ものづくりと体を動かすこと・食べることが好きで農業の道へ

羽曳野市は大阪市の中心部から電車で30分ほどの都心に近い場所であるが、世界遺産に登録されている古墳や歴史街道があり自然豊かで農地も残る町である。市内の主要駅である近鉄・古市駅を出て、古い町並みが残る住宅街をしばらく進むと、あちらこちらで農作業をしている人が見えてきた。
その中でひときわ目立つのが「七彩ファーム」の手書きの看板。2019年の開園以来、1.5ヘクタールの農地で栽培期間中は化学農薬や化学肥料を使わない農法を実践している。主要作物は羽曳野の名産品であるイチジク、さらにコメと6~7種類の野菜を栽培。中でも大阪で古くから栽培されてきた「河内一寸(かわちいっすん)そら豆」の栽培に力を入れている。栽培している人も少なく絶滅寸前の幻のそら豆だ。

河内一寸そら豆

川崎さんは枚方(ひらかた)市出身で、実家は非農家。元々ものづくりが好きで体を動かすことも好き、何よりおいしいものを食べることが大好きな子供だった。大学は教育学部に進学して一度は学習塾で講師として働いたものの、農業への憧れから退職。農業大学校に入学し、農業技術を学ぶとともにさまざまな資格も取得した。卒業後は、農家実習で世話になった羽曳野市の農業法人「農園たかはし」で5年間勤務し、2019年4月に独立就農した。

インスタにたった1行「援農に来て下さる方、募集しています!」と書いた自己紹介

「七彩ファーム」という農園の屋号は、みんなでいろんなことをしてみたいという気持ちを込めて名付けた。現在は、園主の川崎さんとスタッフ1人で栽培しているが、なくてはならない存在になっているのが援農ボランティアである。年間延べ300人の援農ボランティアが来ており、中には、ほとんど毎週のように来てくれる人もいるという。
「さっきまで料理屋の大将が来ていて、大将がお昼ご飯を作ってくれたんです。だから今日は鯛(たい)めしに紅芯(こうしん)大根の酢漬けと、お豆のたいたん(煮物)とご飯とスープでした」(川崎さん)
何とも豪華である。いつも援農ボランティアに来てくれた人と一緒にお昼ご飯を食べるそうだ。この日は料理人さんの援農ボランティアだったためひときわ豪華であるが、カレーの日もあれば、サバの炊き込みご飯の日もある。どの献立も畑で収穫した野菜をふんだんに使っている。

七彩ファームで援農ボランティアにふるまわれるランチ

援農ボランティアが畑に来るようになったきっかけは、就農して1年半ほど過ぎたころSNSに書いた1行だった。「友人が畑に遊びに来て手伝ってくれた時に『すごく楽しかったし、畑に来て体験したいというニーズがあると思うよ』と言ってくれたのがきっかけでした。返事が来るかどうかもわからないので、インスタの自己紹介の最後に『援農に来て下さる方、募集しています!』とだけ書いたんです」(川崎さん)
アルバイトに来てもらうのも給料を払って人を雇うのも、当時はまだお金の余裕もなく、ハードルが高かった。しかし意外にも控え目に書いたボランティア募集中の文言に反応して、2人からボランティア希望のダイレクトメッセージが届いた。
「まったく知らない方だったんです。そのうちの1人は今も1週間に1度来てくださっています。もう1人は、今でもイチジクの時期にはいつも畑まで買いに来てくれます」(川崎さん)

一度参加すればリピートしたくなる援農ボランティア

「畑に来てくださる援農ボランティアのみなさんは、うちにとってはなくてはならない存在です。畑作業にはまった方は毎週来られます」(川崎さん)
七彩ファームの援農ボランティアはリピーターが多いのが特徴だ。ボランティアへのお礼といえば、一緒に畑の野菜を使ったお昼ご飯を食べて、その時々の野菜があればお土産に持って帰ってもらうというだけ。それでも一度来た人が友達を連れて来てくれ、またその友達が友達を誘って来ることも多い。援農に来る人の職業はバラバラで、リフレッシュできるからと通う主婦、野菜を知ることで料理に変化が出るからという取引先の料理屋の店主、川崎さんの野菜を買っておいしかったからと来るようになった人など、きっかけもさまざま。中には2年も3年も続いている人もいる。

七七彩ファームに援農ボランティアに来た人々

ボランティアへの応募は七彩ファームのホームページにある応募フォームから簡単にでき、その人の都合の良い時に農作業の手伝いができる仕組みだ。畑仕事の後に一緒に食べるお昼ご飯も魅力のようだが、みんな非日常を味わいにやってくる。
さらに、援農ボランティアに来て畑で知り合った人同士が友達になり、別の畑に援農ボランティアに行くようになったという例も。「七彩ファームに来たことがきっかけとなり、農業に興味を持ってくれた人がいることがうれしい」と川崎さんは言う。

