「2023年のジャズ」を総括 様々な文脈が交差するシーンの最前線

2023年はジャズにとってどんな一年だったのか? 本誌ウェブで数多くのジャズ周辺ミュージシャンを取材してきた音楽評論家・柳樂光隆が徹底解説。文中で紹介している柳樂の過去記事や、記事末尾の2024年のジャズ注目公演まとめもチェックしつつ、シーンの最前線を体感してほしい。

文中に登場するアーティスト/作品の楽曲をまとめたプレイリスト

UKジャズを支えるエコシステム

これはジャズに限った話ではないと思いますが、コロナ禍前〜渦中に作られた作品もおおよそ出尽くしたことで、新しいモードが始まった感じがしますよね。トレンドみたいなものは存在せず、パンデミック中の研究成果も活かしつつ、各自がそれぞれの表現を突き詰めていく。そんな一年だったと思います。

ジャズは現場で進化する音楽なので、ミュージシャンが世界を飛び回る日常を取り戻したのも大きいですよね。その多くが日本を訪れていて、Love Supreme Jazz Festivalではロバート・グラスパーを擁するディナー・パーティーとドミ&JD・ベックが話題を集め、フライング・ロータスとサンダーキャットルイス・コールというブレインフィーダー勢が夏フェスを席巻。くるり主催の京都音博に出演したティグラン・ハマシアン、ブラッド・メルドーやウィントン・マルサリスといった巨匠のホール公演も見応えがありましたし、ジャズクラブも来日公演が目白押しでした。

ディナー・パーティー徹底解説 グラスパー、カマシ、テラス・マーティンの化学反応とは?

ドミ&JD・ベック、超絶テクニックの新星が語る「究極の練習法と演奏論」

ルイス・コールとジェネヴィーヴが今こそ語る「KNOWER」という奇跡的コンビの化学反応

Photo by Yukitaka Amemiya

そのなかでも、UKジャズ新世代の来日ラッシュは大きなトピックで、これでようやくシーンの本質が掴めたような気がします。まずはエズラ・コレクティヴ。3月にも着席スタイルのビルボードライブ東京で観客を大いに踊らせ、「スタンディングの会場でやったらどうなるんだろう?」と思っていたら、11月に恵比寿リキッドルームで再来日が実現。リーダーであるドラマーのフェミ・コレオソも「忘れられない夜になった」とX(Twitter)に投稿していましたが、ジャズのライブとは思えない異常な盛り上がりで、彼とのインタビューで飛び出したパンチライン「UKジャズはダンスミュージック」を体現する凄まじいパフォーマンスでした。

エズラ・コレクティヴ最高すぎたな。今年観たライブでも断トツ一番の盛り上がり。超満員のリキッドルームに夢みたいな光景が広がってた。

インストなのにコール&レスポンスが巻き起こり、フロアに飛び込んでガンガン踊らせる。日本にUKジャズが広まるうえでも決定的な一夜だった。#EzraCollective pic.twitter.com/W2n56EYgdA — 小熊俊哉 (@kitikuma3) November 28, 2023

「UKジャズはダンス・ミュージック」エズラ・コレクティヴが語るロンドン・シーンの本質

Photo by Aliyah Otchere

その2カ月前、エズラはアークティック・モンキーズなどを押さえて、英国の栄誉ある音楽賞であるマーキュリー・プライズを獲得しています。同賞では以前からジャズ系作品もノミネートされてきましたが、受賞するのは今回が初。それだけでも立派なのに、フェミ・コレオソが授賞式で披露したスピーチがこれまた素晴らしかった。彼は自分たちの快挙が、バンドやUKジャズだけでなく、若者の持続的な音楽活動をサポートしてきたイギリスのNPO団体、音楽教育プログラムの勝利でもあると感謝の言葉を捧げたのです。

フェミのスピーチで名前が挙がったトゥモローズ・ウォリアーズ(以下、TW)は、女性やアフリカン・ディアスポラを積極的にサポートし、優れたジャズ音楽家を輩出してきた教育機関で、フェミいわく「厳密には学校ではなくて、放課後に通うクラブみたいなもの」とのこと。エズラの母体となったバンドもここで結成されたそうです。スピーチではさらに、多様な音楽文化を若者に伝えるマーチングバンドのキネティカ・ブロコ、アデルを輩出した芸術学校ことブリット・スクールなどにも謝辞を述べており、同時にそういった団体/組織への継続的なサポートも呼びかけています。

