を築いたマシンだ。

【画像】ロイヤルエンフィールドが1901年に初めて製作した”モーターバイシクル”を忠実に再現した「Project Origin」(写真10点)

ロイヤルエンフィールドのキャッチフレーズである「Since 1901」は、ヘリテージと過去の豊かさが彼らにとっていかに重要であるかを物語るものであり、「プロジェクト・オリジン」はこの精神を体現したものだ。また、1901年という年は、モーターサイクルの世界で非常な重みを持ち、ロイヤルエンフィールドは現在まで継続して生産しているモーターサイクル・メーカーの中で最も古い存在となっていることを意味する。

「プロジェクト・オリジン」の構想は、ロイヤルエンフィールドの社内歴史家ゴードン・メイが、設計チームとエンジニアリング・チームに投げかけた課題から生まれた。

1901年にフランス人のジュール・ゴビエが、ロイヤルエンフィールドの共同設立者でチーフデザイナーのボブ・ウォーカー・スミスと手を携えて開発した、ロイヤルエンフィールド初のプロトタイプに焦点が当てられた。1901年当時はまだオートバイ産業が十分に確立しておらず、モーターサイクルショーは存在しなかったため、このプロトタイプはロンドンで開催されたスタンレー自転車ショーに展示された。これが、ロイヤルエンフィールド製のモーターサイクルが一般に公開された最初の機会だった。

しかし、このモーターサイクルは現存しておらず、ロイヤルエンフィールドの歴史的パズルの主要なピースが欠落していた。設計図もブループリントも現存しておらず、このモーターサイクルがどのように作られたのか、参考になるものは何もない。残っているのは、1901年に撮影された数枚の当時の写真と宣伝用の広告、図解入りのニュース記事だけだった。しかしこれらは、このモーターサイクルがどのような形で、どのように機能したかを示す基本的な手がかりを与えてくれた。参考にすべき資料はわずかだったが、このことがその挑戦をさらに刺激的なものにした。

情熱的に溢れたロイヤルエンフィールドのボランティア・チームがすぐに集められ、発見と探検の旅に出発。歴史書を遡り、モーターサイクル先駆けの時代の情報と、1世紀以上も前のナレッジをできるだけ多く発掘した。ロイヤルエンフィールドUKとインドの技術センター、そして名門フレームビルダー「ハリス・パフォーマンス」やヴィンテージ・モーターサイクル専門家たちも協力し、デザインパズルのピースを全て揃えるための宝探しが始まったのだ。

ロイヤルエンフィールドの原型となったこのモーターサイクルが、メカニズムやエンジニアリング、人間工学のどれをとっても今日のモーターサイクルとは一線を画していることは明らかだった。最も大きな違いは、1.75馬力エンジンの搭載位置だ。それは前輪の上のステアリングヘッドにクランプされ、クロスした長い革ベルトを介して後輪を駆動する。ジュール・ゴビエは、後輪を駆動することで、前輪駆動のワーナー式モーターサイクルにありがちだった横滑りが減少すると期待していたのだ。また、他の多くのエンジンとは異なり、クランクケースは水平に分割されていた。縦割りのクランクケースから漏れたオイルが前輪に垂れるという問題を避けたのだ。

ロングマーレ式のスプレー・キャブレターは、シリンダーヘッドの高さより少し低い位置にあるガソリンタンクの側面に設置されていた。二次供給は排気から取り出され、燃料を温めて凍結を防ぐためにミキシング・チャンバーの周囲を通過する。潤滑のためのオイルは、シリンダーの左側にあるハンドポンプでクランクケースに注入しますが、このオイルは10~15マイルほども走ると燃え尽きてしまい、そのたびにオイルを注入する必要があった。シリンダーヘッドには、機械式の排気バルブと自動式の吸気バルブがあり、吸気バルブは弱いスプリングで閉じられ、真空で開く。ピストンがシリンダー内を移動すると、吸気バルブが吸引されて開き、混合気が導入される。点火は、タイミング側アクスルのコンタクトブレーカー・アッセンブリーが振動コイルを作動させ、スパークプラグにパルスを送る方式だ。非常に低い回転数でも良好な燃焼が得られる。

マシンを始動するにはペダルの力が必要だ。エンジンが始動したら、ガソリンタンクの右側にあるハンドレバーでキャブレターを操作し、アイドリングから全開までをコントロールする。スロットルはなく、ハンドルレバーで開くバルブリフターにより速度を調節していた。速度を落とすのもバルブリフターの操作だ。これで排気バルブが開き、シリンダー内が真空でなくなると、自動吸気バルブは閉じたままとなって、シリンダーヘッドに新しい混合気が入ってこない仕組みだ。ライダーが排気バルブを閉じると、すぐに吸気バルブが開いて再びエンジンが始動する。見ている人はエンジンが断続的に停止していると思うかもしれないが、ライダーは単にスピードをコントロールしているだけなのだ。

前輪にはバンドブレーキがあり、左手でボーデン式レバーとケーブルを操作する。後輪にもブレーキが備わり、こちらはバックペダルでの操作だ。サドルは革製のリセット・ラ・グランデ、26インチホイールにはクリッパー2×2インチタイヤが装着されていた。

このような背景情報をすべて収集した上で、「プロジェクト・オリジン」チームは、現代と旧世代の技術や慣習を組み合わせ、忠実に動くレプリカを一から作り直すことに着手した。形になるにつれて、構成部品の製造に必要な職人技と専門知識のレベルが明らかになった。最も複雑で入り組んだエレメントは、折り目正しい真鍮タンクの構造だ。一枚の真鍮板から見事に手作りされたもので、折り畳みと成形、ハンマーによる打刻、はんだ付けなど、今ではほとんど忘れ去られた古い道具や技術を駆使している。

ハリス・パフォーマンスのチームによって、チューブラーフレームが精巧に真鍮加工され、同じく真鍮製のレバーやスイッチ類も手作業で加工された。エンジンは完全にゼロから構築されている。参考となる設計図や技術的な図面がないため、チームは1901年当時の数少ない写真やイラストを丹念に研究してCADで設計し、各コンポーネントを鋳造または機械加工した。

さらに、チームは前後のバンドブレーキとキャブレターを一から作った。1901年のスタンレー自転車ショーで初めて一般公開されたときのような佇まいを与えるため、パラフィンランプ、ホーン、革のサドル、車輪などはすべて入念に調整され、ニッケルメッキが施されている。

「プロジェクト・オリジン」は、ロイヤルエンフィールドの輝かしい物語における新しい章の象徴だ。1901年、あの魅力的な、ゆっくりと回転する、ドゥッ、ドゥッ、ドゥッという音を立てるエンジンから始まった最初のモーターサイクルは、その後123年間も続く素晴らしい冒険の礎なのだ。