キャベツで海外と勝負する
冬の時期でも平均気温が10度前後と温暖な鹿児島県指宿市。そんな地域で農業を営む株式会社大吉農園は、減農薬や土づくりにこだわりながらキャベツやケール、枝豆、夏野菜を生産しています。53ヘクタールもの畑で作られる野菜は全てASIAGAPを取得しており、安心・安全な野菜を国内だけでなく海外へも販売しています。
なかでも40ヘクタールの畑で作られるキャベツは、生産量の約3割をシンガポール、香港、タイへと出荷している、同社のメイン商材です。
輸出と聞くと、販売単価の高いブドウやイチゴなどの果物を想像する方が多いと思います。そうしたなか、決して単価の高くないキャベツで海外と勝負することを選んだ、同社の歩みについて見ていきましょう。
輸出野菜としては珍しいキャベツを輸出するまでの歩み
2007年に新規就農した大吉さんは、最初から海外を意識していた訳ではありませんでした。海外を意識するようになったのは、シンガポールに住む知り合いとのたわいない話がきっかけだといいます。
「日本産のものを買い物かご一つ分買うと3万円ほどになるが、それでもいいから欲しい。シンガポールで売っているキャベツは、外葉を何枚もむかれたソフトボールサイズのものしかない」
就農間もなかった当時は話を聞いて、野菜を送ってあげようとしか思わなかったとそうですが、この経験がきっかけで、日本産の野菜は海外で需要があるんだと考えるようになったといいます。そこからは、海外の農薬の基準を勉強したり、安心・安全を示すGAPの取得を進めたりしました。
ただ、簡単に輸出が決まった訳ではありません。輸出向けの商談会に参加すると多くの海外のバイヤーが来日して話を聞きにきますが、その場で交渉が成立するわけではありません。海外企業との取引はどんなに大きい会社でも、日本の企業とは違ってお金の支払いや廃棄処理についてなど、リスクが多く存在するからです。
輸出をするきっかけとなったのは、ある日本人バイヤーからキャベツを輸出したいと声をかけてもらったことだったといいます。取引が始まった令和元年には年間約60トンを出荷し、取引先の新店舗ができるなどして販路が増えるに伴い、現在では約300トンのキャベツを出荷しているそうです。
大吉さんによると、現在は日本産の果物だけでなく野菜にも需要が集まっており、さまざまな種類の日本産野菜が海外のスーパーに並んでいるといいます。
野菜の海外輸出に対する本音
ここからは、輸出に対する本音に迫っていきたいと思います。
お金の話
海外輸出と聞くと「高く売れてもうかっている」というイメージを持つ人が多いのではないでしょうか。
実際にシンガポールで売られているキャベツの価格は、日本の3倍以上となる500円前後です。しかし、大吉農園によると、実際に生産者の手元に残るお金は国内の市場に出した時とほとんど変わらないといいます。海外での販売単価は高いものの、ほとんどが運賃分で、生産者の手元に残るお金にほとんど差はないそうです。
「むしろ、輸送時に箱が壊れないよう強化箱を使用したり、輸出できるクオリティを維持するために人件費が多くかかっている」と大吉さん。また、安心・安全を担保する為にASIAGAPを取得しているので、最初の取得費用とその後の更新費用が必要となります。
海外へ出荷できるクオリティ
先述したように、輸出には多くの人件費がかかってきます。具体的には、土や虫がついておらず、葉に穴の無い物を出荷しなければならないため、箱詰めするタイミングで1玉ずつ検品したうえで、1玉ずつ手で磨いているといいます。
また、大吉さんのようにシンガポールへの輸出を行う場合は、出荷から実際に店舗に並ぶまで4週間かかります。このため、収穫から出荷までの時間や出荷後の保管に気を付けなければなりません。当日の便が欠航になってしまった場合は、市場に出荷するなどしてなるべく在庫にしないといいます。また、収穫後に入れておく冷蔵庫も導入したそうです。
海外輸出のメリット
海外へ出荷することは決して簡単なことではありませんが、輸出に取り組むようになったことで得られたメリットもあるといいます。
販路の拡大と大吉農園のブランディング
現在、生産量の3割を海外へ出荷している大吉農園ですが、全て輸出できるクオリティを基準として栽培しているので、クオリティの高い奇麗なキャベツを出荷することができます。必然的に、国内でも大吉農園のキャベツが欲しいといった声が増えていっているそうです。
輸出をするうえでは台風など天候の影響で船が止まり、海外への出荷が無くなる事が往々にしてあります。ですが、国内の市場からも高い評価を得るクオリティで栽培しているかいもあって、海外出荷できないキャベツができたと聞きつけた業者から、商品を求められることも多いといいます。
また、先駆的に取り組むことで輸出を行う農家としてのブランディングが確立され、長いスパンでみた場合、需要拡大による顧客の確保につながると大吉さんは考えているそうです。国内への出荷に比べて作業工程が多く手間のかかる輸出ですが、それでも長期的な戦略として取り組むのには、こうした理由もあるといえるでしょう。
単価と取引量の確保
野菜を取引する時は、相場または契約といった考え方が存在します。相場は、需要と供給によって価格が変化し、契約は取引前に決まった価格で取引されます。
しかし、契約は本当に安定した取引というわけではありません。国内での取引で実際に起こりうる話だと、普段は契約で購入していても、相場が落ちてくると市場仕入れを増やし、契約者から購入する量を減らすことがあります。もちろん、これは取引においてはタブーですが、実際に利益を残すためには少なくない話です。
しかし、輸出の場合はこのようなことは起こりにくいといいます。
輸出においては、契約での取引になりますが、相場が安くなっても市場から日本産の野菜を仕入れることは難しいからです。商品の品質はもちろん、検疫など超えなくてはいけない壁があります。また、市場で基準を満たしていても購入後に検品が必要となるのです。
海外では普段から取引している生産者への信頼は大きく、単価と取引量は安定しているといえるでしょう。
今回の取材では大吉さんの「輸出するうえで壁はあります。ただ、その壁を乗り越えること。どこにでも出せる栽培体系を取って対応することが私たちの仕事です」といった話が印象的でした。
バイヤーのニーズに対応できるからこそ、評価され信頼の獲得につながり、取引量も順調に増えているのでしょう。