TWは助成金や寄付などから得た予算で全てのプログラムを無償で提供しており、それについて同団体で講師を務めるサックス奏者のビンカー・ゴールディングに尋ねたら「教育とは水みたいなもの。そもそも生活に必要不可欠なもので、それが簡単に手に入らないのはおかしい」と話していました。UKジャズの隆盛は、アートの多様性や包括性を実現するためのグラスルーツ的な取り組みの賜物でもあるわけですね。そして、そういう背景をもつシーンの看板バンドに賞を与えたことで、彼らを新しい時代のロールモデルと位置付け、イギリスの音楽業界がこれから向かうべき道を示したようにも映ります。それこそマーキュリー・プライズも、人気やセールスではなく内容重視のスタンスを貫くことで、気鋭のアーティストをフックアップする役割を果たしてきたアワードですよね。学ぶべきところの多い音楽エコシステムのあり方だと思います。

キネティカ・ブロコのサマースクール(2023年)で、エズラ・コレクティヴ「Victory Dance」をパフォーマンスするマーチングバンドとダンサーたち

過去と未来をつなぐサイクル

ジャイルス・ピーターソン編纂のコンピレーション『We Out Here』によってUKジャズが脚光を浴びたのが2018年のこと。エズラの受賞はそこからの5年間で、UKジャズの音楽家たちが力をつけ、作品のクオリティを底上げしてきたことを証明する出来事でもありました。エズラと並ぶシーンの柱、ヌバイア・ガルシアとシャバカ・ハッチングスの来日公演からも確実にレベルアップしている様子が伝わってきましたし、ライブは想定外にネオアコ的だったオスカー・ジェローム、パンキッシュで尖りまくりだったWu-Lu同時期にビルボードライブへ出演したヤスミン・レイシーやアルファ・ミスト、マンスール・ブラウンもそうですが、表現の完成度が高まったことでUKならではの個性とサウンドも色濃く滲み出ていたように思います。

ヌバイア・ガルシアが熱弁、UKジャズとクラブミュージックの深く密接な関係

Photo by Fabiola Bonnot

オスカー・ジェロームとは何者なのか? UKジャズの逸材が音楽遍歴を大いに語る

アルファ・ミストが語る「ジャズの探求に終わりはない」音楽的冒険を支える仲間たちの貢献

Photo by Kay Ibrahim

UKジャズ最重要ギタリスト、マンスール・ブラウンが語る孤高のサウンドと日本文化への愛

ヌバイアが以前、「電話一本で駆けつけてくれる豊かなコミュニティがロンドンにはある」と語ってくれましたが、コンペティティブ(競争的)ではなくてサポーティブ(協力的)であるというのもシーン周辺の大きな特徴で、「みんなで一緒に成長しよう」という仲間意識がものすごく強いんですよね。「起用する」というよりはフラッと遊びにくるようなノリというか。しかも、リトル・シムズのようなヒップホップや、ブラック・ミディなどロック寄りの界隈とも距離が近い。その一例ともいえるのがサンファの『LAHAI』で、UKジャズ人脈の重要プレイヤーが集結し、R&Bシンガーという既存の肩書きからは想像もつかないサウンドの飛躍ぶりに貢献しています。

サンファが語る新たな傑作の背景 抽象的なサウンドに込められた「過去と未来のサイクル」

Photo by Jesse Crankson

サンファは『LAHAI』のなかで、西アフリカからイギリスへと移住してきた両親のルーツに思いを馳せつつ、ロンドンでクラブミュージックやグライムに親しみながら育ってきた自分の生い立ちとも向き合い、パーソナルな物語を娘の世代へと語り継ごうともしています。その過去と未来をつなぐサイクルを、彼はエレクトロニックとアコースティックのハイブリッドで表現していて、実験的かつスピリチュアルな音楽性が歌詞の世界観とも密接に結びついている。本人に取材したとき、コドウォ・エシュンの著作から「音楽によっては(過去に)遡れば遡れるほど、未来的に聴こえてくるものがある」という一節を引用し、「アフリカ音楽は直線的な方向に進むのではなく、建築物のように新たな要素を積み上げていくんだ」と語っていましたが、この古くて新しいとしか言いようのないフィーリングは2023年最大の収穫のひとつだと思います。

