大河ドラマ『どうする家康』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)で、徳川秀忠(森崎ウィン)と江(マイコ)の長女で家康(松本潤)の孫娘・千姫役を原菜乃華が健気に演じている。

  • 千姫役の原菜乃華

■『どうする家康』での“大坂の陣”の描き方

徳川対豊臣の最終決戦“大坂の陣”は、“関ヶ原の戦い”や“本能寺の変”と並んで、大河ドラマの人気エピソード。冬と夏、2度にわたって行われる長い戦いだ。近年だと2016年の『真田丸』(作:三谷幸喜)で、第40回「幸村」から最終回までを「大坂の陣編」として、長い回数をかけてじっくり描いた。

負けていく者たちが愛され、応援されることは世の常――。だからこそ、当時、視聴者は主人公・真田幸村(堺雅人)が仕える豊臣に勝ってほしいと応援した。第一、当事者たちにしてみたら、その当時、負けると思って戦ってはいないだろう。勝つ信念を持った豊臣側がイケイケで、対する家康(内野聖陽)は、心配性でねちねちと姑息なところがあるように見えた(適度に愛嬌があるから視聴者には愛されていたが)。

『真田丸』から7年後の2023年、『どうする家康』(作:古沢良太)では、豊臣側は、家康の名前を分断した「国家安康」の文字を鐘に刻んだことによって、茶々(北川景子)がわざと徳川の戦意を煽って戦いをはじめたようなムードになっている。

第46回「大坂の陣」では、真田信繁(日向亘)が「我が真田家は武田信玄より受け継ぎし、兵法のすべて、お見せいたします」と自信満々に秀頼(HiHi Jetsの作間龍斗)に宣言した。「乱世を泳ぐのは愉快なものよ」とつぶやく信繁はふてぶてしいほど強そうで、このまま徳川軍をなぎ倒していくんじゃないかとも思いきや、最強出城・真田丸も、徳川軍の攻撃に揺らいでいく。当然ながら『どうする家康』は徳川視点で、徳川の強さが際立つ流れである。

だが、ここで注目すべきはどちらが強いか、どちらが正義か、ということではない。その大事なところを、織田信長(岡田准一)の次男で、いまは出家して常真と名乗っている信雄(浜野謙太)が担ったのだから驚いた。これまでなんだか胡散臭く見えていた彼が、「わしの最も得意とする兵法をご存知かな。和睦でござる」と言い、それがなんだかかっこよかった。

真田信繁の言う「兵法」は勝つ方法だが、信雄の「兵法」は「和睦」、これなら誰も傷つけない。こうして信雄は、徳川との談判がうまくいかず役に立たないからと茶々たちに殺されかけた片桐且元(川島潤哉)を助け、徳川に保護してもらう。

且元暗殺の情報をこっそり信雄に伝えたのは千姫である。彼女もやはり、茶々たちの強烈な戦意に不安を覚え胸を痛めていた。当初は豊臣に嫁ぐことを激しく拒んでいたものの、いつしかすっかり秀頼に親しみ、むしろすっかり、豊臣家の人になっているようにも見えた千姫だが、やはり、戦となると不安に揺れるのだろう。

『どうする家康』は、戦いの痛快さよりも、この戦いを止められないか悩んでいる者たちの逡巡にフォーカスする。千姫の母で、茶々の妹、徳川秀忠の妻というかなり複雑な状況下にある江も、徳川と豊臣の間に入って、なんとか戦を回避したいと考えているようだ。 この時代の婚姻は、人質としての役割があり、家と家を結びつけることによって、戦を回避することもできるはず。千姫も江も、重要な役割を担っている。当時のことを思うと、彼女たちは重責を背負い、心休まる日はなかったのではないだろうか。

■“実家と婚家の板挟み状態”千姫を原菜乃華が健気に演じる

敵方に嫁ぐということは、いざというとき、命を落とすことも覚悟しないといけない。家康は、目の中に入れても痛くないほどかわいがっていた千姫がいるにもかかわらず、大坂城にカルバリン砲を発射することを選択する。

家康は、戦いを早く終わらせることで被害を最小限にしようと考えているのだが、千姫の犠牲をも厭わないとはあまりに冷酷。だから、家康は勝つためにはなんでもやる鬼だと周囲からは誤解されてしまう。

家康ができるだけ人を殺めたくないと思う原動力は、かつて、瀬名(有村架純)と信康(細田佳央太)をみすみす死なせてしまったからである。古沢氏は、『家康の人生にとって重要なことは何だろうかと考えると、たぶん、妻と子を、自分の手で葬らなくてはいけなかったことが最大であろうと思ったんです』とインタビューで語っている。古沢氏の考える家康の人生観に影響を与えた出来事は、築山殿事件のほか、自身が家臣に裏切られ殺されかけた三河一向一揆と、武田軍に追い込まれ、大事な家臣を多く失った三方ヶ原の戦いの3つ。だからこそ、家臣も大切にしてきた。第46回でも渡辺守綱(木村昴)との思い出を語り、年をとっても彼をとても大事にしていることを示した。

誰も知らない家康の苦悩を乗せて、砲弾が飛ぶ。破壊力の大きさを目の当たりにした、秀忠が止めてくれと泣いてすがっても、家康は、戦がいかに醜悪かを説き、譲らない。この酷い行いを自分の代で終わらせたいと、ただただよかれと思ってやっているが、大坂城では多くの者が死んでいく。

恐怖で動けない千姫を救ったのは――茶々だった。率先して戦い、いろんなものを奪い取っていく生き方をしてきた茶々の意外な一面が見えた。物語は、千姫、江、茶々……、どうする、どうなる女性たちという様相になってきた。

さて。実家と婚家の板挟み状態の嫁として、あるいは人質として、己はどうあるべきか惑う千姫を、原菜乃華が健気に演じている。アニメーション映画『すずめの戸締まり』のヒロインの声に抜擢され注目を集めた原。大ヒット中の映画『ミステリと言う勿れ』ではヒロインを演じ、ヒット作に恵まれている状況だ。放送中の連ドラ『泥濘の食卓』(テレビ朝日系)では、ストーカー気質の役も生き生きとして、若いが芸達者だと感じる。

声だけの演技も圧倒的な安定感で、声優みたいでもあるし、俳優が声を当てているようでもあり。そのどちらのいい面も発揮。声から漂う芯の強さに、ある種のタフなメンタルの持ち主なのだと想像するが、そこに愛嬌やかわいげがまぶされて中和している。単に清純というだけではなく、毒もユーモアも見え隠れして、喜怒哀楽がナチュラル。いい子を演じても悪い子を演じても共感されそうだ。

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