KINTOが全国で展開している「特選旧車レンタカー」では、さまざまな年代の旧車に乗ることができる。その中でも、1991年式のトヨタ自動車「セルシオ」は、日本の高級車の歴史を変えたといわれる自動車史に残る名車だ。実際に試乗し、約30年を経過しても色褪せることのない初代セルシオの魅力を探った。
目標は「メルセデス・ベンツを超える」こと?
KINTOが展開する「Vintage Club by KINTO」の「特選旧車レンタカー」はこれまで、「ソアラ」「スープラ」「セリカ」などのスポーツモデルが中心だった。そこに加わったのが、1991年式の最高級セダン「セルシオ」だ。
1980年代後半は名機「RB26エンジン」を搭載した日産自動車「スカイラインGT-R」や和製ミッドシップスポーツカーのホンダ「NSX」などが登場。世界に認められる日本車が次々に世に出た時代だった。セルシオも、まさにその時期を代表する象徴的な1台といえる。
初代セルシオ(輸入車専用モデル「LS400」)の開発が始まったのは1980年代初頭のこと。世界でも通用する新たな高級車を作ろうと意気込むトヨタは、世界の高級車市場で頂点に君臨していたメルセデス・ベンツの2代目「Sクラス」(380SE)を超える「世界一のクルマを創る」ことを目標に掲げた。
トヨタは380SEやBMW「7シリーズ」、キャデラックといった欧米の高級車を購入して乗り比べ、徹底的な分析、研究、開発を重ねた。しかし、安くて丈夫でコンパクトなクルマづくりを得意としていた当時のトヨタにとって、Sクラスを超えるクルマを作ることは極めて困難だったそうだ。
そうした中で、高級車には欠かせない要素となる「スムーズさ」と「静粛性」を獲得するため、トヨタが実施したのが「源流対策」だ。エンジンの振動や騒音を低減させるために遮音材などを用いるのではなく、振動や騒音の発生源を見つけ出し、その部分の起振力を低減させ、根本的な解決策を見つけ出すという手法である。
こうしてスムーズさと静粛性を手に入れた初代セルシオは、ボンネットにシャンパンタワーを立てた状態でエンジンをかけても、倒れないどころかびくともしないというCMで完成度の高さをアピールし、大きな話題を呼んだ。
価値の落ちないクルマは作れる?
セルシオの開発陣は、品質の経年劣化を抑制することにも尽力した。
古くなっても価値が下がらないクルマといわれていたメルセデス・ベンツに比べ、日本車のリセールバリューは低かった。その大きな要因は、素材が劣化してしまうこと。例えば、日本車は時間経過とともにメッキが剥がれたり、ステンレス鋼が錆びたりしていた。セルシオでは防錆性能を向上させるなど、経年劣化を防ぐ工夫を盛り込んだ。
さらに、ひび割れなどの劣化が目立ちやすい本革シートについても、乗員の荷重がかかる部分に伸びが小さい革素材を選定し、やつれを軽減。極めつけは、隣り合わせになる部品の退色に差が出ないようにするため、材質と塗料を合わせて、経年後の退色を一致させるといった品質維持・向上策も盛り込まれたというから驚きだ。
こうしてセルシオは、文字通りメルセデス・ベンツを超える存在となった。初代セルシオの開発を担当した櫻井克夫氏は「メルセデス・ベンツの幹部が当時の豊田章一郎社長に『レクサスを購入して徹底的に調査した。今度は必ず勝つ』といった。つまりLS400(初代セルシオ)はメルセデス・ベンツを嫉妬させた唯一の日本車と思っている」と著書「価値の創造主 初代レクサス開発物語」(日経BP)の中で述べている。
セルシオは2000年に登場した3代目が最後のモデルとなった。販売終了は2006年だ。その後はレクサスブランドの最上級モデル「LS」に統合され、セルシオという名は消滅した。
静粛性のバランスは見事の一言