歴史やルーツと丁寧に向き合った作品でいうと、UKジャズ・ムーブメントの先駆的ユニットであるユセフ・カマールの片割れで、サンファ『LAHAI』にも参加していたドラマーのユセフ・デイズの『Black Classical Music』は海外での評価も高いですね。レゲエやアフロビート、グライムなどアフリカ/カリブ海からの移民がイギリスに持ち込んだリズムを取り入れつつ、黒人蔑視のニュアンスを含む「Jass」(ジャズの語源)を嫌った昔のミュージシャンが代わりに使った呼称をタイトルに掲げている。自分なりにブラックミュージックの古典を再提示しようという志が伝わってきます。

ヌバイアがトリニダードとガイアナ、シャバカがバルバドス、エズラのフェミ・コレオソとTJ・コレオソの兄弟がナイジェリアにルーツをもつように、UKジャズシーンではアフリカ/カリブ系移民の2世・3世が多く活躍しています。自身のバンドでカリブ海や南アフリカとのコネクションを深めてきたシャバカは、Kofi Flexxx名義で発表した『Flowers In The Dark』にもそういった音楽要素を持ち込みつつ、尺八など非西洋文脈の楽器も導入。かたやレゲエ/ダブやジャングルにも精通するヌバイアは、最新シングル「Lean In」でUKガラージに接近しています。共に自分たちのルーツにまつわる文脈を掘り下げながら、独自の表現を探求しているように感じました。

フリージャズと女性たちの躍進

アメリカでも近年、アフリカン・ディアスポラの歴史を辿った重要作がいくつも生まれています。かつてクリスチャン・スコットと名乗っていたトランペッターで、ロバート・グラスパーらと結成した「R+R=NOW」のメンバーでもあったチーフ・アジュアは、ニューオーリンズのブラック・インディアンの首長に就任したことで改名。部族のカルチャーや歴史を深く研究し、コラやンゴニといったアフリカの弦楽器にインスパイアされた「Adjuahs Bow」というオリジナル楽器まで作ったりもしつつ、唯一無二の表現を提示しています。

また、Warpからリリースされたカッサ・オーバーオールの『ANIMALS』もその一つ。本人も「俺にとってアバンギャルドとは、西洋音楽の決まり事を跳ね除け、自分独自の構造や規則、そして自由を見い出すこと」と説明しているように、エクスペリメンタルな電子音楽やヒップホップの影響を汲むコラージュ感覚と、フリージャズ的なアプローチ及びメッセージ性が同居しているのが新鮮で、アルバムではアートをひたすら追求しているのに対し、来日公演ではエンターテインメントに振り切っていたのも痛快でした。

カッサ・オーバーオールが明かす、ジャズの枠組みを逸脱する「異端児」の思想

Photo by Patrick O'Brien-Smith

カッサのライブで躍動していたバンドメンバーのトモキ・サンダース(フリージャズの先駆者ファラオ・サンダースの息子)が、「僕が思うフリージャズは『ジャズ』という言葉を自由にするもの。白人社会が構築した形式を無効にし、自分たちを社会における『不自由な立場』から解放するようなマインドセットを反映した音楽だと思う。それによって自分たちの未来を志向し、祖先とも繋がろうとした」と語っていたのも印象的です。ここには今日のジャズを理解するためのヒントが散りばめられていますし、カッサの盟友であるトランペッターのシオ・クローカーが「『ジャズ』は死ななくてはならない」と常々主張していることにもリンクしています。

カッサ・オーバーオールの革新性とは? BIGYUKI、トモキ・サンダースが語る鬼才の素顔

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「ジャズの世界は狭すぎるし、アメリカは根本的に間違ってる」シオ・クローカーがそう語る真意とは?

