東京・上野の東京藝術大学大学美術館で、「大吉原展」が始まりました。開催前に公式サイトでキャッチーに謳われた、“イケてる人は吉原にいた”“ファッションの最先端”などのコピーに対して、「女性の性的搾取が行われていた負の歴史に触れていない」「吉原を美化している」と、SNSを中心に批判が上がっていた同展。主催者側はそうした声を受け、「本展に吉原の制度を容認する意図はありません」と強調、広報の表現で配慮が足りずにさまざまな意見が集まったことを重く受け止めたとし、広報のあり方を見直しながら、「美術作品を通じて江戸時代の吉原を再考する機会」として予定通り開催。約250年続いた“幕府公認の遊廓”の文化と芸術を約230点の作品を通して探求するもの、と趣旨を紹介しています。

  • “イケてる人は吉原にいた”などのコピーに対し「負の歴史に触れていない」と批判されていた「大吉原展」が開幕した

「吉原」を正面からテーマにした初めての展覧会

吉原は、それまで各地に散らばっていた妓楼を一カ所に集めて管理するために作られた、江戸幕府の公認遊郭でした。遊女のほとんどは前借金の返済にしばられ、自由意志でやめることはできず、その犠牲の上に成り立っていました。一方で吉原には独特のしきたりと秩序があり、格式と洗練を備えた遊興の場として、遊女たちは教養と磨き上げた芸事で客を歓待。芸術文化やファッションなど流行発信の最先端でもあり、3月にだけ桜を植えて楽しむ花見、お盆に飾る遊女を供養する燈篭など、贅を凝らした非日常的イベントを季節ごとに演出した虚構の空間は、地方から江戸にきた見物客が訪れる人気スポットでもありました。

  • 同展の学術顧問を務める法政大学名誉教授の田中優子さん

「吉原を正面からテーマにしたものとしては、初めての展覧会ではないかと思います。喜多川歌麿の浮世絵などは浮世絵展として展示されたことはありますが、遊女の姿や着物、工芸品、吉原という町、そこで展開される年中行事、日々の暮らし、座敷のしつらいなどを含めて、一つの展覧会に集めたことは、今までありませんでした」と、同展の学術顧問を務める法政大学名誉教授の田中優子さん。

日本文化の発信地であり、“二度と出現してはならない場所”

なぜこれまで吉原をテーマにした展覧会が行われてこなかったのか。それは吉原の経済基盤が“売春”だったからに他なりません。田中さんは「借金を返すまで出られないというのは明確な人権侵害であり、吉原をはじめとする遊郭という組織は、二度と出現してはならない場所」、そう強調しながらも、人権思想がなかった江戸時代と現代の価値観の違い、そして当時の人々が遊女たちの毅然とした品格に対して、ある種の敬意を持っていたことも感じとって欲しいといいます。

  • 歌川国貞《官許 博覧会開業ノ図 新吉原営》 1875年/たばこと塩の博物館蔵

「この展覧会では、吉原の町を満たす人々の声や音曲や唄が聞こえてきそうな賑わいを、絵から感じ取って欲しいと思います。一貫して丁寧に描き込まれているのは着物です。遊女たちは決してその身体を描かれるのではなく、むしろまとっている文化に絵師たちは注目しています」。そして、「遊郭を考えるにあたっては、このような日本文化の集積地、発信地としての性格と、それが売春を基盤としていたという事実の両方を同時に理解することが必要で、そのどちらか一方の理由によって、もう一方の事実が覆い隠されてはならないと思います。本展はその両方を直視するための展覧会です」と、その意義を語っていました。

「大吉原展」のみどころは?

  • 福田美蘭《大吉原展》2024年/作家蔵

展示は現代美術家・福田美蘭さんの描きおろし、出品作品たちをモチーフに花魁や吉原の町並みを描いた《大吉原展》から始まります。“吉原入門編”では、吉原特有の文化やしきたり、生活などを、浮世絵作品と映像でわかりやすく解説。続く「第二部 歴史篇」では、ワズワース・アテネウム美術館や大英博物館からの里帰り作品、喜多川歌麿、歌川広重らの風俗画や美人画などから、吉原約250年の歴史をたどっています。

遊里に関係する希少な装束衣装として、将棋の駒がモチーフの大胆なデザインの小袖や、衣装人形も登場。また高橋由一の油絵《花魁》(重要文化財)は、修復後初のお披露目となります。錦絵の美人図とはあまりにも異なる表現に、モデルを務めた遊女・小袖が完成作を見て、「私はこんな顔じゃありません」と泣いて怒ったというエピソードも。

  • 【写真】注目作品のひとつ、高橋由一の油絵《花魁》(重要文化財)には、「私はこんな顔じゃありません」とモデルの遊女が泣いて怒ったという逸話も

    高橋由一《花魁》1872年/東京藝術大学蔵

第三部では、広々とした展示室の空間全体で吉原の五丁町を演出。なかでも、吉原の妓楼の立体模型で遊女の生活を紹介する《江戸風俗人形》は圧巻。人形・辻村寿三郎、建物・三浦宏、小物細工・服部一郎の3人の職人が一体となり、廓の世界を蘇らせています。

  • 辻村寿三郎・三浦宏・服部一郎《江戸風俗人形》1981年/台東区立下町風俗資料館蔵

  • 辻村寿三郎・三浦宏・服部一郎《江戸風俗人形》1981年/台東区立下町風俗資料館蔵

展示スペースの一角には、「悲しい女達の棲む館ではあるのだけれど、それを悲しく作るには、あまりにも彼女たちに惨い。女達にその苦しみを忘れてもらいたくて、絢爛に楽しくしてやるのが、彼女達へのはなむけになるだろう。男達ではなく、女達にだけ楽しんでもらいたい。復元ではなく、江戸の女達の心意気である。女の艶やかさの誇りなのだ。後にも先にも、この狂乱な文化はないだろう(※後略)」という辻村寿三郎の言葉がパネルで引用されていました。

  • 喜多川歌麿《吉原の花》1793年頃/ワズワース・アテネウム美術館蔵

5年ほど前に企画を構想してからじっくり準備を重ね、開催前に湧きあがった批判で軌道修正、と紆余曲折を経て開催に至った同展。批判の中には首肯できるものも確かにありつつ、絢爛豪華な遊郭の設えや艶やかな花魁の姿にはシンプルに惹かれてしまう気持ちもあり、実際見ないことには何とも言えないし……と勝手にモヤモヤしていた筆者。国内外から集めた美術作品は言わずもがな、フロア全体で吉原の町を体感させるエンタメ性もしっかりありつつ、その歴史背景や廓の構造的問題、遊女の苦境についても解説されており、田中教授が語った「発信地としての性格と、売春を基盤としていた事実の両方を直視する」展示は実現されていたと感じました。そんな「大吉原展」は5月19日まで開催です。

■information
「大吉原展」
会場:東京藝術大学大学美術館
期間:5月19日(10:00~17:00)※会期中展示替えあり/月曜・5/7休、4/29、5/6は開館
料金:当日券2,000円、大学・高校生1,200円