農業を通じた新しい出会い 農作業のお手伝いをしながら婚活

七彩ファームでは年に10回以上、とれたてイチジクを使ったピザの会やイチジクの葉を使ったお茶会、もちつき大会などの農業イベントを開催している。とれたばかりの野菜や果物を使った料理とともに農産物への思いや物語を伝えるこれらのイベントは、農家主催だからこそできることだろう。
しかしイベントの目的は、それだけではないらしい。
「人と人との出会いのハブ的な役割ができたらと思っています」(川崎さん)
畑を出会いの場にしようというのだ。

そこで七彩ファームでは2022年から「畑で恋が芽生える農コン」を始めた。共同作業を通じて自然と参加者同士の距離が縮まるし、農作業中に性格も垣間見えるというのが農コンの魅力だ。

農コンの様子

「最初は、取引先の八百屋さんとのコラボで開催したんです。うちの畑で年に10回くらいイベントをしているんですが、参加者はファミリー層が多いんです。それで、20~30代の若い(独身の)方にも来てもらえることはないかと考えて、出会いにもつながればいいなと思って始めました」(川崎さん)

初回は口コミで集客したそうだ。結婚相手を探している人がいると農機具の取引先の人が紹介してくれたり、知人が声をかけてくれたりして、男女10人ずつが集まった。
当日は本気の農作業をした。農コンだからといって、特別な作業を用意したりはしなかった。農作業の後は、ピザを生地作りから始めてピザ窯で焼き、できたてをみんなで食べた。最後に気に入った人の名前を紙に書いて、カップルとなった組だけを発表するという形式をとったそうだ。結果、1組のカップルが誕生してお付き合いが始まった。たまたまこのときできたカップルは農家で働いている従業員と新規就農したばかりの人だったとのこと。その後、どうなったかはご想像に任せよう。

2回目以降は、副業で農コンの運営をしている人に依頼し、LINEを通じて募集をしてもらった。2023年3月の農コンには男女20人が参加。この回では男女ペアでの共同作業としてセロリの刈り取りなどをした。途中でペアを交代するので、参加したすべての異性と話ができる。農作業のあとは、農園でとれた野菜たっぷりのバーベキューなどでランチ。イベントの最後には、それぞれの参加者が気になった人に、連絡先とメッセージを書いたアプローチカードを渡した。するとこの回だけで両想いのペアが5組も誕生したとのこと。また同年5月に行われた農コンも好評で、今後も続けていく予定だ。
また、農コンに参加後、川崎さんのところで援農ボランティアをしたいと願い出てくれた人もいるそうだ。

私にしかできない畑にしたくない

川崎さんには、農業に対して日頃から考えている思いがある。
「(農業が)属人的になるのが嫌なんです。農業には代々培われてきた技がありますが、新規で就農した私にはありません。だから誰でもある一定の作業を覚えればできる農業にしたいんです。そのために、手伝ってくれる方には、なぜその作業が必要なのかを説明しながらやっています」
例えば、イチジクの収穫時期の見極めはかなり難しく、長年の経験と勘がいる。触って柔らかいときと言われてもどのくらいで柔らかいというのか判断は難しい。なぜ、この野菜には支柱がいるのか、支柱はどれくらい土に埋めればいいのかなども、誰にでもわかるように説明する。決して暗黙知を放置しない。また、それぞれに得手不得手があるので、得意そうなことを見極めて作業を頼むそうだ。前職の塾講師をしていた時の経験が生かされているのかもしれない。

「農業は生産して販売するだけの役割ではなく、人と人とを結ぶ無限の可能性を秘めた産業だと考えています。大切な資源なので、私にしかやることができない畑にしたくないんです」(川崎さん)
農業は子や孫に引き継ぐのが当たり前のような風潮があるが、川崎さんは、血縁ではない誰かに引き継いでもらうことも可能性として考えている。「援農ボランティアを続けてくれている方の中で引き継ぎたいと思ってくれる可能性もあるかもしれない。20~30年後には、若手の農家に引き継げるといいな」と。

いま七彩ファームには、川崎さんに会いたくなって畑にくる人もいる。川崎さんの人を包み込むような人柄の魅力もあるのだろう。そんな川崎さんは、忙しい時期でもお昼はほぼ自炊。作った野菜の味を確かめ、おすすめの食べ方を試すためだ。そしてなにより熱々のおいしいごはんが食べたいからである。そのおいしいご飯をめがけて、ボランティアもやってくる。おいしいご飯を食べているときは人は自然と笑顔になる。多くの人と交流ができる「七彩ファーム」は、人と人とのハブ的な存在として躍動している。