Photo by @ogata_photo

シカゴの作曲家/マルチ奏者、エンジェル・バット・ダヴィドが手掛けたジャズ組曲のタイトルも『Requiem for Jazz』でしたが、2023年はこのアルバムも含めて、フリージャズが一つのキーワードになった年とも言えるでしょう。詩人ムーア・マザーを擁する実験的クインテットのイレヴァーシブル・エンタングルメンツが、ジョン・コルトレーンで知られる名門impulse!からアルバムを発表していたり、エイズ救済基金のチャリティコンピ企画「Red Hot」シリーズによるサン・ラのトリビュート作品に、この両組が参加しているのも象徴的です。

フリージャズ的な手法がアクチュアリティを取り戻しているのは、BLM運動やパンデミックを経て、社会のあり方がますます複雑になってきていることも背景にあると思います。この流れで名前が挙がるのは意外かもしれませんが、上原ひろみが新プロジェクト「Hiromi's Sonicwonder」でシンセサイザーNord Leadを派手に弾き鳴らす一方、アブストラクトなソロ作を発表しているトランペット奏者のアダム・オファリルを交えてダークなフリージャズを演奏していたのも、こういう時代の空気と無関係ではない気がしますね。

上原ひろみ、新プロジェクト「Sonicwonder」を語る「今回は想像してるものと違いますよ」

Photo by Mitsuru Nishimura

さらに2023年は、前述したエンジェル・バット・ダヴィドやムーア・マザーも含めて、社会的メッセージとダイナミックな音楽性を兼ね備えるアフリカン・アメリカン女性の存在感が際立っていました。ジョン&アリス・コルトレーンの系譜を受け継ぐNYのサックス奏者、レイクシア・ベンジャミンは新たなスター候補で、最新作『Phoenix』ではゲストに著名なブラック・フェミニストのアンジェラ・デイヴィスや、作曲や器楽演奏をみずから行なっていた女性アーティストの先人として再評価が進むパトリース・ラッシェンを迎えています。ブラック・エクスペリエンスを伝えるNYの詩人アジャ・モネが、チーフ・アジュアをプロデューサーに迎えた『when the poems do what they do』でのポエトリーとスピリチュアルジャズの融合も強烈でした。

極め付けが「世界最高のジャズ・ボーカリスト」セシル・マクロリン・サルヴァント。彼女は最新作『Mélusine』で、12世紀に吟遊詩人が歌った楽曲や1920年代のシャンソンなど様々な時代の楽曲を取り上げつつ、複数の言語を織り交ぜることでハイチとフランスのルーツを反映し、作曲面ではアフリカン・ディアスポラの文脈を散りばめ、歌詞では人種問題やフェミニズムといった社会的イシューへの眼差しも感じさせるという、極めて優れたストーリーテリングを実践しています。僕が取材したときも「共通のルーツを持つ言語が、何世紀、何千年という時間を経て、変化を遂げていることに気づく」と語り、同じルーツから派生していった言語が持つテクスチャーや響きの違いについて説明してくれたのですが、もはやスケール感が別格すぎて圧倒されました。

セシル・マクロリン・サルヴァント、世界最高のジャズ歌手が明かす「歌」と「言語」の秘密

Photo by Karolis Kaminskas

ほかには、ジャズ・ハープの第一人者ドロシー・アシュビーにオマージュを捧げたブランディー・ヤンガーや、ジャズ〜パンク〜ヒップホップの架け橋として活躍しながら、昨年39歳の若さで亡くなったジェイミー・ブランチの遺作も素晴らしかったです。男女混成かつ男性がリーダーを務めることが当たり前とされてきたコーラスグループという分野で、4人の女性ボーカリストが民主的に作編曲を進めているセージュも画期的な存在といえるでしょう。デビュー10周年を迎えた世界的ジャズ作曲家の挾間美帆も、実に彼女らしい最新アルバムを発表しています。こうした女性ジャズアーティストの躍進が、海外メディアの年間ベストやグラミー賞のノミネートにしっかり反映されていることも付け加えておきます。

ブランディー・ヤンガーが熱弁、ドロシー・アシュビーとジャズ・ハープが今求められる理由

Photo by Tsuneo Koga

挾間美帆、世界的ジャズ作曲家がデビュー10年で培った制作論「私の曲作りにメソッドはない」

Photo by Dave Stapleton

ジャズとポップの挟間で

アフリカンアメリカン女性の活躍でいうと、ミシェル・ンデゲオチェロも外せません。故ロイ・ハーグローヴ率いるRHファクターの『Hard Groove』(2003年)、ロバート・グラスパーの金字塔『Black Radio』(2012年)にも参加してきたベテランが、ここにきてブルーノートに移籍し、最先端ジャズプレイヤーの力を借りながら傑作を物にしています。ミシェル自身も「私の世代は人種(race)と金(money)に囚われていた。でも、今はそうではない人たちに囲まれ、前進できているので本当に恵まれていると思う」と感慨深げに語っていました。