初代セルシオは「A」「B」「C」の3つの仕様から選択できた。C仕様はエアサスペンションを採用し、後席の快適性を追求した最上級グレード。いわゆる「ショーファードリブン」だ。B仕様はエアサスペンションを非採用とし、より運転を楽しめるドライバーズカーに仕上がっている。A仕様は装備を簡素化させた標準モデルだ。
KINTOで借りられる車両はB仕様だが、かつて初代セルシオを販売していたというトヨタモビリティ東京のベテラン販売員は、「個人的な印象ですが、当時はB仕様が最も売れた気がします。B仕様はセルシオを堪能するには最も適したモデルで、快適な乗り心地をキープしつつ、スポーティーな走りも楽しめる1台だったと思います」と振り返ってくれた。
クルマに乗り込むためにドアを開けると、まるで金庫のようにずっしりとした手応えがある。それでいて重くて開けにくいということはなく、開閉は滑らかだ。シートに座るとほどよく沈み込み、柔らかい質感でカラダ全体をホールドしてくれる。まさにストレスフリーな座り心地だ。
クルマに使われている部品を細かく眺めてみても、劣化している箇所は見つからなかった。内装は、現代の高級車のようなきらびやかな装飾がない。しかし、必要以上の装備がシンプルに配置されていて、当時の高級車としての作り込みの高さが表れている。
とある海外メディアは初代セルシオを「静かすぎる」と評したというが、走り出すとその意味がよくわかった。アクセルを踏み込んでも、段差を乗り上げても、騒がしい幹線道路を駆け抜けても、車内は無音に近い静寂に包み込まれていた。
ただ、車外の音が全く聞こえないわけではない。試乗中に偶然救急車とすれ違ったが、比較的遠くからでもしっかりとサイレン音が聞き取れた。並走している大型トラックのエアブレーキ音などもしっかりと聞き取れるため、全くの無音というわけではない。車外の音の聞こえ方が、耳障りにはならない程度に抑えられている印象だ。そのあたりの静粛性のバランスのよさは、見事としかいいようがない。
初代セルシオのボディサイズは全長4,995mm、全幅1,820mm、全高1,400mmと大柄。搭載するのは4,000ccのエンジンで、動力性能は最高出力260PS、最高トルク36.0kg・mとハイスペックだ。
ダウンサイジング時代の今となっては大排気量なエンジンだが、大きいからこそ車格と走りに余裕がある。幹線道路での合流や急な登り坂も、平然と駆け抜けていける。試乗は1時間弱という短い時間ではあったが、運転からくる疲労とは無縁だった。むしろ、いつまでも乗っていたい、そう思わせてくれるモノとしての魅力と安定感が確実に存在していた。
セルシオの登場で日本車の立ち位置が変わった
初代セルシオのカタログをめくると、そこには「この車から、クルマが変わります。」のキャッチコピーが。その言葉の通り、セルシオの登場によって、その後の日本車の立ち位置が変わったと思う。筆者の主観だが、それまでどこか野暮ったく見えた日本のクルマはセルシオの登場で変わり、その後は世界に通用する日本車が次々に登場し、いずれも高い評価を受けた。日本のクルマを「セルシオ以前、セルシオ以後」と区別してもいいくらいだ。
今となっては、初代セルシオを街で見かけることは少なくなった。30年前のクルマともなれば当然だろう。しかし、車内の静粛性や直進安定性、滑らかな旋回性能は2023年の今でも十分に通用するレベル。むしろ、初代セルシオよりも高価なのに性能が低いクルマなんてものもざらにある。
1980年代後半から1990年代にかけて、日本車が過去最高に元気だったその時代に、トヨタが贅の限りを尽くして作りあげたのがセルシオというクルマだ。初代セルシオをこれから買うとなると、クルマの状態や費用の面でハードルが高い。それが特選旧車レンタカーなら、8時間3万円から気軽にレンタルできる。この機会に是非一度、セルシオの走りを味わってみていただきたい。