「戦なき世で出会いたかった」という徳川家康(松本潤)のセリフが染みた。天下分け目。大河ドラマ『どうする家康』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)の第43回「関ヶ原の戦い」は身も心も傷だらけの45分だった。

  • 石田三成役の中村七之助(左)と徳川家康役の松本潤

■ギリシャ悲劇のようだった家康と三成のやりとり

広大な戦場に、徳川軍(東軍)と三成軍(西軍)、あわせて15万の兵が集結。徳川家康(松本潤)、本多忠勝(山田裕貴)、井伊直政(板垣李光人)、渡辺守綱(木村昴)、福島正則(深水元基)、藤堂高虎(網川凛)、黒田長政(阿部進之介)、石田三成(中村七之助)、嶋左近(高橋努)、島津義弘、宇喜多秀家(栁俊太郎)、小西行長(池内万作)、大谷吉継(忍成修吾)、小早川秀秋(嘉島陸)、吉川広家(井上賢嗣)、長束正家(長友郁真)、毛利秀元(吹越満)、長曽我部盛親、毛利輝元(吹越満)、片桐且元(川島潤哉)、徳川秀忠(森崎ウィン)、榊原康政(杉野遥亮)、本多正信(松山ケンイチ)、茶々(北川景子)、阿茶(松本若菜)、寧々(和久井映見)……等々、多くの者の思惑が絡み合う。そこには合戦の痛快感などなく、ただただ悲しい。そういう意味ではカタルシスはあった。特に、家康と三成のやりとりはギリシャ悲劇のようだと表してもいいかもしれない。

慶長5年(1600年)、9月15日、関ヶ原の戦いは、武力勝負というよりも、家康の東軍、三成の西軍、どちらが多くの味方をつけられるか信頼勝負であり、結果、家康が勝利した。ドラマでは、長年、運の強さも手伝ってか、度重なる戦いを逃げ切って生き延びてきた家康。場数を踏んでいる分、判断力に長けていたのだ。桶狭間の戦いと三方ヶ原の戦いと関ヶ原の状況がどこか似ているように描いているのも、長年の経験が生きたことに説得力を与えている。

一方、三成は桶狭間の戦いがあった年に生まれ、家康よりも若く経験も浅い。もともと武闘派でなく文治派で、戦慣れしていないから、戦場でのメンタルコントロールがうまくできない印象を、このドラマでは受けた。

星を好み、穏やかな、落ち着いた人物だった三成が、戦場の熱に浮かされ、次第に内なる戦闘意欲を剥き出しにし、瞳を爛々とさせ、昂ぶった表情になっていく。やがて、徳川軍に負けて家康の前に引っ立てられてきたとき、家康に「何がそなたを変えてしまったのか」「その正体が知りたい」と尋ねられると、戦乱を求める心が誰の心にもあると、三成は家康に突きつけるのだ。

そのとき、筆者が思い浮かべたのは、ニーチェの『善悪の彼岸』にある“怪物と戦う者は、その際自分が怪物にならぬように気をつけるがいい。 長い間、深淵をのぞきこんでいると、深淵もまた、君をのぞきこむ。”という一節だった。家康と三成は、まさにその状況下にあるようで、三成の瞳は家康が覗き込む“深淵”に見えた。遠くの星を見て、平和な世の中にあこがれていた三成は、いつしか、平和を脅かすものを見つめ過ぎて、闇に引きずり込まれてしまったのだろう。

三成は強い眼差しで、家康を見つめる。そのとき、家康はどうするか。こういうとき、真っ向からにらみ合って、同等の精神力をぶつけあうのがおなじみのパターンだが、家康が強い視線を三成に向けない(ように見えた)理由は、その目を覗き込むと彼もまた闇の深淵にハマるからではないか。それを回避したように見える。そこが家康の思慮深さである。家康は三成を見ながら、自分の内面を見ているようだった。こうして、彼は信長からも、秀吉からも、取り込まれないで逃げ切ってきたのではないだろうか。

家康と三成の出会い、別れ、そして最後の別れを、同級生の松本潤と中村七之助が緊張感が途切れない、お互いが引きずられない、それぞれのスタイルで対峙する、面白い芝居を見せた。ただ、三成の瞳にも光があたり、純粋さゆえの悲劇を感じさせた。光と闇は表裏一体であり、光は闇に、闇が光に入れ替わっていくものなのだ。

■茶々と阿茶のやりとりにもハラハラ

もう一組、対峙する場面でハラハラしたのは、茶々と阿茶のやりとりだった。三成軍に狙われたところを寧々に助けられた阿茶が、男性の出で立ちで、茶々のもとを訪ねる。

毅然と徳川につくように提案する阿茶に、怒りに震え、激しい表情や声で脅す茶々。「帰り道には気をつけよ」と笑顔で言うのはかなり物騒だった。でも阿茶は一歩も引かない。凛として涼やか。家康のそばにいる者は、まだ戦の闇に染まっていないのではないか。動じず、帰ってきた阿茶だったが、実はかなりビビっていたことがわかる場面は面白かった。対して、うわあと吠えたり、輝元を平手打ちにする茶々は、それこそ、戦乱の世の怪物になっているように見える。

その他、関ヶ原はプレイヤーがいっぱい。小早川秀秋が西、東のどちらにつくかで戦況が大きく変わるところが関ヶ原のポイント。小早川をずるい人物に描かず、冷静に戦況を見極める知性派に描いた。秀忠が戦場に間に合わないエピソードはそのまんま残念な感じに描き、誠実な大谷吉継は戦いの場で光秀と心で呼び合い、井伊直政は最後の最後まで殿に感謝し、本多忠勝は直政の危機に蜻蛉切を構えて馬を飛ばす。それぞれの見どころがあり、それぞれの視点での物語も見たくなった。

「どうする家康」と家康に問いかけたのは、第21回、長篠の戦いで織田信長(岡田准一)、第32回、小牧長久手の戦いで豊臣秀吉(ムロツヨシ)、そして、関ヶ原の石田三成。家康と濃密な関わりをしてきた手強い者たちばかりだ。この後、まだ「どうする」を言うとしたら、大坂の陣での茶々だろうか。戦いはまだ終わらない。

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