ジャズの未来を担う若者たちへ ミシェル・ンデゲオチェロが語る共感・信頼・リスペクト

Photo by Charlie Gross

ブルーノートといえば、コーシャス・クレイとの契約も話題になりましたよね。彼は2017年のデビュー曲「Cold War」がテイラー・スウィフトにサンプリングされ、ビリー・アイリッシュのリミックスも手掛けるなど、もともとはポップ/R&B寄りのシーンで注目されてきました。その一方で、学生時代にジャズを勉強し、フルート/サックス奏者の道を模索していたというコーシャスは演奏スキルも一級品で、2ndアルバム『KARPEH』ではギタリストのジュリアン・ラージやサックス奏者のイマニュエル・ウィルキンスなど実力派を交えながら、自分のなかのジャズと向き合っています。

コーシャス・クレイが語る、ジャズの冒険と感情を揺さぶるメロディが生み出す「深み」

Photo by Meron Menghistab

これまではジャズ音楽家がポップのフィールドに踏み入れようとなったら、それこそグラスパーの『Black Radio』が典型的ですが、世間に親しみのあるジャンルを取り入れたり、自分なりに演奏してみたりというパターンがほとんどでした。ところが、コーシャスの場合はその逆で、先にポップシーンで成功を収めたシンガーソングライターが、ジャズの素養を活かしたディープな作品を作り上げ、ジャズの名門レーベルから発表したわけですよね。しかも、ジャズ好きとして有名なV(BTS)の耳にも留まり、彼のヒット曲「Slow Dancing」及び同曲のリミックスにも起用されている。そう考えると、ジャズを学んできた人々を取り巻く環境や、そういう出自を持つ音楽家たちの見え方も変わってきたのかなと。いよいよジャンルというものが曖昧になってきたというか。

コーシャス・クレイが語るジャズとポップを繋ぐ感性、上原ひろみやBTS・Vへの共感

Photo by Makoto Ebi

同じくビリー・アイリッシュやVが絶賛しているレイヴェイもそう。アイスランドと中国にルーツをもち、クラシック音楽やレトロなジャズに精通していて、ストリーミングやTikTokで人気なのも頷ける雰囲気のよさ。英ガーディアン誌の記事で「若い世代のリスナーは、自分がどのジャンルに属するかはあまり気にしていません。彼らはリリシズム、コミュニティ、そして音楽が自分たちをどう感じさせてくれるかに重点を置いているのです」と語っていましたが、まさにそういう時代の申し子という感じがします。

レイヴェイは曲もよくできていて、いわゆるアメリカン・ソングブックやブロードウェイのミュージカル、昔の映画音楽など上質なポップソングの歴史をしっかり勉強していているのが伝わってきます。ブルーノ・メジャーもそうですが、古い音楽をただ焼き直すのではなく、そのなかにある曲の構造やノスタルジックなムードを研究したうえで、自分なりにアップデートした形で取り入れている。ノラ・ジョーンズが20年前にデビューしたときにも通じるものがありますし、この2人が一緒にクリスマスソングを制作したのは必然のように感じました。

ブルーノ・メジャーが語るタイムレスな作曲術、親密な歌心を培ったルーツとメランコリー

Photo by Neil Krug

少し話が脱線しますが、歌手でいえば第65回グラミー賞(2023年)で最優秀新人賞を獲得したサマラ・ジョイ、器楽奏者ならエメット・コーエンやジュリアン・ラージなど、古いジャズに精通する若いミュージシャンが近年多く活躍しています。Spotify上でも彼らの曲がよく聴かれていますし、プレイリストにもセレクトされていたりして、そこからジャズスタンダード好きな若者が確実に増えているのを感じます。

サマラ・ジョイが語る「歌声の秘密」 ジャズボーカルの新星が夢を叶えても学び続ける理由

Photo by Eiji Miyaji

スタンダードを見直す流れは音楽家の側にもあり、ピアニストの海野雅威は100年を超えるジャズの歴史と向き合う理由について「スタンダードを知らずに自分の曲は書けない」と力説していましたし、2023年の新譜ではピアニストのサリヴァン・フォートナーやベン・ウェンデル、意外なところでは上述したカッサ・オーバーオールがスタンダードを斬新に解釈した曲をリリースしていました。今後もそういう動きは加速しそうな気がします。

