大河ドラマ『どうする家康』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)の第39回「太閤、くたばる」は大物2人が退場していった。長年、徳川家康(松本潤)に仕えてきた、四天王の1人でもある酒井忠次(大森南朋)が亡くなり、長年、家康の目の上のたんこぶのようだった豊臣秀吉(ムロツヨシ)も亡くなった。大河ドラマは去り際が見せ場と言われていて、まさに、大森、ムロツヨシが名演技で、余韻を残した。
■酒井忠次、最後の「海老すくい」を披露
忠次は老いて隠居して、視力も衰えているが、最後の「海老すくい」を徳川秀忠(森崎ウィン)に披露する。徳川家臣団のなかで腕っぷしは強いものの、ふだんはそれを感じさせず、常に軽やかに振る舞い、堅物の石川数正(松重豊)とうまくバランスをとってきた。最後は、すっかり老いて、殿から出陣の要請があったと幻を見て、甲冑に着替えながら息を引き取る。勘違いしている夫をけっして否定しないで、黙って身支度を手伝う登与(猫背椿)が最後、「ご苦労さまでした」と頭を下げる。一貫して実直に誠実に生きた人たちの幕引きは、決して派手なものではないが、降る雪も手伝ってしみじみした。ドラマのなかで忠次がおそらく幸福な気持ちで息を引き取ったのは、家康が血気に逸って戦を扇動してこなかったからであろう。
大森はかつては『ハゲタカ』(NHK)のクールなファンドマネージャー役のような苦味走った、男臭い感じの役で活躍していたが、コロナ禍に放送された『私の家政夫ナギサさん』(TBS)でイメージを刷新、家事上手でほっこり和み系な役で支持層を拡大した。忠次も、腕の立つ武将ながら、家臣団のお母さん的存在という、大森の魅力をあらゆる角度から盛り込んだ役だった。踊り上手なところは、彼の父で、舞踏家で大駱駝艦を主宰している麿赤兒との血のつながりをも思わせる。
■「世の安寧など知ったことか」と吐き捨てる秀吉に家康怒り
さて。秀吉は、第2子・秀頼が生まれて、再びやる気になった矢先、病に倒れる。彼が先導した朝鮮との戦いを途中のまま、日本を混乱に落とし入れながら、その責任をとらずに秀吉がこのまま亡くなることを家康は許せない。だが秀吉は、「世の安寧など知ったことか」と吐き捨てる。秀頼の無事しか頭にない秀吉に「これではただの老人ではないか」「こんなめちゃくちゃにして放り出すのか」と怒る家康。
世の中を統べる者と、一家の父とは、違うにもかかわらず、なぜか最後に、ただの父であろうとする秀吉。歴史上の豊臣秀吉の偉業をリスペクトする人にとっては、こんな秀吉は見たくないだろう。が、こういう風に、野望によって国を、民をめちゃくちゃにしてしまう為政者もいるし、いろいろやったものの最終的に悪い方向にいくことを止められなくなってしまう人の末路の物語としては面白く感じた。
ムロツヨシは家康との別れ際、「うまくやりなされや」という前に「すまんのう」とセリフを足したそうだ。「うまくやりなされや」という突き放したようにも聞こえるセリフが、それによって、彼なりに放り出したことへの反省があるように聞こえ、悪いだけの人ではなかったと感じさせる。個人的には「うまくやりなされや」だけで、いろいろ想像させるのも奥深いと思うが、大河ドラマという枠の性質上、わかりやすさが大事なのかもしれない。
最初の頃、ムロツヨシが台本に書かれたいやな印象の強い秀吉を滅私の心で演じているのが良いと筆者は評価していたので、最後の最後で、保身に走ったかとも思った。が、歴史上の人物・秀吉を愛している人たちのために、希望を持たせる。それもまた俳優の仕事であろう。
台本に書かれた突き放したセリフに潜む、複雑な人間心理は、秀吉の臨終シーンに譲られる。家康が去った後、病状がさらに悪化し、血を吐いて苦しむ秀吉に「秀頼はあなたの子だとお思い?」と冷たく言う茶々(北川景子)。秀頼は、秀吉の子ではない説もあることを生かしたセリフだが、父が別にいるということではなく、茶々は自分で天下をとれない代わりに息子に天下をとらせようと考え、秀吉には決して天下をとらせない、天下をとるのは織田家の血筋なのだという意味で、「猿」と蔑むように言ったのだろうか。でも魂の抜けた秀吉を見て涙があふれる。人間の死を目の前にして感情が沸騰した様が壮絶だった。悲しみなのか、これで織田家の悲願が成就する喜びなのか、のりしろの多い表現で見応えがあった。ムロツヨシも北川景子も演じがいがあったのではないだろうか。
■ムロツヨシの新ドラマでの役に秀吉と重なる部分も
ムロツヨシは、『どうする家康』を終えて、新番組『うちの弁護士は手がかかる』(フジテレビ系)で主演、敏腕の元芸能マネージャーからパラリーガルに転身する人物を演じている。今回は、歴史に名を残すことのない裏方の人物の役だが、目が笑ってない感じは秀吉に似ている。生き馬の目を抜くような厳しい世界で生きていると、自分のなかの何かが死んでいく、そんな目ができる俳優がムロツヨシである。茶々に手ひどい目に遭わされる秀吉、長年尽くした女優からクビにされる芸能マネージャー。2つの役の人生が奇しくもシンクロして見えた。ムロツヨシは撮影中に腹膜炎で入院したそうだが、回復を祈る。
こうして秀吉が志半ばで手放した天下を、忠次が「戦嫌いな殿だからこそ天下をとりなされ」と言い残したように、ついに家康がとることになる。次回予告を見ると、衣装も美術も、ザッツ江戸時代の城中を描いた時代劇な感じになってきて、これはこれで楽しみである。
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