海野雅威がジャズピアノの歴史と向き合う理由「スタンダードを知らずに自分の曲は書けない」

Photo by John Abbott

あらゆる音楽文化が繋がり合っている

最後に、メインストリームにも影響を与えている2023年最大の話題作を2つ。ヒップホップの伝説的デュオ、アウトキャストのアンドレ3000によるソロアルバム『New Blue Sun』は、ラップを封印したフルート・アルバムということで、各方面に「ジャズ」のカテゴリーで取り上げられていますよね。あの作品がジャズかどうかは意見が分かれそうですが、共同プロデューサーのカルロス・ニーニョを中心としたLAのジャズ〜ニューエイジ周辺のコミュニティが全面バックアップしていますし、少なくとも無関係ではないのかなと。

アンドレ3000が語る、フルートを手に歩む探索の旅、変わらぬ遊び心

Interview by Toshiya Ohno

ニューエイジやアンビエント、ある種のイージーリスニングがここ数年リバイバルしているのは有名ですが、その流れはジャズとも繋がっていて、『New Blue Sun』にも参加したマシューデイヴィッドの主宰レーベル・Leavingや、シカゴのInternational Anthemといったレーベルがそういった作品を録音していたり、ジョン&アリス・コルトレーンやファラオ・サンダースなど古のジャズ奏者が手掛けたメディテーション作品の再評価が進んでいたりというふうに、「ジャズとチル」というトピック自体は以前からあったんですよね。

実際、アンドレによるSpotifyプレイリスト「André 3000 Digs Jazz」を見てみると、その辺りの顔ぶれと、吉村弘、ララージ、スティーヴ・ライヒといったアンビエント〜ミニマルの音楽家が同列に並んでいるわけですが、アンドレがそれらを全部ひっくるめて「Jazz」と掲げているのは、先ほどの「ジャンルが曖昧になってきている」という話とも繋がってくるし興味深いです。それにおそらく、アンドレがそういった音楽を愛聴し、自分でも作ろうと決心するに至った背景には、ヒップホップや社会全体の問題であるメンタルヘルス、セルフケア、ミッドライフ・クライシスといったイシューとも密接に結びついていそうな気がしますよね。こうした様々な文脈を、ここまでクリティカルな形で提示してみせたのはさすがだと思います。

ジョン・バティステはジャズピアニストとしてキャリアを出発させ、故郷ニューオーリンズの伝統的なジャズからヒップホップまで縦断した前作『WE ARE』でグラミー5冠を達成。さらなるポップ化を推し進めた『World Music Radio』では、植民地主義のイメージがあるとして近年は敬遠されてきた「ワールドミュージック」という言葉の再定義を目論んでいます。ゲスト参加しているNewJeansやラテンポップスターのカミーロなどを例に挙げるまでもなく、様々な国/地域のポップミュージックが広く聴かれるようになった現状を思えば、このコンセプトも実に納得できますよね。

ジョン・バティステが語るワールドミュージックの再定義、多様な音楽文化をつなぐ秘訣

Photo by Emman Montalvan

ただ、バティステは単純に「We Are The World」的な理想論を掲げているわけではなく、実際のレイヤーはもっと複雑です。というのも、本人いわく「世界中のカルチャーをカラーパレットのように見立てた」作品なのに、サウンドの制作面ではジュリアード音楽院で学んでいた頃の友人たちやバンドメイトがサポートしていたり、カラフルな音楽性のなかに、自身のルーツであるジャズ由来のコード進行やリズムが盛り込まれていたりもする。ゴスペルやソウル、カントリー、ブルースといったアメリカ音楽の要素も多く聴かれます。

つまり、バティステはそれらをワールドワイドなサウンドと一緒に鳴らすことで、世界における自分たちの立ち位置を確かめながら、もはやアメリカ音楽が「中心」ではなく北米のローカルな文化に過ぎないことを示唆している。それは同時に、すべての音楽が平等であり、あらゆる音楽が実はどこかで繋がっていることを祝福しているようにも映ります。

ジョン・バティステが日本で語る、世界のカルチャーを横断する音楽観とその裏にある哲学

Photo by Masanori Doi

以前、ジュリアン・ラージとの取材でギターの歴史について尋ねたら、彼は自分の言葉でバンジョーやフィドル、リュートといった弦楽器にルーツがあり、世界各地の文化やフォークロアが影響し合ってきた経緯を説明したあと、「一部の地域だけでなく、(世界中の)島々すべての背景が複雑に絡み合っているんだ。僕らはそれぞれの地域で生まれたにしろ、人類の文化は互いに繋がり合っている」と語っていました。この発言はそのまま、『World Music Radio』の思想にも当てはまりそうな気がします。

「すべての音楽は平等で繋がり合っている」というコンセプトを形にするために、アメリカと非西欧の音楽史を辿り直し、その背景にある宗教など様々なイシューも徹底的にリサーチしたうえで、ジャンル・人種・地域が平等化した音楽とはどういったものかを想像し、それをどうやったらポップに届けられるのかを追求していく……『World Music Radio』をそのように解釈すると恐ろしく野心的ですし、いろんな人種が入り混じり、社会が複雑に絡み合う現在のアメリカから、こういうアルバムが生まれたことの意味についても考えさせられますよね。しかも、各々が自分たちのルーツと向き合うジャズの最前線とも完全にシンクロしている。バティステが第66回グラミー賞(2024年)の主要部門にノミネートされたことを批判する声もありますが、海外のメディアも正直追いつけていないですし、深く聴き込むことで見えてくるものがある作品だと思います。

柳樂光隆(なぎら・みつたか)

1979年、島根県生まれ。音楽評論家、DJ、ラジオパーソナリティ。21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本「Jazz The New Chapter」シリーズを監修。共著に後藤雅洋、村井康司との鼎談集『100年のジャズを聴く』など。メディア出演も多数。

▶︎柳樂光隆の記事まとめ

2024年のジャズ注目公演

ギャビ・アルトマン

1月10日(水)、11日(木)東京・ブルーノート東京

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ドミ&JD・ベック

1月23日(火)大阪・梅田クラブクアトロ

1月25日(木)東京・恵比寿ガーデンホール

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ゴーゴー・ペンギン

1月31日(水)東京・Spotify O-EAST

2月1日(木)愛知・名古屋CLUB QUATTRO

2月2日(金)大阪・梅田CLUB QUATTRO

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▶︎記事を読む:ゴーゴー・ペンギンが語る「変化」と「進化」の過程、坂本龍一やデフトーンズから受け取った刺激

ミシェル・ンデゲオチェロ

2月12日(月・祝)、13日(火):東京・ビルボードライブ東京 ▶︎詳細はこちら

2月15日(木):大阪・ビルボードライブ大阪 ▶︎詳細はこちら

▶︎記事を読む:ジャズの未来を担う若者たちへ ミシェル・ンデゲオチェロが語る共感・信頼・リスペクト

ベン・ウェンデル・グループ with シャイ・マエストロ、ネイト・ウッド & ハリシュ・ラガヴァン

2月16日(金)、17日(土)東京・ブルーノート東京

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マディソン・マクファーリン

2月18日(日)、19日(月)東京・ブルーノート東京

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ユセフ・デイズ

2月23日(金・祝)〜25日(日)東京・ブルーノート東京

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ザ・バッド・プラス

3月12日(火)、13日(水)東京・ブルーノート東京

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スナーキー・パピー

3月18日(月)、19日(火)東京・ビルボードライブ東京 ▶︎詳細はこちら

3月21日(木)大阪・ビルボードライブ大阪 ▶︎詳細はこちら

3月22日(金)神奈川・ビルボードライブ横浜 ▶︎詳細はこちら

▶︎記事を読む:スナーキー・パピーが語る原点回帰、21世紀のアメリカ音楽を塗り替えたダラスの重要性

ノウワー

3月28日(木)東京・LIQUIDROOM

3月29日(金)大阪・UMEDA TRAD

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ロバート・グラスパー

4月10日(水)、11日(木)ビルボードライブ横浜 ▶︎詳細はこちら

4月13日(土)ビルボードライブ大阪 ▶︎詳細はこちら

4月15日(月)〜18日(木)ビルボードライブ東京 ▶︎詳細はこちら

▶︎記事を読む:ロバート・グラスパーが語る、歴史を塗り替えた『Black Radio』の普遍性